18話 泥濘の決断
巨木が倒れ、土煙が舞う静寂の中、ゼノビアは力なく地面に横たわっていた。
白銀の鎧は砕け、彼女の象徴であった気高さは、影の暴力によって無惨に剥ぎ取られている。
アルトは震える脚で彼女に歩み寄り、冷たく濡れた地面に膝をついた。
「……教えてくれ。国家は、僕をどうするつもりなんだ。君たちが所属する『捜索部』とは何なんだ……他にも、僕を狙う組織があるのか?」
ゼノビアは吐血し、焦点の定まらない瞳でアルトを睨みつけた。
「……答える……とでも? 私を、殺せ……。レベルのない異物に……語る言葉など、ない……」
彼女は誇り高い騎士だった。死を恐れるよりも、Lv0の少年に敗北した屈辱に、その魂を焼いているようだった。結局、得られたのは断片的な拒絶だけ。アルトは深く落胆し、視線を落とした。
この女をどうすべきか。
逃がせば、さらに強力な追手を引き連れて戻ってくるだろう。だが、自分の手で、無抵抗な人間を殺めることなど、今のアルトには到底考えられなかった。
「……影。君に、判断を任せるよ。君の言う『最適解』が何なのか、僕にはもう分からないんだ」
アルトは、己の中にある「人間としての甘さ」を認め、その重責を影へと譲渡した。
『――承知しました。それが、この状況における唯一の合理性です』
影の本体が、主の足元からぬらりと立ち上がる。
アルトは、影が下すであろう結論――「死」の光景を直視する勇気がなかった。彼は一度、影との思考接続を遮断し、脳内に流れ込む情報を絶った。
その瞬間、凄まじい「闇の圧力」が周囲を支配した。
接続を切ったはずなのに、肌に突き刺さるような冷気と、胃を握り潰されるような殺気が伝わってくる。アルトは動揺し、奥歯を鳴らした。それでも、彼は背中を向けたまま、影の判断を尊重することに決めた。
死を悟ったゼノビアが、アルトの背中に向かって、最後の手向けのように声を絞り出した。
「……アルト・クロムウェル。一つだけ、教えてあげる……。国家が、レベル制度という理があなたを追う限り……あなたは、あなたが望むような……『正しい世界』には、決して辿り着けない……」
呪いのような、あるいは哀れみのような言葉。
アルトは足を止めず、空を見上げた。
「……分かっているさ。そんなこと」
短く、それだけを返した。
その言葉の裏にある重みを、アルトは既に心の底で理解していた。自分が人間であろうとするほど、世界がそれを許さない。ならば、進むべき道は一つしかない。
背後で、闇がすべてを呑み込むような、音のない「終焉」が訪れた。
アルトは振り返ることなく、修復された三体の分隊を引き連れ、歩き出した。
この「沈黙の樹海」を抜け、より遠く、国家の目が届かない場所へ。だが、逃げた先に救いがあるなどとは、もう思っていなかった。
主を護るように付き従う影たちは、主の決断を糧に、より一層深く、その輪郭を闇に溶け込ませていた。




