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通りすがりの王子  作者: 清水 春乃 (水たまり)
その一年のエピソード
2/28

陣中見舞い

年が明けて、瑞穂の父、貴穂(たかほ)も療養を終え、現場に復帰した。

とはいっても、体調を見ながら限定的に、ではあるが。

それに伴い、瑞穂は、営業本部長という正式役職名がついた。


「叔父さん、わざとですね」


不在の間の労をねぎらう叔父に、恵吾がさり気なく問い質した。


「わざと、瑞穂をひとりで放り出すようなことをしたでしょう」


貴穂は、さて何のことやら、と惚けたが、


「まぁ、どうにも立ち行かなくなったら出張るつもりでいたが、

 私の後を付いて回らせるより、遥かに効果的に顔と実力が売れただろう」


とニヤリとした。

―――この狸め。

恵吾はピクリ、と口元を歪め尋ねた。


「……失敗するかもとは、思わなかったんですか」

「それなりに、奴の実力を買っているからね。

 まぁ、この程度で足を引っ張られてコケるようなら、器じゃないってことだ」


親というより、厳しい経営者の顔をちらりと見せて、貴穂は言い放った。


「それに、お前が付いていてくれるのがわかっていたからな」

「……」

「何だ。何か言いたそうだな」


お陰で、俺も瑞穂も えらい大変な目に遭いましたからね、と恵吾は思う。

が、言っても詮の無いことだ。

この叔父は、承知で負荷をかけたのだから。


しかし。


「このままなし崩しに、瑞穂に権限委譲して、

 華絵叔母さんと楽隠居、なんて許しませんからね」

「……そんなことは、考えておらん」


いささか後ろめたそうな顔をして、貴穂は答えた。


「お前、可愛くないぞ。

 そういうことは、わかっていても口にしないでおくものだ」

「引退するなら、どうしようもない爺どもに、

 きちんと引導を渡してからにして下さいね。

 順調に片付けても十年くらいですかね?

 その間は、前面で活躍していただきますから、体調には充分留意して下さいよ」


十年もか……と呟く貴穂に、恵吾は容赦なく追い打ちをかける。


「もっと早く引退したかったら、瑞穂をさっさと一人前に仕上げるんですね。

 能力的なものは、昨年の代理業務で、瑕疵なしと証明できたはずです。

 内部の不穏分子もあぶり出せたようですし……」


叔父さん、この状況を利用したでしょう、と

恵吾は、叔父を冷ややかに見つめた。


「その辺りをさっさと掃除して、瑞穂の環境を整えてやって下さい。

 ……ついては、社長」


ここで、カチ、と()のスイッチが入った。


「若を、新年の挨拶がてら、こちらのリストの経営者と

 顔合わせさせてやって下さい」

「……復帰したばかりの社長に対して、容赦ない仕事の振り方だな」


貴穂は苦笑して、リストの一覧に目を通すと、


「私の秘書にスケジュール調整させなさい。その際は、お前も同席するように」


そう言って、社長の顔に戻り、行け、と手を振った。


 


 * * *




『限定的ではあるが、親父が、無事復帰を果たした』


瑞穂からメールが届いた。


『おめでとう。良かったね。瑞穂も体に気をつけて』


と返す。

少しは時間が出来たのかしら?

相変わらずの、業務連絡ぶりなんですけど。

そう思う千速であったが、

こちらも新年の挨拶に、父、兄と同席させられて、多忙な休日を過ごしていた。



 * * *



一方、瑞穂も父の側に控えて、新年の挨拶を受けることが続いていた。

似たような人脈に接するが、出会うことは無い。

しかし、お互いにお互いの、それとない噂を耳にするのであった。


「いや、復帰おめでとうございます」


で始まり、世間話のついでに

 

