プレゼントを君に
「戻りました」
午後八時過ぎに、まだ仕事を続ける瑞穂の部屋へ恵吾が戻ってきた。
真直ぐ瑞穂のデスクの所まで歩を進めると、小箱を置く。
「預かってきました。誕生日のプレゼントだそうです」
それだけ言って、自分のデスクへとスタスタと戻ってしまった。
そして、積み上げられた「未決」の書類に目を通し始めた。
「……」
それだけか?
確かに私用にかり出して、恵吾の仕事を滞らせた。
その自覚はあり、申し訳なく思っていたりもする。
パソコンを横にずらし、デスクに置かれた小箱を手に取った。
包みを開けると、中からシンプルなシルバーのカフリンクスが出てきた。
多面カットされたスクエアで、少し表情がある。
万年筆といい、カフリンクスといい、千速の選ぶものは全くもって千速らしい。
シンプルで、機能的で、美しい。
瑞穂は、ひとつ取り出して、目の前にかざした。
無駄な装飾のない、千速そのもののようだ。
――既に半年。
自分が決めたこととはいえ、直接会うことの叶わないままだ。
『 誕生日おめでとう。
次は一緒にお祝いできるかしら 』
メッセージカードには、そう記されていた。
ちらり、と恵吾を見遣る。
……俺がイライラしているのを、絶対楽しんでいる。
無意識に、指先が机の上でタップし――
とうとう我慢できずに、瑞穂は尋ねた。
「どうだった?」
書類に印をグイっと押してから、恵吾が目を上げた。
「……お前は、バカか」
「何だと」
恵吾が千速をどうみたか、
それによって自分の気持ちが変わることはないだろうが、気にはなる。
「あの手の物件は、逃げ足が早いか、他所に掻っ攫われる確率が高いんだ。
何でもっとちゃんとツバをしっかりつけておくか、
モノで縛るかしておかないんだ」
お前にしては抜かったな、という眼差しだ。
「……アレが、大人しく縛られるタイプに見えたか?」
「いや」
無自覚なだけに性質の悪い獲物だな、と呟いて恵吾はニヤリと笑った。
それから、
「後でだ」
と言って、もう少し尋ねたい瑞穂を遮り書類に埋没してしまった。
* * *
最後の書類をトンと揃えて、処理済のトレーに放り込むと、
デスクの上に手を組み、恵吾は瑞穂に尋ねた。
「さてと。アレは……昨年の創立記念に連れていた女か?」
「そうだな」
「随分な変わりっぷりに、最初は気付かなかった」
渡されたプレゼントを手に眺めながら、瑞穂が自嘲気味にふふん、と笑った。
「……俺は二年も気付かなかった」
そうだ。
千速を創立記念パーティーに、無理矢理連れ出してから一年経つ。
「イヤリングは……ピアスに作り変えたんだろう?
お前の探し物はようやく見つかったわけだ」
「まあな」
「驚いていたみたいだったぞ」
泣きそうになるくらいにな、と恵吾は内心呟く。
距離があっても、目に見えるモノがなくても、
二人の間は、確かな繋がりが存在しているってわけだ。
「一年大人しく待ってやってくれ、と一応言っておいてやったが、
最後に、こう言付かった。
『一年しか待たない』とさ」
クス、と瑞穂は笑って、侮れねーと呟いて椅子の上で仰け反った。
そういう時は、ずっと待つとか言うもんじゃないのか?
その時、瑞穂のスマートフォンにメールが着信した。
千速だ。
『ありがとう』
というひと言と、珍しいことにファイルが添付されている。
開いてみると、視線だけをこちらに、
パールのピアスを見せるように首を傾げ、
斜めを向いた千速が微笑んで写っていた。
眼鏡をかけず、髪を解いていることからして、自宅か。
パタ。
スマートフォンを伏せて、瑞穂は唸った。
「どうした?」
「……獲物に牙を剥かれた」
「は?」
「……いや、なんでもない」
プライベートでの千速の写真を、瑞穂は持っていない。
二人で写ったものも、ない。
そんなことに、距離を置いてから気付いた。
付き合いだした頃、千速がポツリと呟いたことがある。
「会社で会えるから、いつも一緒にいるような気になっていたけど
そういうのって、きっと違うのよね」
そう、確かに会う努力をするようになってはいた。
しかし、その気になればいつでも会える、と思っていたから、
わざわざカタチに残す必要を感じなかった。
千速の画像を保存しながら、瑞穂は思う。
本人は、何気なく思いついてしたことなのだろう。
カフリンクスも確かに嬉しかったが――
俺に必要だったものは。
―――あと、半年。
それまでには。
* * *
千速と瑞穂は絶妙にすれ違っている。
それぞれ社交行事には参加しているが、同じ会場で顔を合わすことは、ない。
それは、主に瑞穂の父の配慮であり、千速の父の思惑であった。
どうやら思いあっている子供たちであるが、
瑞穂の父が倒れたことで、他人がつけ入る隙を作ってしまった。
瑞穂は一年と期限を決めて、自分の足場を固めようとしている。
それは、ほぼ達成されているともいえるが、
実は、その隙を突くように周辺で怪しい動きがあった。
千速を危ないことに巻き込むことは避けたい。
しかし、いずれ瑞穂の横に立つのならば、
「加藤」の家の看板を背負った、加藤千速として、この社会で認知されているほうがいい。
すれ違いを意識的にさせることで、
いわゆる、瑞穂周辺の怪しい動きからも、千速を守れるはずであった。
約束の期日まで、あと二ヶ月――
隠そうとしたところで、どこからか密やかに、
瑞穂には心に決めた女性が居るらしい、という噂が流れ始めていた。
クリスマスパーティーには、二人の関係を公のものにしたらどうか、
という具体的な話も出始めた頃。
「加藤千速さんをお願いできるかしら」
桜井商事の受付に、突然訪れた者があった。
秘書時田恵吾視線の、瑞穂と千速の様子が番外編にて語られています。
「秘書時田恵吾による、探し物の行方」