さいしょ、新聞と日常とわーわー
〝怪奇! 福見高校に人面魚現わる!?″
福見高校中庭の池において人面魚が目撃されるという怪事件が起きた。現場は普段、生徒達が多目的に利用する憩いの場となっている。そんな中で事件は起きた。とある女生徒の悲鳴が聞こえ、我が取材班は即座に現場に赴いた。するとどうであろうか、人間の顔をした魚がこちらを恨めしそうに睨みつけているではないか。我々は足の竦む思いであったが、すぐさまカメラ用意し撮影を試みた。しかし人面魚は我々の思惑に気がついたのか、池深く潜ってしまったのである。一応シャッターは切ったものの、撮影は失敗に終わったと言わざるをえない。はたして人面魚とはいったいなんなのであろうか? 道の生命体か、はたまた心半ばで亡くなった人間の怨念が魚へと乗り移ったモノなのか……。我々、超新聞部は今後もこの奇怪な生物の取材を続ける。次号を待て!!
もう、七月も半ば、もうすぐ夏休みになろうかという頃である。
放課後の学校のとある一室に三人の少年少女がいる。その中の髪の長い少女、多々良神胡桃は、不敵な表情を浮かべる来栖川孝弘の作成した記事に目を通していた。その内容はとてもではないが、学校新聞としてあるまじきものではない。一通り目を通した後、配付されていた画像データを見る。そこには福見高校中庭の池と魚の尾ひれが映っていた。「はぁ……」と、胡桃は一度溜息を付き、孝弘を睨みつけた。
「あんた馬鹿じゃないの! 大スクープだって言うから期待したっていうのに……、こんなもん使えるかぁぁぁぁぁぁぁ!」
胡桃の怒りの咆哮に全くうろたえもせず、孝弘は冷ややかな目で胡桃を睨み返した。
「いつの世も真の知恵者は蔑まれ、愚か者が我が物顔で闊歩するのだ! 胡桃よ、貴様は我が崇高な記事の理解者であると信じていたというのに……、貴様も所詮は腐りきった世界と迎合する事しかできない無能者だったとは!」
孝弘は大げさに両手で顔を多い、その場に跪いた。そして、部室の隅で一人黙々とジェンガをしている後輩、煤渡京香に声をかけた。
「煤渡先生は俺の書いた記事をどう思う?」
京香はゆっくりと孝弘達へと視線を向ける。一見して男子と見間違うほどのショートカットだが、顔のつくりは妙にコケティッシュで、髪型とのアンバランスさが彼女になんとも言えない魅力を作りだしている。
「三角形とは無限の形、それぞれの頂点の中に宇宙が存在し、ソレはまるで幾何学模様を模した脳髄のよう」
ほとんど無表情に京香は言い放った。
「ふむ、なるほど」
孝弘は一言返事をし、視線を胡桃へと戻す。それとほぼ同時に京香は孤独な一人ジェンガを再開した。
「ふむ、なるほど……じゃないわよ! 何言ってるのかわけわかんないわ。京香……、貴女はまともな記事を書いてきたんでしょうね?」
京香は少しばかり億劫そうに椅子から立ち上がると、制服の胸ポケットからUSBメモリを取り出し胡桃に手渡した。受け取ったUSBメモリをPCに差し込む。中には無題のデータが一つあるだけである。胡桃がデータを開いた。
〝天使様″
人類の残虐性は母である地球に大いなる負担をかけている。地球とは一つの大きな生命体であり、地球上に生まれた全ての生き物は地球と何らかの形でつながりを持っている。人間は地球の思惑を外れた進化の果てに、筆舌に尽くし難い残虐性を持ってしまった。その結果として地球は現在、人間でいうところの鬱状態に陥っている。このままでは地球の地軸が歪み、地球の自殺……つまりは地球の崩壊が始まるのである。これを阻止する為に地球生命体の代表として天使様が新たに生み出された。天使様は人類を査察し、人類の代表者を見つけソレをベースとして人間の再構築を行おうとしているのである。
胡桃は孝弘と顔を見合わせた。そして数秒ほどの間を置いた後、胡桃は問題の文章を書き上げた本人を断罪すべく、彼女へと視線を向けた。しかし、先ほどまでその場に立っていた煤渡京香の姿は無く、彼女の座っていた椅子の上には「ヴァルハラで会おう」と書かれたメモが残されているのみであった。
