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9話 墓標の静寂

下水道の冷たい石壁に背を預け、アルトは激しく乱れる呼吸を整えようとしていた。

地上からは、いまだに乾いた金属音と、短く断絶する悲鳴が響いてくる。

反乱は、数分と持たなかった。

《中級執行官》たちの圧倒的なLv45という暴力の前では、下層民の命は秋の枯れ葉も同然だった。

「残党を逃がすな。路地の一角、ネズミの一匹に至るまで掃討しろ」

地上から冷徹な号令が聞こえる。執行官の部下である下級兵士たち――Lv20前後の武装集団が、大挙して隔離区の深部へと雪崩れ込んでいた。それはもはや戦闘ではなく、一方的な「殲滅作業」だった。

アルトは汚水にまみれた手で顔を覆った。

つい先ほどまで自分を誘っていた男も、都を呪っていた女も、今はもう、冷たい泥の上で物言わぬ肉の塊と化している。

「……誰も、いなくなった」

あんなに騒がしく、絶望と怒りに満ちていた隔離区が、今は不気味なほど静かだ。

生き残ったのは、皮肉にも影に守られ、爆煙に紛れて逃げ出した自分一人だけ。

『――主よ。悲しむ必要はありません。彼らは貴殿を道具として利用しようとした不純物。消え去るのが最適解です』

暗闇の中から、影が形を成してアルトに寄り添う。

影の輪郭は、主の絶望を吸い上げるたびに、より鮮明に、より禍々しく研ぎ澄まされていた。

「違うんだ、影……。あいつらは、ただ生きたかっただけなんだ。僕と同じように、この不条理な世界で、何とかして……」

『無意味な仮定です。この世界の理において、Lv10以下の存在は生存を許可されていません。抗えば殺され、従えば飢える。彼らの結末は、最初から確定していました』

影の言葉は、残酷なまでに真実を突いていた。

レベル制度。生まれた瞬間に決まる絶対的な格差。それを守るために、中級執行官たちは平然と「掃除」を行う。

アルトは、足元で不気味に蠢く自分の影を見つめた。

この影がいれば、自分は死ぬことはないだろう。どんな強敵が来ようとも、この《影位存在シャドウ・オーバーロード》は主を守るために、世界そのものを敵に回してでも戦い抜く。

だが。

「……守られているのに、一歩も前に進めていない」

アルトは唇を噛み締めた。

影が強くなるほど、アルトは周囲から孤立していく。

影が敵を殺すほど、アルトの手は「人殺し」の業に染まっていく。

そして何より、どれだけ影が《計測不能》な力を振るおうとも、アルト自身のレベルは『Lv0』のままなのだ。

国家という巨大なシステムから見れば、アルトは依然として「排除されるべき欠陥品」に過ぎない。影の無双は、アルトの人生を救うためのものではなく、ただ「死なせないだけ」の呪いのようにさえ思えた。

「僕は、救われていないんだ……。影、君がどれだけ凄くても、僕はまだ……この暗い地下に閉じ込められたままだ」

『……理解不能。私の力は全能。貴殿が望めば、この世界すべてを、貴殿が救われるための場所へと作り変えることも可能だというのに』

影の価値観は、どこまでも平行線のままだった。

力こそがすべてを解決すると信じる「可能性の完成形」と、弱いままでも人間として認められたい「現実の欠片」。

カツン、カツン、と。

下水道の入り口に、兵士の革靴の音が近づいてくる。

「こっちだ。地下に逃げ込んだネズミの足跡があるぞ」

松明の光が、地下の闇を切り裂く。

アルトは立ち上がることさえできず、ただ暗闇の奥へと身を縮めた。

守られている。確かに、自分はこの世界で最も強大な力に守られている。

けれど、その守護が厚くなるほどに、アルトから「人間」としての居場所は失われていく。

孤独。

広大な都の片隅で、最強の影を背負った最弱の少年は、絶望的な静寂の中に一人取り残されていた。

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