cosmos
夏の暑苦しさも消え、秋の香りが微かに風に混ざり始めた十月の初め。
私は、高校二年だった。
小さいころから、誰かとなれ合うのが嫌いで、いつでも一番の友人はたくさんの本で、
恋愛なんていう代物とは無縁の生き方をしてきた。
教室の片隅で黄色い声をあげている女子の話も、陰で繰り広げられる裏切りや嫉妬も、私には関係が無かった。
そんなつまらない日常の中、ある日私は出会った。
秋の風に長い黒髪を揺らして微笑んでいる彼女。
今まで生きてきて、一番綺麗で、尊い物を見つけた、と思った。
どうして今まであの子に気付かなかったんだろう?
彼女もまた、一般的な女子高生とは違っていて、理想の様な女の子だった。
だから、今でも何故、彼女と直ぐに打ち解けられたのかが分からないほどだ。
お互いが、学友達に馴染まない者同士だったからかもしれない。
いつからか、私は誰かと一緒にいて、他愛のない話をすることの楽しさを知っていた。
それを教えてくれた彼女がとても愛しく思えた。
白い肌、濡れた様な大きな黒い目、薄桃に色づいている頬、漆黒の艶やかな髪、花が咲くような笑顔・・・。
彼女のことを思うたびに胸の奥がチクリと痛むような、踊るような感情が湧きあがった。
この感情をなんと呼ぶのか、いくら考えても答えは出ない。
私の一番の友人たちに尋ねても、彼らは決まった言葉を紡ぎ続けるだけだった。
嗚呼…どうしてこんなに苦しいのか。
そんな私の思いも知らずに、今日も私に笑顔を向けてくる君が憎い。
そしてそれ以上に、大切で愛しくて仕方が無い。
この気持ちを言い表す言葉は何なのだろうか。
答えはある日突然見つかった。
君がそっと私に呟いた言葉、
―――好き、私、きっと友達以上に貴女が好き。貴女はなんて言ってくれる?―――
私のこの思いは、君と同じ「好き」。
知らない間に私たちは密かな戀をしていた。
赦されることはないと知っておきながら、私たちは道を戻ることを拒否したのだ。
帰り道の土手に咲くコスモスがそれを祝福するかのように揺れていた。
―――ねぇ、コスモスの花は好き?―――
君は一輪コスモスを摘み取って言う。
少し濃い桃色の花弁が風にふわりふわりと遊ばれている。
少し間を開けて私は言った。
いいえ、私は好きじゃないわ。同じ花が集まって、同じ方向に揺られて、つまらないもの。
と。
君は少し困ったような顔をして、残念だわ、と言うと、摘み取ったコスモスを髪に挿す。
―――コスモスの花言葉は『乙女の愛情』。貴女も好きなら、私達に丁度よかったのにね。―――
はにかみながら彼女は、そう付け加えた。
彼女の髪の上で揺れるその花だけは、なんとなく綺麗に思えた。
私たちはそれからも、密かな淡い戀の関係を続けた。
いつ終わってしまうかも分からないまま、ただただ二人で日々を駆け抜けていた。
でも、
始まったものには遅かれ早かれ終わりは必ずやって来てしまう。
そして、時にそれは残酷だ。
段々と秋めいてきた頃。
ある日、学友達が私達のことを噂しているのを耳にした。
噂は瞬く間に広がり、どこにいても好奇の目を向けられた。
私達は全てを無視したが、彼女が段々と弱っていくのが手に取るように分かってしまうのが、ただただ辛かった。
楽しかった毎日が、沈黙に塗りつぶされていく。
帰り道、私たちを祝福したコスモスも皆下を向いて黙っていた。
沈黙に耐え切れなくなった私は、まわれ右をすると、
コスモスが咲く土手を駆け下りた。
後ろから、慎重に降りてくる彼女の足音がする。
土手はオレンジ色に染まり始めている。
何の悩みも無いような大きな夕日に照らされた足元のコスモスが、くすぐったい。
ふと、私の中で、バラバラだった感情が一つになった気がした。
そして、息を一つ吐いて、私は彼女を見る。
彼女の大きな目は私の目を見つめていて、全てを分かっているようだった。
―――これで、おしまい。―――
私は言う。
もう少し、理由なんかを言ったりするものかと思ったけれど、
私たちの関係の終止符には丁度良いと思った。
彼女も、一度目を伏せて、それから微かに笑って頷く。
夕日がビルの街へと落ちていった。
冬の香りに包まれた頃。
私たちはただの友達として歩み始めていた。
それでも、愛おしくて、手を伸ばせない辛さに身を灼かれる。
胸の奥が痛くなって、堪らずに、
宇宙を見上げるとたくさんの星が瞬いている。
整然と並ぶ様が、あの日の土手のコスモスのようで、涙が溢れた。
涙で霞んだ目に映る満天の星空は、ばやけた小さな光がゆらゆら揺れて、まるで粉雪のように見えた。
星の整然とする様はcosmosと言います。(確か)
コスモスの花言葉は「乙女の愛情、純潔」 十月の花言葉です。
以上、尖角さんからの
「宇宙」「花言葉」「粉雪」
のキーワードでのお題でした!