「なんで・・・・・・。なんで、この部には使えるヤツがいないのよぉぉぉぉぉ!」
多々良神胡桃の叫びは、放課後の学校に空しく響き渡った。
肉体的苦痛を与える事によって他人を改心させようなどという考えは非常に旧時代的で、野蛮で有り粗暴で有り、まるでマーガリンの無い食パンのように粗末で見るに堪えないモノである。ましてや改心させるべき対象に何一つとして問題点が無いのであれば、それはただの拷問に他ならない。
「胡桃隊長……、足が痛いです」
まるで棄てられた子犬のように、人々の母性本能をくすぐるであろう眼差しを孝弘は胡桃に向けた。何故自分が正座をさせられなければならないのか、理由がまったくわからない。彼は真面目に部活動を行っただけであり、更に言うなればその内容は世間をひっくり返す程の大スクープである。たしかに人面魚の証拠写真の撮影には失敗したものの、このような仕打ちを受けるいわれは全くない。むしろ褒められるべきである。潤んだ瞳で胡桃を見ていると、
「虫みたいな目でアタシをみないでちょうだい」と吐き捨てられた。
「もう我慢の限界だ、貴様はどうなんだ? 俺様を納得させるだけのモノはできているんだろうな?」
「あんた等みたいなボンクラと一緒にしないでちょうだい! 刮目しなさい、これが私の記事よ」
〝福見町地蔵通りの物の怪″
福見町二丁目にある日比良坂、通称「地蔵通り」に怪物が出ると話題になっている。事件の発生した地蔵通りは閑静な住宅街から少しばかり離れた人通りの少ない場所だ。その名の通り古めかしい地蔵が目印となっているその場所で、近頃その付近で怪物の目撃談が後を絶えない。目撃者のTさんはこう語る。「あれは私が学校から帰るときでした。普段は地蔵通りなんて通らないんです。私って最近引っ越してきたんですけどぉ、あの場所ってなんだかさみしい場所だから自然と敬遠していたんですよ。その日は部活が普段より長引きまして、好きなテレビを見る為に一刻も早く家に帰りたかったんです。それで近道になる地蔵通りを通ったんですけど、ちょうど地蔵の前を通ったくらいでしょうか……、なんだか地蔵って気持ち悪いなーって思ったんです、そしたら急に背後に気配を感じて、振り向くと恐ろしい顔をした怪物がこっちを睨んでいたんですよ。絶対にさっきまでは背後に何もいなかったんです、絶対に。それが急に現れたっていうか、あれは絶対に怪物です。見間違いなんかじゃありません。私は怖くて怖くて、その後は後ろも振り返らずに走って逃げました。だって振り返って、追いかけてきてたら嫌じゃないですか」平和な福見町を襲ったこの怪事件。怪物の正体とは一体……。
「……これがお前の記事か」
胡桃は「ふふん」と自慢げに鼻を鳴らす。
孝弘はさてコレに対して何と言ったら良いものか……と、思考を巡らせていた。彼自身流石に自分の書いた記事が一般向けで無い事は理解している。それを理解した上で自分の趣味趣向に走った記事を書いているのだ。しかし、胡桃は違う。彼女は自分の趣味、つまり心霊現象の類が世間一般に認められているといった、なんとも自分勝手な前提を元に記事を書いている。だから始末が非常に悪い。
そう、このような学校新聞とは言い難い内容のモノを彼等は作っているのだ。
来栖川孝弘、多々良神胡桃、煤渡京香の三人は「超新聞部」を名乗っている。学校に部活として認可されていないので自ら名乗り、勝手に新聞を作り、勝手に張り出している。その内容は通常の学校新聞とは違い、各々の趣味趣向に走った自分勝手な内容である。しかし、学校側に部として認可されないのは内容が問題なのではない。既にこの学校には新聞部が存在しているからだ。現在二年生である、孝弘、胡桃の両名は一年生の時分には新聞部に所属していた。しかし現在の部長とそりが合わず胡桃が退部し、孝弘は胡桃に引き抜かれ二人で超新聞部を非公式に設立。それは彼等が二年生にあがる直前の事であった。
そして今から三ヶ月ほど前に煤渡京香が新たに入部した。それはまだ、少々肌寒い頃だった。