表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
通りすがりの王子  作者: 清水 春乃 (水たまり)
その一年のエピソード
5/28

プレゼントを君に



「戻りました」


午後八時過ぎに、まだ仕事を続ける瑞穂の部屋へ恵吾が戻ってきた。

真直ぐ瑞穂のデスクの所まで歩を進めると、小箱を置く。


「預かってきました。誕生日のプレゼントだそうです」


それだけ言って、自分のデスクへとスタスタと戻ってしまった。

そして、積み上げられた「未決」の書類に目を通し始めた。


「……」


それだけか?

確かに私用にかり出して、恵吾の仕事を滞らせた。

その自覚はあり、申し訳なく思っていたりもする。


パソコンを横にずらし、デスクに置かれた小箱を手に取った。

包みを開けると、中からシンプルなシルバーのカフリンクスが出てきた。

多面カットされたスクエアで、少し表情がある。

万年筆といい、カフリンクスといい、千速の選ぶものは全くもって千速らしい。

シンプルで、機能的で、美しい。

瑞穂は、ひとつ取り出して、目の前にかざした。

無駄な装飾のない、千速そのもののようだ。

――既に半年。

自分が決めたこととはいえ、直接会うことの叶わないままだ。


『 誕生日おめでとう。

  次は一緒にお祝いできるかしら 』


メッセージカードには、そう記されていた。

ちらり、と恵吾を見遣る。

……俺がイライラしているのを、絶対楽しんでいる。

無意識に、指先が机の上でタップし――

とうとう我慢できずに、瑞穂は尋ねた。


「どうだった?」


書類に印をグイっと押してから、恵吾が目を上げた。


「……お前は、バカか」

「何だと」


恵吾が千速をどうみたか、

それによって自分の気持ちが変わることはないだろうが、気にはなる。


「あの手の物件は、逃げ足が早いか、他所に掻っ攫われる確率が高いんだ。

 何でもっとちゃんとツバをしっかりつけておくか、

 モノで縛るかしておかないんだ」


お前にしては抜かったな、という眼差しだ。


「……アレが、大人しく縛られるタイプに見えたか?」

「いや」


無自覚なだけに性質(たち)の悪い獲物だな、と呟いて恵吾はニヤリと笑った。

それから、


「後でだ」


と言って、もう少し尋ねたい瑞穂を遮り書類に埋没してしまった。



 * * * 



最後の書類をトンと揃えて、処理済のトレーに放り込むと、

デスクの上に手を組み、恵吾は瑞穂に尋ねた。


「さてと。アレは……昨年の創立記念に連れていた女か?」

「そうだな」

「随分な変わりっぷりに、最初は気付かなかった」 


渡されたプレゼントを手に眺めながら、瑞穂が自嘲気味にふふん、と笑った。


「……俺は二年も気付かなかった」


そうだ。

千速を創立記念パーティーに、無理矢理連れ出してから一年経つ。


「イヤリングは……ピアスに作り変えたんだろう?

 お前の探し物(・・・)はようやく見つかったわけだ」

「まあな」

「驚いていたみたいだったぞ」


泣きそうになるくらいにな、と恵吾は内心呟く。

距離があっても、目に見えるモノがなくても、

二人の間は、確かな繋がりが存在しているってわけだ。


「一年大人しく待ってやってくれ、と一応言っておいてやったが、

 最後に、こう言付かった。

 『一年しか待たない』とさ」


クス、と瑞穂は笑って、侮れねーと呟いて椅子の上で仰け反った。

そういう時は、ずっと待つとか言うもんじゃないのか?


その時、瑞穂のスマートフォンにメールが着信した。

千速だ。


『ありがとう』

というひと言と、珍しいことにファイルが添付されている。


開いてみると、視線だけをこちらに、

パールのピアスを見せるように首を傾げ、

斜めを向いた千速が微笑んで写っていた。

眼鏡をかけず、髪を解いていることからして、自宅か。


パタ。


スマートフォンを伏せて、瑞穂は唸った。


「どうした?」

「……獲物に牙を剥かれた」

「は?」

「……いや、なんでもない」


プライベートでの千速の写真を、瑞穂は持っていない。

二人で写ったものも、ない。

そんなことに、距離を置いてから気付いた。

付き合いだした頃、千速がポツリと呟いたことがある。


「会社で会えるから、いつも一緒にいるような気になっていたけど

 そういうのって、きっと違うのよね」


そう、確かに会う努力をするようになってはいた。

しかし、その気になればいつでも会える、と思っていたから、

わざわざカタチ(・・・)に残す必要を感じなかった。


千速の画像を保存しながら、瑞穂は思う。

本人は、何気なく思いついてしたことなのだろう。

カフリンクスも確かに嬉しかったが――


俺に必要だったものは。


―――あと、半年。


それまでには。



 * * *



千速と瑞穂は絶妙にすれ違っている。

それぞれ社交行事には参加しているが、同じ会場で顔を合わすことは、ない。

それは、主に瑞穂の父の配慮であり、千速の父の思惑であった。

どうやら思いあっている子供たちであるが、

瑞穂の父が倒れたことで、他人がつけ入る隙を作ってしまった。

瑞穂は一年と期限を決めて、自分の足場を固めようとしている。

それは、ほぼ達成されているともいえるが、

実は、その隙を突くように周辺で怪しい動きがあった。

千速を危ないことに巻き込むことは避けたい。

しかし、いずれ瑞穂の横に立つのならば、

「加藤」の家の看板を背負った、加藤千速として、この社会で認知されているほうがいい。

すれ違いを意識的にさせることで、

いわゆる、瑞穂周辺の怪しい動きからも、千速を守れるはずであった。


約束の期日まで、あと二ヶ月――


隠そうとしたところで、どこからか密やかに、

瑞穂には心に決めた女性が居るらしい、という噂が流れ始めていた。

クリスマスパーティーには、二人の関係を公のものにしたらどうか、

という具体的な話も出始めた頃。


「加藤千速さんをお願いできるかしら」


桜井商事の受付に、突然訪れた者があった。


秘書時田恵吾視線の、瑞穂と千速の様子が番外編にて語られています。

「秘書時田恵吾による、探し物の行方」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