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21話 理想郷

ー season3 ー

沈黙の樹海を背にし、アルトは緩やかな丘を下っていた。

目の前に広がる光景は、厳格でどこか冷たさのあった聖王都エリュシオンとは全く異なっていた。

「……みんな、一度戻って」

アルトの言葉に、Lv22の分隊三体と、巨大な威圧感を放っていた最強の影が、吸い込まれるように彼の足元へと収まった。影の能力を応用し、闇を編み込んで作り出した深い漆黒のフード付きローブ。それを深く被り、アルトは顔を隠したままフェルゼン独立領の正門を潜った。

街へ一歩足を踏み入れると、そこには活気に満ちた世界が広がっていた。

赤煉瓦の屋根が幾重にも重なり、家々の窓辺には色鮮やかな花々が飾られている。石畳の上を走る馬車の音、露店から漂う香ばしいパンの匂い、そして何より――。

「あはは、待ってよ!」

「今日の仕入れは最高だぜ、見てきな!」

行き交う人々の顔には、エリュシオンの《労働階級》が浮かべていた絶望や諦めはなかった。ここではレベルがすべてを支配する絶対的な法ではない。街ゆく全ての人々の誰もが対等に言葉を交わし、笑い合っている。

「ここなら……ここなら、あんな数値に怯えなくてもいいのかもしれない」

アルトの口元に、ようやく小さな安堵の笑みが浮かんだ。

指名手配のポスターも、冷酷な眼差しの聖騎士もいない。彼はただの「旅の少年」として、赤煉瓦の大通りをゆっくりと散策した。

一方、その頃――。

聖王都エリュシオン、重苦しい空気が漂う玉座の間。

「……また、手ぶらで戻ったというのか」

国王レオポルト三世の声は、低く、地を這うような怒りに満ちていた。謁見の間の大理石には、何の結果も残せずに帰還した捜索隊の生き残りたちが、這いつくばるように平伏している。

「異端追討軍を組織し、中級執行官を送り込み、ゼノビアという上位騎士を失い……得られたのは『見失った』という報告だけか!」

王は激昂し、傍らに立つ新たな総監、魔導士バルタザールを睨みつけた。

「バルタザール! 答えろ! あの異物は今、どこにいる!? 我らが築き上げた、レベルこそが聖域であるこの世界の理が、あの欠陥品一人に壊されようとしているのだぞ!」

バルタザールは、青白い顔に薄気味悪い笑みを湛えたまま、静かに水晶球を差し出した。

「陛下、お気を静めください。……先ほど、沈黙の樹海の最北端から、奇妙な魔力の『揺らぎ』を検知いたしました。これは魔物の死骸が発するものではなく、空間そのものが闇に侵食されたような痕跡……」

バルタザールは細長い指で地図の一点を指した。

「もし、あの少年がこの『揺らぎ』の主であるならば、彼は既に樹海を突破し――隣国、フェルゼン独立領へ逃走したと考えられます」

「フェルゼンだと……?」

王の怒りが、一瞬にして冷酷な沈黙へと変わった。

隣国への無断侵入は宣戦布告に等しい。だが、王の瞳の奥には、国境さえも無視した残忍な光が宿っていた。

「……そうか。あの不浄は、他国の地を汚しに走ったか」

王は玉座に深く背を預け、意味深な笑みを浮かべた。

「ならば好都合だ。フェルゼンの連中には、我らが慈悲として『害虫駆除』を代行してやると伝えよ。……バルタザール、準備を急げ。国境など、我らの信仰レベルの前では紙切れに過ぎん」

「――御意。死神の行列を、フェルゼンの赤煉瓦へ送り込みましょう」

エリュシオンの王宮に、不吉な笑い声が響き渡った。

アルトが手に入れた束の間の平穏。その背後で、国境という壁さえも突き破ろうとする、巨大な悪意の牙が剥かれようとしていた。

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