黒が混じっていてもいい、私は青を追いたいと言う。
電話の電源を切るとすぐ、僅かに視線は加速し意識は遅れて視線の先の玄関へと向いた。呼吸の呼とため息が重なる。冷気が流れ出る暗い玄関に、私は光とその温度を感じ取りたいと小さく念じていた。
今から半日前の昼過ぎ頃、シャッターを閉めた薄暗く暖かい部屋でベッドと毛布に挟まれる私は、耳障りに震えて鳴る電話をとった。公園で飲まないかと笑いながら勢いよく、どうだとばかりに電話が言う。電話の先の街はやかましい。
今日はとなりにねころがっている彼女と一緒に居たい、と私は考えていた。だがそのことを彼女には言っていない。それというのは、少しの小銭しか持ち合わせていない私は彼女に魅力的な計画を伝えることができなかったからだ。
私は彼女の前では言いたいことを言わないことも、多い。敢えてそうしているのだ。私は彼女への思いに多くの時間を費やしている。それを彼女に悟られてしまうと、彼女は余裕をもって平気で知らない男の胸のもとへ行ってしまうんではないかという考えが、私の頭の中に染みわたっている。
彼女は電話の声を聞き、楽しそうだね、行きたいな、と電話に届くように言った。
彼女は誰に対しても爽やかな笑顔で喜ぶように話す。そのことが嫉妬の原因になる私の精神は、私にとって嫌悪の対象となる。
私は、多分行けないとそっけなく電話に返した。
そして彼女は楽しそうだけど外は寒いよねと言って仕事に出掛ける準備を始めた。窓の外では目蓋を透かすくらいにまぶしい光が青い影と強いコントラストをつくっている。彼女はまた後でねと、そそくさと仕事へ向かった。朝まで起きていた私は温まった毛布に甘えて知らない間にまた眠りに入った......
私と彼女をのせたトロッコは、巻貝のような急斜面の山を螺旋を描きながらのぼる。不自然なその山は限りなく広がる草原に突き刺さるようにぽつんとあるらしい。
トロッコからまわりを見渡すと、空はパンにちょうど塗りやすいバターのように柔らかい青で、その下、深い青の海は水平線を成して細長い帯状に、空と草原に挟まれている。
広く明るい草原は新緑の長い草だけが茂っていて、常に吹く風はその草原に緑の色々の波をつくっている。その草原の真ん中には空の色を反射させたビル群が、小ぢんまりとまとまっている。
私と彼女はこんなに壮大で明るい風景は観たことがないと感動し、2人は興奮と涙でそれを分かち合う。その喜びを言葉で抱き合うように、表現しあう。
トロッコはたんたんと線路を上っていく。少しすると線路は下りに変わった。隣には彼女の代わりに、知らない女がいる。私とその女は親しげにしている。突然トロッコは加速し、私の知り合いがたくさんいる、暗い洞窟のような埃くさい図書館に突っ込み、私はその夢から目覚める......
部屋の壁に映る夕焼けの陽光は穏やかに泣いていた。
私は眠気を飛ばすために、タバコに火をつける。部屋は汚れてはいないが、ワインの空き瓶や本が散らかっている。部屋の散らかりをいじくり、絵になるような散らかりに変える。私にとって絵になるような散らかりは、それは、それが良い。
私はタバコの火を消し、それを灰皿の真ん中に真っ直ぐと立てた。だいたいこの時間に起き、予定のない日は経済ニュースをインターネットで検索しリンクを飛び、またリンクを飛ぶ。それで時間はつぶれてしまう。彼女が家に来るのが待ち遠しい。
日が落ちた頃、電話の鳴る音が待ち遠しくて緊張する私の身体をやわらげた。
すぐにとった電話の先で彼女は、今公園に向かっているんだけど、もう友達と合流したかと私に聞いた。一瞬の間、私の頭の中は錯綜した。
私は公園に全く行くつもりはなく、彼女は仕事が終わったらすぐにここへ来るものだと思っていた。
私は、自分は公園には行かないということを、苛立ちを抑えつつ、少しぎこちなく彼女に伝え、電話を終えた。
だが私の心臓の下には、もごもごと活発に動く、不安と苛立ちの塊が、ぐっと現れた。それは身体にさえ危険を及ぼす可能性があるように思えた。その塊は、私の思考を黒紫の雲の中へと導く。
