19話 王の咆哮と、新たなる凶事
聖王都エリュシオンの王宮内、白亜の謁見の間。
かつてない重苦しい空気が、豪華絢爛なシャンデリアの下に充満していた。
「……報告は以上です。ゼノビア総監、および先行した精鋭二名が戦死。残る捜索班も、壊滅的な負傷を負って帰還いたしました」
膝をつく騎士の声が震えている。報告を受けた国王――レオポルト三世は、玉座の手すりをミシリと鳴らして立ち上がった。
「馬鹿な……。ゼノビアはLv67だぞ? 我が国が誇る上位騎士の一人だ。それが、Lv0の『欠陥品』一人に屠られたというのか!」
「はっ……現場に残された魔力残滓によれば、複数の強力な影の個体が出現した形跡があり……」
「形跡など聞いておらん!」
王の激昂とともに、凄まじい威圧感が広間を駆け抜けた。
「その異物は今、どこにいる!? 次はどこへ向かうつもりだ! 答えろ!」
「……現在、沈黙の樹海周辺を封鎖しておりますが、対象の足取りは……不明にございます」
その回答が、王の我慢の限界だった。
「無能め! 即刻、全軍を動員せよ! あの汚染源を――」
「陛下、落ち着かれませ」
感情に任せて叫ぼうとした王の肩に、一人の老人が静かに手を置いた。
その瞬間、王が放っていた圧力が、霧が晴れるように霧散した。
老人の頭上に浮かぶ数値は、《Lv94》。
この国に数人しか存在しない《上位存在階級》――国家階級Lv90〜99と呼ばれる、神の領域に足を踏み入れた守護者の一人だ。彼らは法を超越し、王の暴走をも止める権利を有する、この国の「真の根幹」であった。
「レオポルトよ。理を欠いた怒りは、秩序を曇らせるだけだ。相手は未知の理を操る怪物。数で押せば済む問題ではない」
老人の冷徹な一言に、王は毒気を抜かれたように玉座へ深く沈み込んだ。
「……すまぬ、大公。だが、レベル制度という絶対の信仰が揺らいでいるのだ。一刻も早く、あの影を消し去らねばならん」
冷静さを取り戻した王は、跪く騎士たちを鋭い眼光で見下ろし、新たな勅令を下した。
「捜索部を含むすべての関連部隊を解体し、合併せよ。これより、全戦力を注ぎ込んだ【異端追討軍】を編成する。平均レベル40を誇る、文字通りの『殲滅部隊』だ」
王の言葉に、周囲の貴族たちがどよめく。それは、一人の少年を対象とするにはあまりにも過剰な軍事力だった。
「そして、死したゼノビアに代わり、新たな総監を指名する。……前へ」
広間の奥から、長い裾を引きずりながら一人の男が歩み出た。
奇妙なほど青白い肌に、底の知れない笑みを浮かべた男。
「お呼びでしょうか、陛下」
総監:バルタザール・ヴァン・クライン。
彼の頭上に浮かぶのは**《Lv65》**。
前任のゼノビアより数値はわずかに劣るが、彼は「禁忌の魔導」に精通した冷酷な軍師として知られていた。
「バルタザール。手段は問わぬ。あのLv0の少年を、その影もろともこの世から抹消せよ」
「――承知いたしました。影に光は通じずとも、絶望という名の呪いならば……容易く浸食できましょう」
新たなる死神が、不気味な笑みを浮かべて一礼した。
アルトが森を抜け、未知の領域へ踏み出そうとするその裏で、国家は「正義」の名のもとに、より巨大で組織的な悪意を研ぎ澄ませていた。




