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7話 最適解の怪物

尋問室の重い鉄扉が、外側から激しく叩かれている。

「隊長! 応答してください! 開けるぞ!」

だが、室内には死の静寂だけが支配していた。アルトは崩れ落ちた膝の間で、真っ黒に変色した元・隊長の死体を見つめ、胃の腑を掻き回されるような感覚に襲われていた。

「……殺した……本当に、殺したんだな……」

震えるアルトの指先が、床に広がった血溜まりに触れそうになる。

その時、アルトの背後からスッと伸びた「闇」が、彼を抱擁するように包み込んだ。

『――肯定。主を害する不純物は、排除されました』

影はいつの間にかアルトのすぐ背後に立ち、その長身で彼を覆い隠していた。その声には、高揚も、後悔も、慈悲もない。ただ、複雑な計算式を解き終えた後のような、無機質な達成感だけが漂っている。

「排除って……、人間なんだぞ!? 話せばわかったかもしれない、レベルなんて関係なく……!」

『非効率です』

影の声が、アルトの脳髄を直接揺らす。

『Lv32。あの個体は、制度という枷に魂まで浸食されていた。説得に要する時間は無限であり、その間に貴殿が損壊する確率は九割を超えていた。……命を奪い、沈黙させる。これが生存における**「最適解」**です』

「最適解……」

アルトは、初めて自分自身の影に対して、心からの「恐怖」を覚えた。

影はアルトを守っている。それは間違いない。

だが、その守り方は、アルトが大切にしてきた「命の重み」や「対話の可能性」を、ゴミのように踏みにじるものだった。影にとって、主であるアルト以外の命は、ただの数値、あるいは障害物でしかないのだ。

「君は……僕じゃない……。僕が、こんな風になりたかったなんて、嘘だ……!」

アルトは影を振り払おうともがいたが、実体のない闇は、霧のように彼の手をすり抜ける。影は再び、敬意を示すようにアルトの前に跪いた。

『私は貴殿の影。貴殿がこの不条理な世界の制限を突破し、到達し得た完成形。……私は、貴殿の「弱さ」を補完するために存在します』

「弱さって、何だよ……。人を殺さないことが弱さなのか?」

『然り。この世界はレベルという暴力で構成されている。ならば、より強大な暴力で上書きする。それが、貴殿が頂点に立つための最短経路です』

影の頭上に浮かぶ《本来到達し得た最終形》という文字が、月明かりのない暗室で不気味に明滅する。

影の忠誠心は、あまりにも純粋で、それゆえに狂っていた。

主を王にするためなら、世界中の人間を屠って死体の山を築くことさえ、この影は「誠実な奉仕」と呼ぶのだろう。

「やめてくれ……。僕は、王様になりたいわけじゃない。ただ、みんなと同じように、普通に生きたかっただけなんだ……」

『その「普通」を許さないのが、この世界です』

影が冷酷に断じる。

『主よ。外に集まった下等生物どもが、武器を手にしています。このままこの施設を崩壊させ、都を恐怖で支配しましょうか? 貴殿が望めば、夜明けまでにこの街の全レベル層を「最適化」してみせますが』

「……断る。絶対に、やるな」

アルトは歯を食いしばり、立ち上がった。

「君の助けなんて、いらない。僕は……僕のやり方で、この泥の中から抜け出してみせる」

影はしばらく、主の拒絶を測りかねるように沈黙していた。

だが、やがてその輪郭を薄れさせ、再び地面の闇へと戻っていく。

『……御心のままに。しかし、お忘れなきよう。貴殿が拒絶しようとも、私は貴殿の一部。……世界が貴殿を拒むほど、私は色濃く、強くなるでしょう』

扉が蹴破られ、松明を持った看守たちが雪崩れ込んできた。

彼らが見たのは、変わり果てた隊長の遺体と、その傍らで絶望に顔を歪める、Lv0の少年だった。

「ひ……人殺しだ! 隊長を、レベルなしの化け物が殺したぞ!」

悲鳴が響き渡る。

アルトは抵抗しなかった。

捕らえられ、再び引きずられていく中で、彼は自分の中に芽生えた「影」という名の怪物を、誰よりも恐れていた。

守られているのに、魂が削られていく。

影が忠誠を誓えば誓うほど、アルトは人間としての自分を失っていくような、暗い予感に震えていた。

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