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32話 世界追放宣言

聖王都エリュシオンの最深部。空を突くようにそびえ立つ白亜の巨塔、その頂上には「円卓の間」と呼ばれる聖域が存在する。

磨き抜かれた大理石の床は、天窓から差し込む陽光を反射して鏡のように輝き、壁一面に施された黄金の装飾は、ここが世界の法を司る最高権威の場であることを無言で誇示していた。

その静謐な空間の中央で、一人の男が惨めに平伏していた。

フェルゼンの惨劇から唯一生き延び、命からがら逃げ帰った魔導士、バルタザールである。かつての傲慢な面影はどこへやら、彼の顔は恐怖と屈辱に歪み、青白かった肌は土気色へと変色している。額からは冷や汗が滴り、大理石の床に小さな音を立てて落ちた。

「……信じ難い報告だな、バルタザール」

冷徹な声が、円卓の静寂を鋭く切り裂いた。

バルタザールの周囲を取り囲むように鎮座するのは、この国の「真の根幹」たる五人の守護者。彼らの頭上には、見る者を圧倒する輝きを放つ数値――**《Lv90〜99》**が刻まれている。

一国を滅ぼすことさえ容易いとされる、**国家階級オーバークラス**の面々である。

「我がエリュシオンが誇るLv62の聖騎士アストレアを赤子のように扱い、Lv82相当の強化個体すら一撃で断つ影だと? しかも、その主は……未だに『Lv0』だというのか。笑えない冗談だ」

守護者の一人が、不快そうに目を細める。バルタザールは床に額を擦り付けながら、震える声で答えた。

「は、はい……。間違いありません。あの影は、我々が知る魔法の体系……いえ、この世界の『レベルという理』そのものを無視して存在しております。物理的な干渉も、魔導的な防御も無意味。あれはもはや、生命ですらありません。死そのものが形を成したような……底知れぬ深淵なのです」

バルタザールの悲痛な訴えを受け、五人の守護者たちは沈黙した。広間を支配するのは、重苦しい緊張感。やがて、かつて王の暴走を制した経験を持つ最高齢の守護者、Lv94の老人が、重々しく口を開いた。

「……結論は一つだ。そのアルトという個体は、単なる欠陥品ではない。この世界の神が定めた『レベルによる加護と制約』――つまり、経験を得て成長し、数値によって格付けされるという絶対的なシステムから、完全に逸脱した**《致命的な不具合バグ》**である」

「左様。レベルがあるからこそ、人は高みを目指して研鑽し、神に祈り、世界の秩序は保たれるのだ。レベルを持たぬまま、神をも凌駕しかねぬ力を振るう異分子を認めれば、この世界の根理システムそのものが崩壊しかねん」

五人の意見は冷酷なまでに一致した。彼らにとって、アルトは倒すべき敵である以上に、世界という「完璧に管理された機械」の中に紛れ込んだ、消去すべき「不浄な汚れ」に他ならなかった。

その時、円卓の間の重厚な巨大扉が、音もなく左右に開かれた。

現れたのは、聖王レオポルト三世。白銀の法衣を纏い、威風堂々とした足取りで歩む王の瞳には、守護者たちの結論を受け、一層鋭い殺意の光が宿っていた。

「……神の理を汚す不浄なる異物に対し、もはや情けは無用。この世界に、レベルを持たぬ者の居場所など存在してはならぬ。大陸全土へ、即刻これを通達せよ。これは救済ではなく、排除である」

翌朝。

太陽が昇ると同時に、大陸中の全国家、全ギルド、全教会、そして名もなき村々に至るまで、エリュシオンの聖なる印章が刻まれた緊急の**《神勅しんちょく》**が届けられた。

人々は、空を舞う伝令鳥や魔導通信の石板に映し出されたその内容に、息を呑んだ。


【全人類への通告】


異端者アルト・クロムウェル(Lv0)を、世界秩序を乱す「不浄の核」と断定する。

本神勅の発動を以て、当該個体は全人類の保護対象外とする。


いかなる国、組織、個人であっても、これを匿い、助け、あるいは言葉を交わす者、これに従う者は、神の理への反逆者とみなし、全人類の敵として抹殺の対象とする。


民よ、理を正せ。レベルこそが、神の与えし唯一の正義であり、価値である。


それは、まだ十代半ばの少年に対する、あまりにも残酷で無慈悲な「世界追放宣言」であった。

「……ふふ、これでいい。居場所を失ったドブネズミが、どこまで影の底で抗えるか、見ものだな」

聖王都のバルコニーから、美しく整えられた街並みを見下ろすバルザールの唇に、下劣な笑みが浮かんだ。

アルトの存在そのものが「大罪」となった。

彼が歩む道はすべて敵地に変わり、彼が眠る場所はすべて戦場となる。

大陸全体が、一人の少年の首を狙い、追い詰めるための巨大な檻へと変貌したのだ。

その頃、国境の荒野。

乾いた風が吹き抜け、赤茶けた大地が果てしなく続く孤独な地平。

アルトは、まだ自分に下された絶望的な神勅の内容を知らなかった。

「……静かだね、影」

アルトの独り言に、足元の闇が反応する。

普段はただの輪郭に過ぎないはずの影が、突如としてドロリと粘り気を帯び、不気味に脈動を始めた。

『……主よ。風の色が変わりました。世界が、牙を剥こうとしています』

最強の影の、地を這うような低い声。

エリュシオンから放たれた膨大な「意図」と、大陸中から集まり始めた「殺意」。それらは目に見えぬ奔流となってアルトへ押し寄せていた。

足元の闇は、主を守るように、あるいは世界を喰らい尽くす機会を窺うように、より深く、より昏く、鎌首をもたげる。

「世界中が、僕を嫌っている……そんな感じがするよ。でも、不思議だね」

アルトは立ち止まり、握りしめた拳を見つめた。

絶望に震えているはずの指先は、最強の影と魔力を共有しているせいか、驚くほど熱く、力強い。

「あいつらが何を言ってきても、僕は僕だ。……行こう。どこまで行けるか、試してみたいんだ」

アルトが一歩を踏み出した瞬間、彼の背後から数体の**《影の分隊》**が音もなく染み出した。

Lv32にまで成長した彼らは、主の敵となる全てを八つ裂きにする準備を整えている。

『――仰せのままに。この世界の理が主を拒むならば、我らがその理ごと、闇に葬り去りましょう』

朝陽が昇り、荒野を照らす。

だが、アルトの周囲だけは、太陽の光さえ届かない絶対的な影が支配していた。

世界を敵に回した少年の、長く過酷な「反逆の旅」が、いま静かに、そして苛烈に始まった。

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