「加藤建設さんにもご挨拶にお伺いしましてね。

 例年、社長とご子息のお二人でしたが、今年はご令嬢も同席されておられて。

 あんなに美しいお嬢さんがいらっしゃるとは、存じませんでしたよ」


などと耳にすること数回。

表情は変わらないものの、ピクリと反応する瑞穂に、

父と恵吾は気付いているだろう。


何故、今、()に出始めた……

自分が身動きの取りにくいこんな時期に、と瑞穂は苦々しく思う。




『滝川重機の社長が、年明けの挨拶で千速に会ったと言っていた』


メールを送る。


『そう?面白い社長さんだった』


返信を見て、瑞穂は眉を顰める。

自分が聞きたいのは、そういうことではない。


『何故、同席をすることに?』


イライラしながら返信を待つ。

そしてまた、あっけない答えが。


『休日に秘書をわざわざ呼び出すのも可哀想だから、

 お前が代わりにどうだ、どうせ暇だろう、と父に言われたの。

 確かに暇だし(笑)』


千速の父の何らかの思惑もあるのだろうが―――

頼むから、自分が迎えに行くと約束した時まで、

大人しく、ひっそりと、過ごしていてくれないだろうか。

余計な心配をしないで済むように。


しかも、自分の身にも、予想はしていたことであるが

様々な、そして巧妙なトラップが用意されることが増えた。


「是非一度、ご子息も交えて会食を」


などという誘いに、仕方なく父に同行してみれば、

先方には、社長令嬢が着飾って伴われていたりするのだ。


社長である父不在中も、滞りなく大企業の舵取りをこなした、

そんな実績が、将来有望な後継者、婿候補として瑞穂の名を高めた。

自分が、意図しない所で、憶測をたっぷり含んだ自分の噂が流れる。


恐らく、千速もそれを耳にしているだろうが、

それを問い質すメールが送られてくることはない。

それは、ある意味千速らしくもあり……


業務連絡(・・・・)は続く。



 * * *



「ところで、瑞穂が面白いことになっているのをご存知ですか?」


恵吾が、貴穂に探りを入れた。

貴穂はふっふっと笑った。


「お前も気付いたか」

「この所、表向き見せませんがイライラしています」


貴穂が、少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「私が倒れたせいで、瑞穂は獲物を狩り損ねているんだよ」

「……獲物、ですか」


恵吾は、終わったクリスマスパーティーの招待状を手にしていた瑞穂を思い出した。




パーティー前は、社内の重鎮達からも足を引っ張られることが多く、

自分も瑞穂も、肉体的にも精神的にも追い詰められていたように思う。


思い通りに運ばない諸々に、イライラを募らせていた時だった。

夕飯をとる暇もなく、二人とも残業で遅くまで残っていたある日。


おもむろに引き出しを開けた瑞穂が、恵吾に向かって何かを放り投げた。

肩に当たったそれを、拾い上げて見ると、紙に包まれたチョコレートだった。

キオスクで売られているような、個包装されて紙箱に入っているようなもの。


「お前、酷い顔してる。

 しんどい時ほど、この程度のこと何てことないって顔をしていろ。

 俺たちには、これを乗り越える知恵も、力も、時間もある」


そう言って、自分でもひとつ口に入れた。

あの瑞穂が、安物のチョコレートをデスクに常備とか?


「……何でこんなもの」

「体が元気になると、気持ちも元気になるんだと」


恵吾も紙を剥き、口に放り込んだ。

じんわりと広がる甘みが心地よく、

確かに、体が糖分を求めていた、と訴えているようだ。


「誰が、そんなことを?」


同じようなシチュエーションがあったかのような言い方だ。


「……俺の獲物」

「?」


少し淋しそうに口角を歪めた瑞穂だったが、

次の瞬間には


「血糖値上げて、乗り切るぞ」


いつもの冷静な、表情に変わったのだった。


結局、パーティーの成功によって、瑞穂の力量が認められることになり、

その他諸々のことも、嘘のようにスムーズに進むようになった。

そして今は、父が復帰したことで、後ろ盾を得て磐石の立場に立った。




―――あの時、瑞穂は俺の獲物(・・・・)と言っていた。

あの招待状の宛名は。


「その獲物(・・)の仕業ですかね。

 年末には、あの瑞穂が、女に一方的に通話を切られてましたね」


貴穂は、ぶわっはっはっ、と大笑いしながら、


「そうか、そうか。そうだろうとも」


と頷いていた。


「ご存知なんですか?」

「ん?まあな。お前も、そのうちにお目にかかるだろう。

 瑞穂を面白いことにしているのは、間違いなくその獲物(・・)だろうな」


時々―――そう、一日に一度、多くて二度。

着信したメールを眺めて、表情を緩める瑞穂がいる。

側にいるからこそ、わかる。

大した長さもない、メールだ。

そのメールが、瑞穂の緊張を解く。


そしてまた、このところのイライラ……

それをもたらしているのも、その獲物(・・)

恐らく、その獲物(・・)に関する噂が、原因だ。




―――さて。どうしたものか。




が、バレンタインの翌日、それはあっさり解決された。


小さな紙バッグを下げて、迎えの車に乗り込んだ瑞穂は

非常に機嫌がよかった。


「何か、あったのか?」

「いや、何も」


……何かあったことは、悪いが丸わかりだ。

あのイライラはどこへ行った。


社に着き、自分の部屋に入ると、

瑞穂は真直ぐにデスクに向かい、

紙バッグから、チョコレート―――例の、キオスクで買えるタイプの安価なもの―――

を大量に取り出すと、大事そうに引き出しに納めた。


!?


何でまた、そんな安価なチョコレート?

バレンタインなのに?


「どうしたんですか、それは?」


思わず口にした疑問に、


「陣中見舞い。獲物(・・)からの」


瑞穂が、甘やかな微笑を浮かべて恵吾を見上げた。


……なるほど。

只者ではない、と了解した。


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