実里の Something Blue
千速と瑞穂の結婚式にて。
白い薔薇のブーケを 私に押し付けるように渡した花嫁は、
数歩後ろに下がり、ふふふ、と幸せそうに微笑んで、
ドレスの裾を少し持ち上げ、足首をチラと見せた。
アンクレットに一粒ついた、淡いブルーのアクアマリンが、キラリと光った。
「おいっ!」
隣にいたヤキモチ焼きで過保護な花婿が、
ドレスを持ち上げた花嫁の手をぺち、と叩いた。
小さく舌を出し、肩をすくめたた花嫁が、
「ありがとう」
私をまっすぐに見つめて言う。
終始幸せそうに微笑んで、涙ひとつ見せなかった美しい花嫁と、
その傍らで、誇らしそうに立つ花婿。
―――何だか今、私は泣きそうよ。
千速。
幸せになって。
* * *
「ニューヨークに行くらしいの」
ランチの席で、千速がポツリと呟いた。
そうね。
常務経由で聞いた話じゃ、来年早々にでもってことみたいよね。
私は、ふん、と頷いた。
目の前に置かれたランチプレートの、私の卵焼きにぐさり、と箸が刺さった。
「・・・今度は、置いて行かせないんだからっ」
語気に怒りを感じるのは、気のせいじゃないのよね?
っていうか、それ、私のなんだけど。
「うん」
置いて行く?
まーさーかー。
あの瑞穂が、そんな危険を犯すはず、ないでしょうに。
でも。
どうやら千速は、本気で怒っているらしい。
・・・またしても、肝心の本人には話が通じないまま、コトが進んでいるようだ。
私は卵焼きを諦めて、千速のランチプレートのシュウマイを襲った。
「・・・問い詰めてやる」
やれやれーっ!
「そうだね。瑞穂に直接聞いてみたら?」
私は、ニンマリ笑って口にする。
傍観者の気楽さで、千速を煽ってしまった(笑)
ごめん、千速。
瑞穂はちゃんと、アンタを連れて行くつもりみたいよ。
あと数週間で辞令が出て、アンタは秘書課に異動。
秘書業務の修行をすることになっている。
ニューヨークでは、瑞穂の秘書なんだそうな。
公私混同じゃないのー、とも思うけど、
まぁ、有能な千速をそのままにしておくのはもったいないものね。
ちゃんと指輪をはめて、目の届くところに置いておきたいんだろうし。
私の大事な親友を連れ去る、瑞穂へのちょっとした意趣返し。
千速に責められて、アタフタしてしまえ。
* * *
幸せになるための、おまじない。
Something Old
Something New
Something Borrowed
Something Blue
そんなモノが無くたって、きっとアンタは自分の手で幸せを掴む。
だけど。
秘書業務をこなしながら、年明け早々強行することになった結婚式の、
(どうせ瑞穂が、無理を言ったんだと思うけど)
打ち合わせやら何やらで、ちょっぴりお疲れモードの千速の前に
私はトン、と小箱を置いた。
「なぁに?」
「・・・『Something Blue』」
箱を開けた千速が、
「・・・素敵。アクアマリンかな」
と私に問う。
マイペースで。
どんな時もブレなくて。
強くて、優しくて、聡明で。
「そうよ。『何か、青いもの』」
アンタのいないランチは、きっとつまらない。
「なるほどー。
ガーターの青いリボンくらいしか、思いつかなかった。
さすが実里だねー」
私のダメダメ上司の愚痴は、これから誰に聞いてもらおう。
* * *
感傷的になって、ちょっぴり涙ぐんだ私の頭を
「泣くな、泣くな。
何たって、肝心の花嫁が涙ひとつ見せていないんだぞ」
後ろから遠慮なく、ぐりぐりと撫で回す男。
ムッとした私を、瑞穂は面白そうに眺めていたけれど、
千速は、その男にチラリと視線を飛ばした後、
再び私に身を寄せて、こう囁いた。
「―――実里。
逃げる時は全力で逃げないと、常務に頭からバリバリ食べられちゃうわよ」
私は、眉を顰めて返す。
「あらやだ。
私が、そんな不覚をとるとでも?」
「そうだ、失礼だな。
俺は頭からは食べない。
何てったって、その面白い物言いが聞けなくなっちまうからな。
よく回転するその頭は最後だ。
まずは、逃げないように足を喰らう」
瑞穂が、片方眉を跳ね上げて言った。
「・・・何だか、面白いことになってないか」
私は、思わずブーケを振り回して叫んだ。
「ぜーんぜんっ!」
―――千速。
私は、アンタがいなくなって、とても淋しい。
so blue・・・。