8話 反逆の火、絶望の雨
尋問室での凄惨な事件から数日。アルトは再び、あの忌まわしき隔離区へと叩き戻されていた。
「人殺しの化け物」という噂は上層部にも伝わっていたが、彼を処刑しようとした兵士たちが「原因不明の怪死」を遂げたことで、逆に当局はアルトに触れることを恐れたのだ。
しかし、隔離区の空気は一変していた。
「今夜だ。門の警備が交代する隙を突く」
崩れかけの倉庫。そこには、数十人の《下層存在》たちが集まっていた。手には農具や、拾った鉄屑を削り出した粗末な武器が握られている。
「アルト、お前も来い。あの黒い力を使え」
リーダー格の男が、アルトの肩を強く掴んだ。以前、影に襲われたLv8の男だ。彼は影への恐怖を、今は都への憎悪へと塗り替えていた。
「無理だよ……あれは僕の意志で動かせるものじゃない。それに、こんな無謀なこと……」
「無謀だと? 黙ってここで飢え死にするのを待てってのか! お前のその『呪い』でも何でもいい、都に一太刀報いてやるんだよ!」
アルトは無理やり反乱の列に加えられた。拒絶すれば、今度は同族であるはずの彼らに殺されかねない殺気が満ちていた。
深夜。反乱軍が鉄門へと殺到した。
「開けろ! 俺たちを人として扱え!」
怒号が響く。だが、門の上から見下ろすのは、前回の一般兵とは比較にならない装備を纏った男たちだった。
「――《中級執行官》か」
アルトは息を呑んだ。
現れたのは五人の中級兵士。その頭上には、整然と並ぶ《Lv45》の文字。
《準支配階級》の中でも、戦闘に特化した処刑人たちだ。
「……汚物共が。秩序を乱す害虫には、対話など不要だな」
一人の兵士が、無造作に銀色の長剣を抜いた。
「殲滅を開始する」
それは、戦いなどではなかった。
Lv45という「強者の真実」が、Lv一桁の民草を蹂躙するだけの作業だった。
銀閃が走るたびに、反逆を叫んだ者たちの首が飛び、胴が裂ける。
アルトの目の前で、先ほどまで肩を掴んでいた男が、一瞬で物言わぬ肉塊へと変えられた。
「あ、あぁ……っ!」
圧倒的な力の差。レベルという絶対的な壁。
「次はお前だ、Lv0の欠陥品」
兵士の一人が、返り血を浴びた剣をアルトに向け、冷酷な歩みを進める。
(死ぬ。また死ぬんだ。こんなところで……!)
その瞬間、足元からあの「冷気」が噴き上がろうとした。
影が、主を救うために牙を剥こうとしている。
「だめだ……っ! 出てくるな、影!」
アルトは叫び、あえて影を抑え込むように地面へ身を伏せた。
ここで影が暴れれば、兵士だけでなく、生き残っている隔離区の住人さえも「最適化」の巻き添えになる。
兵士の剣がアルトの喉首を狙って振り下ろされる――その直前。
反乱軍が持ち込んでいた火薬樽が、兵士の放った火炎魔法の余波で大爆発を起こした。
「がはっ……!?」
爆風がアルトの体を吹き飛ばす。
視界が真っ赤に染まり、耳鳴りが響く。
だが、その混乱が幸いした。瓦礫と砂塵が舞い、中級兵士たちの視界からアルトの姿が消える。
『――主よ! このままでは死に至ります。私に権限を!』
脳内に響く影の悲鳴のような忠告。
「……黙れ……! 走るんだ……。戦うんじゃない、逃げるんだ……!」
アルトは血を吐きながら、朦朧とする意識の中で立ち上がった。
足元の影が、まるで物理的な補助を行うように、彼の筋肉を闇の糸で強制的に駆動させる。
爆煙の中を、アルトはひた走った。
背後では、生き残った反乱者たちが、中級兵士たちによって無慈悲に「抹殺」される絶叫が響き続けている。
暗い下水道の入り口を見つけ、アルトはそこへ転がり込んだ。
冷たい汚水に顔を浸しながら、彼はただ、遠ざかる戦火の音を聞いていた。
命からがら、逃げ延びた。
けれど、アルトの心に残ったのは、助かった喜びではなかった。
自分の無力さと、自分を守ろうとする影の狂気。そして、レベルという絶対的な正義に、完膚なきまでに叩き潰された同胞たちの死。
「守られているのに……救われていない……」
暗い地下水路の奥底で、アルトは独り、震える手で自分の体を抱きしめた。