はあ、彼女は私といるよりも彼らといるほうがいいのか、いや公園へは私と一緒に行くつもりだったはずだ、彼女は私が公園に行くものだと勘違いしていただけだ、私がふたりで一緒にいたいことを彼女に伝えなかったのが悪い、けれどそれを簡単に伝えることもしたくなかった、公園にいるやつらと彼女を頭の中から追い出せられればいい、何かに集中したい。私はすぐに思い立ち、イヤフォンとマフラーを身につけ、本を持ち、外に出た。
首に巻いたマフラーは何本かの血管を塞ぎ、顔面の血管をつまらせる、そして鋭く冷たい空気は耳の皮膚感覚を奪い、音をこもらせた。私の頭は、つまるような、パンパンに膨れたような感覚になった。その感覚は不快で、どうやってもとに戻すのか、いや自然に治るのを待つしかないものだ。
耳の穴に頼りなく入り込むイヤフォンからはモーツァルトの軽やかな音楽が流れる。その音楽は顔を少し上へ持ち上げ、歩調を早くしてくれた。だが心臓の下の塊は、それが気休めにすぎないことだということを悟っている。音楽に合わせ無理に微笑もうとすると、滑稽に感じて自分を傷つけた。歩調と気分にだけ意識が向けられる。
いつもより早く国道沿いの横断歩道に着いた。信号を待っていると近くでは、女はすぐに寂しいって言うよな、たまには遊ばせてくれよと二人の男が愚痴を言っているのが聞こえる。私と彼女の関係は、あるべき姿から逆転しているように思え、少し馬鹿らしく面白くなった。だが私はすぐに、そのようなステレオタイプから生まれる考えは良くないと自分に言い聞かせた。
歩いていると少しは気分が良くなった。国道沿いは歩く人も少なく、小さな雑居ビルや駐車場があるだけで、街の鋭い光は少ない。そのことは私を落ち着かせる。
その先を曲がれば「湯」のひと文字の見える、建物がある。その入口から出るみかん色の光をつたう湯気は、反響する少人数の声とともに、賑やかな八百万の神々の物語のように、私を建物の中へと誘い入れてくれる。
身体を温めれば、私の心臓の下の塊は、少しは小さくなるだろうと考える。そして脱衣所に入りすぐに服を脱ぐ。慣れたように振舞う私は、桶と小さな椅子をすばやく取り、風呂場へ向かう。
鏡の前に椅子を置き、いつもどおりの順番で身体を洗い始め、しだいに考えは単調になり、思考のリズムが整う。ただ、頭の上から足の先まで、適切な順番で洗っていくことに、意識がむかう。考えの単調なリズムは続く。その調子で湯船に向かい、私はすとんと落ちるようにお湯につかった。
ぴりぴりと焼けるような痒みが身体の表面を這う。湯船の角に陣取り、身体をだらけさせた。
思考も身体も落ち着きつつある。ゆっくりとジグザグに視線を動かすと、客は40代の男が二人。私と同じ年頃の若い男がいないと、安心できる。同じ年頃の男を見ると、そいつは私の考えを読もうと、こちらに意識を向けているんではないかと感じる。
たくさんの泡がはじける音とお湯が流れる音を湯気が包みこもらせる、そして時々、桶の落ちる音が反響する。
左のすぐ横の壁には、川沿いにある民家の裏にある林の先にある富士山の絵が掛けられていた。身体は火照り、思考もゆっくりと動き始める。
私には芸術というものが何なのか、まだ分からない。絵画も音楽も映画も小説も芸術だといわれるが、その前に石ころや猫や数字や親指も芸術だという人がいればそうなるだろう。この店には何か足りない、そうだ、絵を飾ろう、と適当にあるような絵は軽蔑してしまう。そういうものは、ただ「これは芸術である」とだけ意味が与えられているようにみえるのだ。だが今、私は、この富士山の絵は私のために、お餅のように柔らかく表現された藁屋根の家を用意してくれている、と迷わず意味を与えた。この絵の中に飛び込みたいという気持ちになった。私はそうやって意味を与えたがる。だが私は、恋人同士はいつでも二人きりで一緒にいたいものなんだと意味を与えてしまっているから、まだ心臓の下のもごもごは、ゆっくりだが、小刻みに形を変化させつづけているんではないかとも考えた。だがそれを思っていても分からない、理解できない、彼女は私と二人でいたくないのか。それに彼女は彼女が今まで体験したことを何でも平気で話してくる、いや話してくれるのだが......
