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27話 英雄の介入

冷たい夜気が、アルトの頬を刺す。

路地裏に倒れ伏すフェルゼン騎士たちの傍ら、エリュシオンの執行官の背後には、数名の兵士たちが影のように控えていた。彼らの頭上にはLv39という、アルトにとっては絶望的なまでの数値が浮かんでいる。

(……やるしかない。正面からは無理だ。不意打ちで、一人でも削る……!)

アルトの足元に、先ほど倒された騎士が落としたであろう細剣が転がってきた。それを震える手で拾い上げる。騎士の剣は想像以上に重く、Lv0のアルトの腕にずしりと重圧をかけた。

アルトは気配を殺し、建物の影を伝って、最後尾にいた兵士の背後へと肉薄した。脳内に流れる最適解の情報が、兵士の首筋を指し示す。

「――っ!」

無我夢中で剣を振り抜いた。

だが、肉を断つ確かな手応えはなかった。

「……何だ? 虫か」

兵士がわずかに首を傾けただけで、剣先は頬を浅く裂いたに過ぎなかった。Lv39の反応速度と、Lv0の膂力。あまりにも、あまりにも地力が違いすぎる。

「貴様……Lv0か!ゴミが紛れ込んでいたようだな」

兵士が吐き捨てると同時に、重厚な籠手がアルトの腹部を捉えた。

ドォォン! という衝撃と共に、アルトの体は紙屑のように吹き飛ばされ、路地裏のレンガ壁に激突した。

「が、はっ……!」

肺から空気が押し出され、視界が火花を散らす。手にした細剣は、今の衝撃に耐えきれず、半ばから無残に折れ曲がっていた。

即座に数人の兵士に取り囲まれ、中央からLv42の執行官がゆっくりと歩み寄ってくる。

「……フェルゼンの結界に紛れて逃げ果せたかと思えば、自ら死地に躍り出るとは。哀れな異端者よ」

執行官が剣の先を、動けないアルトの喉元に突き立てる。

アルトは必死に影を呼び出そうとした。だが、この地点の結界は「穴」が開いているとはいえ、不浄な影の力を物理的に形にするには、依然として強固すぎた。足元の闇は弱々しく震えるだけで、主の窮地に応えることができない。

折れた剣。動かない体。沈黙する影。

確実な「死」が、銀色の剣先となってアルトの瞳に映り込む。

「さらばです。神の理に仇なす不浄よ」

執行官が腕に力を込めた、その刹那――。

「――動けない者を狙うのが、貴殿らの言う『理』ですか」

澄み渡るような声が響くと同時に、執行官の胸元から、一本の鋭い剣先が突き出した。

「な……が、はっ……!?」

執行官の動きが止まる。驚愕に目を見開いたまま振り返ろうとした彼の周囲では、既に数名の追討軍兵士たちが、腹部に風穴を開けられて音もなく崩れ落ちていた。

「カイル……さん……」

アルトの視界に映ったのは、夜の闇の中でもなお輝きを放つ白銀の鎧。

《閃光騎士団団長:カイル・ヴァン・ブライト》。

彼の頭上には、眩いほどの黄金色で**《Lv54》**という数値が刻まれていた。

「おの……れっ! 埋伏の聖印を……!」

執行官は致命傷を負いながらも、最期の力を振り絞って魔導を込めた反撃を繰り出す。神聖な光の刃がカイルを襲うが、カイルは表情一つ変えず、洗練された動きでそれを回避した。

「無駄です」

カイルの剣が閃く。Lv54という、人の領域の極致に近い剣技。

執行官の反撃の余波で、カイルの頬に薄い切り傷が走り、マントの一部が焦げる。だが、実力差は明白だった。

カイルが一度踏み込むだけで、大気が震え、執行官の体は文字通り「閃光」に切り裂かれて地面に沈んだ。

辺りに、激しい魔力の残滓が熱を帯びて漂う。

勝利したカイルは、ゆっくりと剣を鞘に収めると、壁際で倒れているアルトに駆け寄った。

「怪我はありませんか、少年。……無茶をしましたね」

カイルの差し伸べた手を見つめながら、アルトは激しい羞恥と絶望に近い自己嫌悪に襲われていた。

影の分隊がいれば。最強の影が動ければ。そんな「もしも」を抱えていた自分が恥ずかしくてならなかった。

(僕は……影がなきゃ、Lv19の魔物にすら勝てず、Lv42の兵士に触れることさえできない……。ただの、無力な子供だ……)

影という最強の鎧を脱いだ時、自分には何も残っていない。

英雄カイルの圧倒的な輝きを前にして、アルトは自分の内側に広がる闇の「空虚さ」を、痛いほどに突きつけられていた。

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