マダム百合の 魔法の効かせ方
瑞穂に「コレよろしく」と、千速を丸投げされたマダム百合の呟き。
魔法にかけるつもりだったのに、
自分が魔法にかかってしまった、極上の男の子。
美しく装った千速ちゃんを見て、呆然と佇む様子は、
最初、そんな風に見えたのだけれど。
次の瞬間に表れたのは、
焦がれていたものをようやく見つけた、という安堵と、
諦めていたものを再び見つけた、という歓喜だったように思うの。
あっという間に、怒りに変わってしまったけれど、ね。
熱に浮かされた瞳を見て、
これはもう既に恋は始まっていたのだ、と私は確信したけれど。
それなのに、あの娘ときたら。
「百合さん、期待されていたのはこっち方面じゃなかったんじゃない?
もっとイケてない感じに仕上げるように言われなかった?」
なんて言うのよ。
わかっていないったら。
そうね、こういう場所―――老舗ホテル―――で、
フォーマルウェアのセレクトショップなんて長いことやっていると、
今日みたいなことは、珍しくはないのよ。
魔法の杖の一振りで、シンデレラになることを、させることを願う人もいるの。
でもね。
私は魔法使いじゃないから。
ここに置いてある物は、単なる道具に過ぎないわ。
煌びやかなドレスも、アクセサリーも、メイクも
非日常の中で輝く、ほんの一瞬のまやかしでしかないもの。
でも、そのまやかしの中から
自分への自信が芽生えたり、
誰かへの想いで美しくなりたいと願い、実際美しく輝く、
そんな魔法はあると思っているの。
そして、誰かへの想いで輝くだけじゃなくて、
誰かの想いを身に受けることで輝く魔法もね。
―――魔法は誰かにかけるものじゃないと思うの。
物語の世界じゃない、この世の魔法は、自分が自分にかけるしかないと思うのよ。
今日も今日とて、千速ちゃんは
まるっきりヤル気ゼロな状態だったわけだけれど、
―――ちなみにちょっと前に、お母様(私の友人なんだけれど)に連れられて、しぶしぶドレスを選んでいった時も、気乗りしないオーラを遠慮なく放出していたわね―――
彼女の場合、自分に魔法をかける理由を
今のところ持ち合わせていないようだったわ(笑)
ラベンダーのドレスも、
7cmのヒールも、
シャンデリアピアスも、
緩やかに波打つ髪も、
華やかなメイクも、
彼女自身には魔法をかけられなかった。
美しく装った、いつもの加藤 千速がそこにいるだけだったように思うの。
だけど、あの男の子は、
どこにいた、と問い詰めた時も
なぜ黙っていた、と咎めた時も
そのままの千速ちゃんから目を離せないようだった。
まるで、自分自身の想いを確認するかのように。
掻っ攫うようにここから連れ出して行った彼の想いが
正しく千速ちゃんに伝わるといいのだけれど。
そんな彼の想いが、千速ちゃんを輝かせていると
彼女が気付くといいのだけれど。
なかなかに手強いお嬢さんだしね。
でも。
ロマンスの香りがしませんこと?