自分を知ってほしいと彼女は言う、が私はそれをしない、怖れる。自分の中にしまっておいたはずの何かを他人に話してしまう、それは相手にその何かを植え付けるということだ。もしかすると、その何かはその相手の中に腐った根を張るかもしれない、と不安になるのだ。その不安が自分を表現することを束縛する。彼女は不安ではないのか、私を傷つけてもかまわないのか......ここのお湯は温度が高い。そのうち考えは漠然としたものとなっていた。
桃色になった身体はお湯と溶け込み合う。意識は薄くなり、思考はかすみ、風呂の湯気と一緒になった。5分も浸かっていなかっただろう。
手を広げお湯を掻き、泳ぐように身体を持ち上げる。脱衣所の方向へ歩き出すと少しくらっとはしたが、もちなおし、歩き続けた。
薄まった意識のまま、執拗に身体をふき、大胆に服を着た。
そして残りのお金を全部つかい、冷えたお茶を買う。
タオルで覆われた木の広い椅子には誰もいなく、私が自然な流れでそれに座ることに希薄に膨らんだ喜びを感じた。ゆっくり、本を読もうとページを開くが、正面のテレビが政治論を早口で主張する。本に載る文字は、整然とした記号の羅列となって、私はそれをただ眺めるだけだ。
脱衣所は暖房と外の空気が混ざり程よく涼しい。湯気の出る頭は薄っすらとした意識しか持っておらず、だらけ垂れた時間は私にだけ忘れ去られる。
客がいなくなった頃、自分の冷えた身体に気づく。お茶を飲み干すがのどの渇きがきえない。もう何人もが入り口を通り、出口を通った。閉店の時間ですよと優しく気の強いおばあちゃんが私に言う。
私は荷物を取り自分のペースでゆっくり出口に向かった。
外に出ると湯冷めのせいで、来た時よりも寒く感じる。街灯に包まれる、頭を垂れる自分の絵がみえた。惨めさから思い出す彼女のいる公園は再び心臓の下のもごもごを動かし、陰鬱な考えをじわじわと湧き上がらせる。
具合の悪くなるような寒さの下で、私はイヤフォンをつけることを忘れ、暗闇に延びた長い帰路に、震える身体の軌道を合わせた。
私は、繰り返し、彼女を、考え、想像する。先ず私がいる。彼女がいなくなると、彼女の分の土壌が用意される。そこに小さな心配という種が放り込まれる。それはどんなに小さくても、想像という水と思考という栄養を与えれば加速度的に成長してしまうのだ......
私は彼女と初めて降りた駅で、ドアのない開放感のあるカフェに入る。
ここは開店から2年ほどたつ新しいカフェである。新鮮な木材のカウンターと、古い灰色の木材でできたアーチを描く床のテラス、その間には小さな丸テーブルが3つ並び、私と彼女はその真ん中のテーブルに座った。
外の陽気は素晴らしく、まさにこれがひかり輝く理想都市の路上だ。
店内はほぼ満席だ。
彼女とは、たえることなく趣味の話が続く。音楽や映画の話もした、料理や雑貨の話もした、そしてカメラと写真の話もした、いつまでたっても時間が足りなく感じる。そうやって話しているとテラスから、持ち主より先に自分は写真家ですとでも言いそうな、重厚なカメラをぶら下げた、くっきりと整った顔の見知らぬ男が彼女のほうへ向かってきた。
久しぶりと笑いながら馴れ馴れしく高圧的に男は彼女に言った。
彼女は、戸惑ったようにぎこちなく返事をする。私の身体が熱く膨れ上がるのを感じた、がそれを抑えようとはしなかった。間違いない、この男は彼女の過去の憧れの人であり、彼女に対して誰にも言えないような愚行を犯したあの男だ。その行為は彼女からはもう聞くことはないが、この男は笑いながら爽やかに言うだろう。血液の流れが段々と早まる私はこの男が誰なのかと彼女に聞く。
だが、笑っている男を見た私は自分の中に鋭く鉄線が切れるような音を聞き、私は彼女の答えを聞かないうちに、男の首を掴み、怒りを具現化したその力で男を地面に叩きつけた。私は追って、何度も拳を男の顔に捻りこむ。拳は顔だけでなく首や床にも何度も当たる。店内では悲鳴が飛び交うが、目は充血し狂気に満ちた私を止める者は誰もいなかった。
血に塗れた男の顔は床や服と境目がなくなるように潰れている。
こうして陽気の中の悲劇の想像ができあがる。夜中の帰路に悲しく生える白い切り株は、その狂気的な想像から、私を連れ戻してくれた。
私には赤黒い血が流れている。
帰り着いた部屋は外の空気がながれこみ、暗く冷えていた。彼女とその過去のせいになってしまった憂鬱の意味が、ゆっくりと大胆な血液の流れの音を私に聴かせる。彼女の話してくれる過去たちは、加減というものを知らない子供が投げた石となる。それは私の胸にぶつかり、私は、倒れ押しつぶされそうになる。
彼女と一緒にいれば具合の悪い想像も沸き上がらない。それが彼女と一緒にいたい理由ではない。だが私は彼女に甘える。彼女にはすぐに帰ってきてほしいが、公園で私の友人と気を浮つかせてしまえばいいんだという投げやりな考えも浮かぶ。もちろんそんなことは望んではいない、ただ心が、澄まないのだ。私は悲劇の人となって、死にたくはないがひっそりと、人のいない森へ行きたい。そして彼女に私を知って欲しいと。だがここまで来るとひどく滑稽に思える、甘えと感傷に身をひたしている私を。何を勘違いしているのか、嫌悪の対象は私の精神に向くべきだ。過去など笑い話にすればいい。だがそれで私は完全になるということができない。
濃縮された苦い果汁を冷たい水で薄める。彼女に告げたい、私はいないと。
電話の電源を切るとすぐ、僅かに視線は加速し意識は遅れて視線の先の玄関へと向いた。連絡をとることができなくても、もしかして彼女は勝手にここへ来るんではないかという希望が甘えと苦しみの中で生まれる。




