13話 循環する闇
森の静寂の中に、肉体と肉体がぶつかり合う鈍い音が響く。
アルトはLv21へと成長した三体の《影の分隊》を相手に、実戦形式の特訓を続けていた。
「もっと鋭く! 壱、右から回り込め!」
アルトの指示に従い、影の兵士が地を滑るような速さで動く。だが、数時間の訓練を経ても、先ほどのような『レベルアップ』の通知は現れなかった。
「……ダメか。ただ打ち合っているだけじゃ、数値は動かないんだな」
アルトは地面に座り込み、額の汗を拭った。分隊たちは微動だにせず、主の命令を待っている。
『――左様です、主よ。この世界の理において、成長とは「命のやり取り」の対価。既存の枠組みの中で上位存在を喰らうことでしか、その本質は変容しません』
足元から、影の本体が静かに告げる。特訓による技術の習熟はあっても、魂の格付けであるレベルを上げるには、真剣勝負でのみ得られる経験値が必要なのだ。
「効率が悪いな……。でも、これだけ分隊を酷使して、何度も修復しているのに、全然魔力が底を突かないのはどうしてだ?」
アルトは自分の胸に手を当てた。影の分隊が傷つき、霧散しかけるたびに、アルトは無意識に自身の魔力を流し込んで修復していた。本来、Lv0の人間が持つ魔力量など、バケツ一杯の水にも満たないはずだ。
『……お気づきになりましたか。貴殿は「空」ですが、同時に「無限」でもある』
影が、深淵のような闇の手をアルトの影に重ねる。
『貴殿の魔力回路は、この私――《影位存在》という、制度外の完成形に直接接続されている。私は貴殿の影であり、貴殿の可能性の貯蔵庫。私が世界から吸い上げ、蓄積した膨大なエネルギーを、貴殿は「自身の魔力」として無意識に引き出しているのです』
アルトは息を呑んだ。
自分は無力な導火線に過ぎないが、その先には世界を焼き尽くすほどの巨大な燃料庫(影)が繋がっているのだ。この事実は、彼がどれほど過酷な消耗戦であっても、影を維持し続けられることを意味していた。
「僕が影を使いこなすんじゃない……僕を通じて、影の力が溢れ出しているのか」
その繋がりを自覚した瞬間、アルトの背筋に冷たい震えが走った。
「強くなりすぎた可能性の暴走」という、影の本質が現実味を帯びて迫ってくる。
その頃、聖王都エリュシオンの戦略指令室。
巨大な魔導地図を囲み、鋭い眼光を放つ者たちがいた。
「報告します。『沈黙の樹海』北東部。危険指定個体《鋼殻の暴君》の魔力反応が完全に消滅しました」
「……Lv37の魔物か。あの森に立ち入る騎士団の定期巡回はまだ先のはずだが」
円卓の端で、白銀の軽装鎧を纏った女が冷たく言い放つ。
彼女の胸元には、新設されたばかりの部隊章が刻まれていた。
【王国直轄・異端追討隊・捜索部】
「Lv0の異物……アルト・クロムウェル。あの『影の怪物』が、自身のレベルを無視して上位個体を狩り始めたと見るべきでしょうな」
「レベル制度を根底から汚す不浄。放置すれば民の信仰が揺らぐ」
女は腰の細剣に手をかけ、唇を吊り上げた。
彼女の頭上には、**《Lv67》**という、捜索任務には分不相応なまでの高数値が浮かんでいる。
「異端追討隊、出撃する。ネズミの尻尾を掴むだけでいい。……もし抗うようなら、その影ごと細切れにして差し上げましょう」
国家という巨大な歯車が、一人の少年の抹殺に向けて、ついに具体的な速度を上げ始めた。
アルトが自らの「無限」の片鱗に気づいたその時、死神の足音はすぐ近くまで迫っていた。




