地蔵通りの物の怪、何気ない日常の会話の中で
七月某日、普段の何気ない日常のこと。
「なんで三なのかしら?」
部室でPCと睨めっこしていた胡桃が唐突にそんな事を口にした。「なんの話だ」と孝弘が聞き返す。
「いや、日本人って何でも三つにしたがるでしょ? 三大霊山とか三大怨霊とか……、そういえば三大国鉄ミステリー事件なんてのもあったわね」
「あぁ……、確かに諺も三が付くモノって多いな。三人よれば……とか、仏の顔もとか。他にも……」
がらっ、と大きな音を立て、孝弘の言葉を遮るように部室の戸が急に開く。
「話は聞かせて貰った!」
部室に来た京香が珍しく大きな声を出す。
「人は体と心、そして霊の三つで成り立っている。そして世界でもっとも優れた図形は三角形。人間も三角形が多数に折り重なって出来ているという事実を人は知らなすぎる」
「はぁ……、珍しく元気だと思ったらまたわけわかんない事言って……。京香、貴女はもう少し相手が理解できるように喋りなさい。会話ってのはキャッチボールだって習わなかった? 貴方のやってる事はグローブ持ってる人間に投石器ぶち込むようなもんなのよ」
「てへへっ」
胡桃の言葉を聞いて、京香は照れ臭そうにはにかんだ。
「なんでちょっと嬉しそうなのよ……」
胡桃は脱力して、机に突っ伏した。
「しかし、俺様は煤渡先生のそんな所も嫌いじゃないぜ」
「いくら褒めても私の処女は渡さない」
「はっ、そんなもんこっちからお断りだ。俺の童貞も絶対にやらないからな!」
「先輩……、童貞カミングアウトとか正直引く」
「あとで一口頂戴とか言っても絶対にやらないぞ! 本当だからな!」
孝弘は京香に背を向け、強気に吐き捨てた。しかし京香は見ていた。強がりを言う孝弘の頬を流れる一筋の流水を。
「あんた等、ほんと仲良いわね。まあ、三の話はもういいわ。興が削がれちゃったし、元々なんとなく思いついた事を言っただけだから」
続けて胡桃は「なんか面白い話ない?」と二人に問いかける。
胡桃の言葉に素早く反応した京香がピンと手を挙げる。
「先輩方が超新聞部を作った経緯は、なんとなーく聞きましたけど、元々は新聞部なんですよね? なんで新聞部なんかに入ったんですか? 二人とも協調性の無い社会不適格者なのに部活なんて似合わない」
「協調性無いとかアンタに言われたくないわ」
孝弘が挙手する。
「発言を許可する」
京香の許可を経て孝弘が喋り出す。
「俺も胡桃も一年の最初の方に、当時の新聞部部長に誘われたわけ。その部長ってのが変なヤツでな、ぼっちの俺と胡桃を無理矢理に新聞部に入れるのよ。まあ、俺はどうでも良かったからすんなり入部したけど、胡桃は嫌だ嫌だって大変で」
孝弘は肩を竦める。
「ふん、昔の事よ」繰り見はそっぽを向いた。
「まあ煤渡先生の言う通り、俺も胡桃も社会不適格者だからさ、部長が卒業した後は他の部員とソリが合わなくて、退部して今に至ると」
「ふへー」
自分から聞いた割に京香はどうでも良さそうに返事をする。しかし、それを気に留める者はいない。煤渡京香がこういう人間だという事を二人とも理解していた。
「そうだな、なんとなく思いついた事繋がりで俺も一つ話がある」
「どーてーの話とか耳が妊娠しちゃいそうで聞きたくないんですけどー」
京香が無表情に呟く。孝弘はソレを無視して話を続けた。
「本当になんとなく思っただけなんだけど、幽霊っていうのは反射的なモノなんじゃないかと思うんだ」
「ん、どういう事?」幽霊という単語に、胡桃が反応する。
「いや、本当になんとなく思っただけなんだがな……、幽霊というのは死んだ人間が未練だとか憎しみだとかそういう現世に強い思いを残した結果、あの世に行けずに地上に留まっている……っていうのが、まあ一般的な意識だと思う。でもそうじゃなくて、死後の世界なんてモノはまったくなくて、なんていうか……こう、肉体が無くなって、人だったモノがただの現象として残るというか……」
「それって蜃気楼みたいなモノって事?」
「そう、そんな感じだな。そこには憎しみとか未練とか、感情的なモノは一切無くて、ただただ人間だったモノの残響が残るだけ……」
それは胡桃にとっては嫌な話だった。胡桃にとって心霊現象の類の話というのはロマンのようなモノであり、なんだか自分自身まで否定されたような気がした。
「そういえば、地蔵通りに出る幽霊の話はどうなった?」と孝弘は何気なく呟いた。それは本当に何気なく言っただけであったが、孝弘はその時、胡桃の表情が強張った事を見逃さなかった。
「じゃ、今度三人で行ってみるか。地蔵通り」
孝弘は胡桃の顔を覗き見る。胡桃は下を向いていた。京香は胡桃の様子がおかしい事も、孝弘がソレをわかりながらも調査を強行しようとしている事にも気付いていた。京香はほんの少し考えて、「どうでもいいか」と呟いた。
その後、次の休みに地蔵通りへ調査に向かう事が決定した。