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ウェディング ナイト

結婚式の夜のお話。

この二人の事なので、当然、色っぽいお話にはなりません(笑)

せっかく素敵なウェディングドレスを作ったのだし、

気に入っているから、別のドレスはいらない。


千速はそう言って、お色直しをしなかった。

カクテルドレスを身につけた時の千速の美しさを知る瑞穂は、それを少し残念に思う。

しかし。

露出度の高いドレス姿を、わざわざ人目に晒す必要もなし。

千速の美しさは、自分だけが知っていればいいことなのだから。


ホテルの最上階のレストランを貸し切って行った二次会も、

ベールを外し、髪を下ろして白い薔薇を飾り付けたものの、

千速はウェディングドレス姿のままであった。

もちろん、それはそれでかなり人目を引き、

会場に辿り着くまでにも、

「うわぁ、モデルさん?何かの撮影?」

と通りすがる人が思わず立ち止まって見送ったり、

会場に入ってからは、その美しさに、どよめきとため息が沸き起こったのであるが。


二次会では、それぞれの学生時代の友人や会社の同僚などが大勢集い、

様々なエピソードが暴露され、場は大いに盛り上がった。


「なんだ、その『美しき刺客』っていうのは」


千速の友人が語った大学時代のエピソードに、瑞穂は呟いた。


「あら。言い争いには簡単には負けませんってことよ。

 彼女も、夫婦喧嘩の際は気をつけてって言ってたでしょ?」


当時論客としてならし、並みいる男共をバッサバッサと切り捨てていたという千速が、

笑いを含んだ声で答えた。


「それよりも、『実に美食家で、なおかつ淡白だった』って話の方が気になる、かな」


瑞穂は苦い顔をして、余計な話を暴露した友人を軽く睨んだ。

学生時代、瑞穂は美しい女性にしか手を出さなかったし、

出したとしても、必要以上に近付かせなかった。


「それは、お前が見つからなかったからだ」

「は?」

「どこに行っても、お前を見つける事が出来なかった。

 お前がいたら、余計な狩りはしないで済んだ」

「……な、何言っちゃってんのっ」


千速がじわじわと赤くなって、瑞穂から少し身を引いた。


「はいはーい!

 そこのお二人さん、見詰め合って自分たちの世界を作らないでねー。

 僕達、いたたまれなくなっちゃうからー」


司会を買って出た司が、茶化して言った。


「ところで、今日はせっかくの機会なので、二人にインタビューをしたいと思いまーす! 

 皆さん、聞きたくても聞けなかった事がいっぱいあるはずなので、

 質問受け付けまーす!」


ばばばっ!と、もの凄い数の手が挙がった。

千速が目をぱちくりとさせ、その隣で瑞穂は口元を歪めた。

瑞穂は友人達にさえも、結婚に至るまでの詳細を尋ねさせる隙を見せなかったし、

千速は、余りにもあっけらかんとしていて、

逆にどう聞いたものか、みんなを躊躇させたようなのだ。

そう、恐らく皆「どんな風に!?」あるいは「いつから!?」

と聞きたいはずなのだ。

案の定、最初の質問は、瑞穂の桜井商事時代の同僚からの


「二人は、どういった経緯でお付き合いする事になったんですかっ!?

 僕達は、全く気が付きませんでしたっ!」


であった。

隣で千速は、悩んでいるようだ。


「どういった」とは、どこの時点ことを言うのだろう?

それは、あの十八の時?

それともフォレストの創立記念パーティーの時?


瑞穂は、ひとこと言い放った。


「俺がくどいた」


どっと会場は沸いたが、あちこちから、


「それじゃ、わからなーい!」

「もっと詳しく話せー!」


のコールがかかった。

もうしゃべらない、という構えの瑞穂と、首を傾げる千速の横から、


「では、本人達になりかわりまして、私が」


と、実里が高らかに宣言した。


「とっても面白いので、最初の馴れ初めなど、ご披露させていただきたいと思います」


瑞穂は目をむき、千速はまずい、と俯いた。


「実は、二人は十年近く前に出会っておりまして……」


実里が、千速から聞いていた当時の出来事を面白おかしく語ると、会場がどよめく。


「すげぇー。オトコひとりオトしてあっさり消えるとは」


千速が片手で顔を押さえた。


「執念深くそのシンデレラを探していた新郎は、

 会社の同僚が実はその時の少女だと気付いてからは、猛追。

 天然の新婦にいいように翻弄された末、

 どうにか本日の佳き日までこぎつけたのであります。

 皆様拍手っ!」


盛大な拍手の中、瑞穂は渋い表情を浮かべていたが、

次の瞬間には、ニヤリと笑い、千速の手を取って恭しくキスを落とした。


「まあ、嘘じゃないしな」


それから、その手をくいっと引き寄せ、瑞穂を見上げた千速の唇を塞いだ。


「――――っ!!!!!」


あからさまな所有権の主張に、会場は更に沸き、千速は目を見開いたまま硬直した。

いや、このヒト、こんなキャラだっけ?


 * * *


二次会を終えて皆を見送り、仕切ってくれた司と実里に礼を言い、

二人はホテルのスイートに引き上げた。


「長い一日だった。ずっと終わらないかと思った」


瑞穂はそう囁き、

千速の――彼の、ようやく手に入れた『妻』の――腰を抱き寄せ深く口づける。

花嫁のウェディングドレスを自分の手で脱がせるなんていうのは、

世の男の願望じゃないか?

ゆっくり手を千速の背中に滑らせ、ウェディングドレスのボタンに手をかけた。

――ボタン?

もう一度、手を滑らすと、もの凄い数の小さなボタンが手に触れた。

瑞穂が、顔を上げると、千速がちょっとおかしそうな、

困ったような顔で瑞穂を見上げていた。

千速の体をくるりと回す。

目の前のドレスには、背中から腰の下まで、

小さなくるみボタンがループで留められてずらっと並んでいた。


「……これは、何だ?」


ちらりと振り向いた千速が、申し訳なさそうに言った。


「えっと、全部小さなボタンで留まってるの。

 五十はないと思うんだけど、ひとつずつ外さないと脱げないの。

 瑞穂のお母様が、『絶対ボタンにしてちょうだい』って」

「……引き裂いてもいいか」

「だめ。気に入ってるんだもの」

「……何でまた」


瑞穂はひとつずつボタンを外し始めた。


「お母様が、『あの子が我儘言って千速さんを振り回しているんだから、

 少し困らせてあげたほうがいいの』って」

「――いや、俺は困ってないぞ」


焦れているけどな。

でもって、俺を焦らしたら、どんな目に遭うのかわかってないんだろう、コイツは。


「そう?なら、良かった。」


千速は後ろを向いたまま、ほっとしたように言った後、

再びちらりと視線を後ろに投げた。


「でも、眉間にしわ、寄ってる」

「――ボタンが小さくて、外しづらいからだ」

「ふうん。

 この下のビスチェも背中を紐でしっかり締めてあるから、ひとりじゃ脱げないの。

 その紐も、緩めてくれる?もう、苦しくて」

「――もちろんだ」


瑞穂は、後ろを向いた無邪気な赤頭巾に、オオカミの笑みを浮かべた。

そうとも。

俺は、全く、困っていない。



 


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