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通りすがりの王子  作者: 清水 春乃 (水たまり)
その一年のエピソード
3/28

段ボールいっぱいの、たぶん、愛

「義理とはいえ、秘書だからそれなりのもの、っと」


バレンタイン前の、OLで混雑するチョコレート売り場で物色しながら、

実里は、隣で物珍しそうに眺めている千速に尋ねた。


「なに。こういうとこ、初めてってわけじゃないでしょ」

「義理チョコは一度も渡したことがない」

「はい?」


人混みの中、ぐるり、と千速に向き直った。

何か、OLとして有り得ないこと言ってませんでしたか。


「本命もないけど。

 あ、父と兄には母と一緒に用意しているけど、母が主導権を」

「あ、そ」


実里は脱力して、再びチョコレートの物色に戻った。


「千速は、どんなのにするの?」

「うーん。ここじゃ見当たらないかな」


高級専門店でご購入ってことですかね?

悔しいぞ。

本命のチョコレートは、今年も購入すること叶わず(だって、いないんだもーん)。

唸りながら、実里は、桜井用のチョコレートを購入した。


「じゃ、それを買いに付き合うよ」

「そう?」


バレンタイン特設売り場を脱出して、

千速は、食品売り場のお菓子コーナーまで来ると、

箱に入り、紙で個包装されたチョコレートを物色し始めた。


「?」


実里が見守る中、千速は何種類かを手にし、ちょっと悩みながら選んでいる。

義理チョコは渡したことがないし、渡さないんじゃ?


「抹茶チョコだって。美味しいのかな、これ」

「ねぇ」


千速が、実里に振り向いた。


「これ、美味しい?」

「まぁまぁかな。……じゃなくて、それは営業部の人たちに?」

「ううん。瑞穂の」


実里の目が驚愕に見開かれた。

あの(・・)瑞穂に、この(・・)チョコレート!?


「ほんの少しの高級なチョコレートより、

 普段、机の引き出しに入れておいて、食べてもらえるようなものがいいの。

 今年は、直接渡せるわけじゃないし」

「……そうか」


色んな種類を入れて、どれが美味しかったか聞いてみようかなー、と呟きながら、

千速は、チョコレートをカゴに入れ始めた。

箱を開けた瞬間の、瑞穂の呆れた顔が目に浮かんで、口元に笑みが浮かぶ。


そんな千速を眺めながら、実里は思う。

沢山の高級チョコレートが届く中で、

こんなありふれたチョコレートは、逆に目立つことだろう。

それに、大量だし。

カゴに放り込まれる量を見て、実里はクスリと笑う。

しかし、千速にそんな計算があるわけではなくて、

単純に瑞穂を喜ばせたくて、

純粋に瑞穂の側に置いて欲しくて、

この百数十円のチョコレートを 真剣に吟味するのだ。


……なんて可愛いヤツ。


実里は、千速のウエストにムギュッと抱きついた。


「千速っ!男に生まれ変わったら、私、千速と付き合うっ」

「……そんなに、このチョコレート好き?」

「……」


そんなに美味しかったっけー?と首を傾げる千速に抱きついたまま、

実里はクスクス笑い出した。

敵わないわー。



 * * *



そういえば、特別な贈り物って初めてよね。


箱の底に、プレゼントの万年筆を入れながら、千速は思った。

瑞穂の立場では、書類に直筆のサインと印が必要なことも多いだろう。

そう思って選んだのだ。


その上から、大量のチョコレートを箱に詰める。

気付くかしら?

うーん。ペンシルチョコレートも混ぜてみたら面白かったかも。

……。

やらないけど。


メッセージカードを ちょっと躊躇った後で、

やっぱり底の方――万年筆の上――に置いた。


蓋をして、ガムテープで止めて、ふと手が止まる。

初めてのバレンタインに、段ボール箱で、

しかも宅配便使って送りつけるとか……あり?



――ありっ!!!



肩をすくめて、宛名を書き、コンビニに持ち込んだ。




 * * *




父の入院中から、瑞穂は実家住まいだ。

バレンタイン当日、帰宅してみると、


「お届けものがあるのよ~」


出迎えた母が、そわそわしながら、瑞穂を居間に引っ張っていった。

瑞穂宛の、それなりの量の届け物が居間に積み上げられている。


「適当に処分しておいて」


と言おうとして、可愛らしい袋や美しい包みに混じって置かれた、

普通のダンボール箱に目が留まった。


……これは、違うんじゃないのか?


「あら。さすが我が息子、お目が高い」


母が、にんまり笑いながら、

その箱を よいしょ、っと瑞穂に手渡した。

差出人を確認すると――千速だ。


抱えて、そのまま自室に向かおうとする瑞穂に、


「ここで開けるんじゃないの?」


何だか面白そうな匂いがするのにー、と残念そうに母が呟く。


「残りはよろしく」


しかし、瑞穂は軽くスルーした。




取り合えず部屋に持ち込み、箱を開けてみる。


中に大量に詰め込まれていたのは、

最後の日に、千速がスーパーで買っていたものと似たようなチョコレート。


一瞬呆気にとられたものの、

こみ上げるものを押さえきれず、部屋でひとり、瑞穂は笑い出した。


お前、仮にもバレンタインだろう。

同期(・・)の俺には寄こしたことのないチョコレートだが、

これを、この量ってどいういうことだ。


しかも、ブラックやミルクチョコレートならまだしも、

抹茶やストロベリーとか、俺に食えというのか?


ククク、と笑いながら、箱の中身を確認する。


――いやぁ、あのような美しいお嬢さんがおられるとは……――


そうだ、その(・・)美しいお嬢さんは、実はこんなユーモアも備えている。

ユーモアと……


見つけ出したメッセージカードを開く。




  『 常備薬をどうぞ。

    側に置いて。 


                千速 』




ユーモアと、洞察力だ。


――大丈夫だ。一番のヤマはもう乗り切った、心配しないでも。


箱の底には、細長い包みが、チョコレートで隠されるように入っていた。

包装紙を開けると、美しいドイツ製の万年筆が出てきた。


スマートフォンを取り出し、


『受け取った。ありがとう』


いつものように、瑞穂はメールを送る。


『どれが美味しかったか、そのうち教えて』


千速からの返信に、チョコレートのように甘い言葉は、もちろんない。

それでも、寄り添おうとしてくれる気持ちを、瑞穂は感じるのだ。



 * * *



「『受け取った。ありがとう』だけど?」

「ええ~っ!もっとビビットな反応は無かったの?」


実里が、千速に事の顛末を聞いている。

やっぱり段ボール箱で送るとか只者じゃない、と密かに思いつつ。


「抹茶はイマイチだったって。ブラックがいい、って言ってた」

「……食べたんだ、抹茶」




 * * *




一ヵ月後のホワイトデーに、千速は封筒を受け取った。




  『 こっちだったら付き合ってやれる。

    約束の、前払いだ。


                     瑞穂 』



入っていたのは、水族館のチケットが二枚だった。


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