14話 聖域の猟犬
「……誰か、来る」
森の湿った空気が、微かな魔力の振動で震えた。
特訓を終え、無限に供給される魔力の残滓を整えていたアルトは、本能的な悪寒に顔を上げた。
Lv21へと成長した三体の影の分隊は、主の緊張を察知して即座に戦闘態勢に入る。しかし、今回の気配はこれまでの魔物とは決定的に異なっていた。殺意が、あまりにも統制され、鋭利に研ぎ澄まされている。
「そこだ!」
頭上、巨木の枝葉を突き破って、白銀の装束を纏った六人の影が舞い降りた。
「対象を発見。Lv0の異端者、アルト・クロムウェルだな」
彼らの頭上には一律で**《Lv40》前後の数値が浮かんでいる。【王国直轄・異端追討隊・捜索部】**――通称「聖域捜索官」の精鋭班だ。
「待ってくれ、僕は戦いたくない!」
「問答無用。レベルなき異物は、世界の調和を乱す不浄なり。……排除せよ」
一人が唱えると、視界を焼き切るような閃光魔法が放たれた。
「くっ……壱、弐、参! 迎撃しろ!」
アルトの叫びに呼応し、分隊たちが飛び出す。Lv21の分隊三体に対し、Lv40が六人。本来なら勝負にならない戦力差だが、アルトは背後の「無限の魔力」を強引に影へと叩き込み、その強度を底上げした。
「影が……物理攻撃を弾くだと!?」
「ひるむな! 聖属性の法陣を展開しろ!」
戦闘は混迷を極めた。
分隊たちはレベル差を補うべく、影特有の不定形な動きで捜索官たちの死角を突く。アルトは激しい頭痛に耐えながら三体の視界を同期させ、必死に指揮を執る。
「今だ! 壱、弐、影の中に潜れ!」
地面の影に溶け込んだ二体の分隊が、油断した捜索官二人の足元から一気に噴出した。
「がはっ……!?」
「化け、物……が……」
闇の刃が喉元を裂き、Lv40の精鋭二人が鮮血を撒き散らして崩れ落ちる。
「貴様ぁ! 聖騎士の血を引く我らを……!」
生き残った四人が、顔を真っ赤にして叫ぶ。しかし、彼らはアルトの背後に潜む「底なしの闇」の異質さに、本能的な恐怖を覚えていた。
「報告だ! この『影』は我々の手に負える範疇を超えている! 総監へ報告し、包囲網を縮小させるぞ!」
一人が巨大な光の盾を展開し、アルトの追撃を遮断する。強固な《聖域防御魔法》だ。影の分隊が叩きつける打撃も、その光の壁に弾かれる。
「逃がすな!」
アルトが叫ぶが、四人は熟練の連携で互いを守りながら、森の奥へと急速に撤退していった。
『――追いましょうか、主よ。私の本体を解放すれば、あの光の繭ごと握り潰せますが』
「だめだ……。深追いすれば、より大きな罠に嵌まる」
アルトは膝をつき、激しく肩で息をした。Lv40の集団を相手にするだけで、神経が焼き切れるような疲労感だ。力を引き出せても、それを制御する自分自身の「器」が、まだ追いついていない。
その頃、森の入り口に設置された仮設天幕。
そこには、周囲の騎士たちが直視することさえ躊躇うほどの、圧倒的な圧力を放つ女が立っていた。
「……報告を」
「はっ! 捜索班が接触、二名が戦死。対象の影はLv40の防御魔法を一時的に沈黙させるほどの出力を確認しました」
報告を受ける女――捜索部総監、ゼノビア。
彼女の頭上には、**《Lv67》**という、この地方の軍事力を一手に掌握できるほどの数値が冷たく輝いている。
「Lv0が、Lv40を二名も、ですか。……ふふ、面白い。それはもはや『例外』ではなく『敵』ですね」
彼女は白銀の細剣を抜き放ち、その刃に映る自分の瞳を見つめた。
王国から全幅の信頼を寄せられる彼女にとって、レベル制度を乱すアルトは、単なる犯罪者ではなく、処刑すべき「神への冒涜」そのものだった。
「これ以上の雑兵は不要です。私が直接、その『底』を測りに行ってあげましょう」
ゼノビアが一歩踏み出すと、周囲の草木がその圧力に耐えかねて一斉にひれ伏した。
最強の追跡者が、すぐそこまで迫っていた。




