実里と常務の はじめまして
実里が「あの男」とか、「あいつめ」とか愚痴る、桜井常務との出会。
色々な噂は、ご当人を前に
「ああ、ナルホド、そういうコト」
と納得させられた。
顔合わせ初日ですから!
私だって秘書の端くれですから!
田村前常務の
「君は優秀な秘書だったよ。桜井常務の下でも頑張りなさい」
という最後の言葉を胸に、アルカイックスマイルを浮かべてこの不愉快な男の前に立っている。
30代半ばの美丈夫。
がっしりした体を 仕立ての良いグレーのスーツで包み、
素晴らしくエネルギッシュな印象を(無駄に)撒き散らしている。
ハンサムではあるんでしょうけど、私の好みでは、絶対ない。
「俺に惚れるなよ」オーラをそんなに放出しなくても、そうそう簡単に靡きませんから。
先導なく、嵐のように部屋に入ってきて、
「本日より、桜井常務付きの秘書をさせていただきます。
谷口 実里です。よろしくお願いします」
と挨拶する私の頭からつま先まで値踏みするように
きっかり一往復半、しつこいようだけど、一往復半、じろじろ眺めて
挨拶も早々にこう言ったのよ。
「田村常務はどうだったかしらないが、俺の要求水準は結構高い。
俺が働きやすく采配するのが君の役目だ。
海外展開する商社常務の秘書だ・・・」
『英;ビジネス英語くらいは、完璧に話せるんだろうな』
『英;勿論です』
『独;欧州にもいくつか支社がある。そこからも連絡が入るだろう』
『独;ドイツ語はあまり得意ではありませんが・・・
仏;フランス語はかなり話せます』
「・・・」
『仏;あら?フランス語はあまりお話しにならない?でもまぁ、大体は英語で充分ですよね。
中;ああ、でも今後のアジア戦略で中国語とか?すみません、私もコレはまだ勉強中なんです』
「・・・・・・」
それから にっこり微笑んで
「常務の求める水準に追いつけるよう、日々精進する所存ですので
ご指導のほどよろしくお願いします」
と頭を下げた。
ふっふっふ。
勝った!
女だからって、若いからって、小さいからって、なめるなよっ!
ここで他人の勝ちをすんなり認められない男に勝ってしまったが故に、
後々、あれやらこれやらで悩まされるとは、
この時の私は考えてもいなかったのであった。
独立した番外編より、こちらに移動しました。