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12話 境界を変える成長

「沈黙の樹海」の奥深く。そこは生命の鼓動さえも凍りつくような、極限の緊張感に包まれていた。

突如、鳥たちが悲鳴を上げて一斉に飛び立ち、森の静寂が物理的な「重圧」によって塗り替えられる。大気が震え、アルトの肌を刺すような悪寒が走った。

「……来る」

アルトが身構えた瞬間、茂みの奥から姿を現したのは、全身が鈍色に光る岩のような鱗で覆われた巨獣――**《鋼殻の暴君アイアン・タイラント》**だった。その頭上に浮かぶ黄金の数値は、《Lv37》。この森の絶対的な捕食者であり、蹂躙の化身。

「グルゥゥ……ガアアアアアッ!!」

暴君の咆哮が森を震わせる。大地を蹴る突進は、まるで「弾丸」だった。

その一撃は周囲の巨木を豆腐のように容易くへし折り、アルトの至近距離に着弾する。

ドォォォォォォン!!

爆風だけで体が木の葉のように浮き上がり、巻き上がった鋭い木の葉がアルトの頬を深く切り裂いた。鮮血が舞い、焼けるような激痛が走る。

「くっ……! 速すぎる、目で追えない……ッ!」

圧倒的なレベル差。Lv0のアルトの動体視力では、魔物が次にどの角度から牙を剥くか、その予兆すら捉えることは不可能だった。

『――主よ、無意味な固執はやめなさい。私が指一本動かせば、その獣の心臓を即座に停止させられます』

アルトの足元から、影の本体が傲岸不遜に蠢く。主の危機を察知した闇が、死の「最適解」を執行せんと、魔物の喉元を狙って巨大な鎌首をもたげた。

「待て、影! 出てくるな!」

アルトは地面を転がりながら叫んだ。

「君の背中に隠れたままじゃ、僕は一生『僕』として生きていけない。……行け、《影の分隊》!」

アルトの断固たる意志に応え、三体の黒い兵士が影から弾け飛んだ。

Lv20の分隊。本来、Lv37の化け物と真っ向からぶつけるなど、狂気の沙汰だ。

だが、三体の影は漆黒の残像を引きながら、美しくも残酷な連携を開始した。

「ガアッ!」

暴君の巨爪が一体を叩き潰そうとした瞬間、その影は地面に溶けるように消失し、直後に魔物の背後から鋭い一撃を繰り出す。囮。もう一体が暴君の視覚の死角を突いて跳躍し、鱗の隙間――唯一の弱点である接合部へと影の刃を突き立てた。

「右だ! 突きをかわせ! 左の個体、脚の腱を断て!」

アルトは全神経を研ぎ澄まし、三体の影と感覚を完全同調シンクロさせる。

魔物の猛烈な体当たりを受け、一体の影が爆散しかけるが、アルトの魔力を吸い上げて火花を散らすように即座に再構築された。

『……非効率だ。三体でようやく一撃を逸らすのが精一杯。主よ、これが貴殿の望む「戦い」ですか?』

「黙って見てろ……! 僕たちは、まだ終わってない!」

戦いという極限状態の中で、三体の影の動きが加速し、研ぎ澄まされていく。

主であるアルトの「必死に抗う意志」が、冷徹な影の力に熱を与え、限界を超えた機動力を引き出していた。

暴君が大きく口を開け、喉の奥で魔力が紅く渦巻く。ブレスの予兆。森を焼き尽くす一撃が放たれようとした、その刹那――。

「今だ! 三体同時、一点集中フルバースト!」

アルトの魂の叫びに呼応し、三体の分隊が三方向から交差し、空中で一本の巨大な、禍々しい**《影の処刑槍》**へと変貌した。

「オオオオオオッ!!」

黒い旋風が暴君の喉元を貫いた。

Lv20が三体。数値の合計ではLv37には届かない。しかし、一点の曇りもない完璧な「同時飽和攻撃」が、世界のシステムが定めた「レベルの壁」を、ガラスのように粉々に砕いたのだ。

「……ガ、……ア……」

《鋼殻の暴君》が絶命の叫びを上げ、地響きと共に沈黙した。

静まり返った森の中で、アルトは激しく肩で息をしながら、膝をついた。

その時だった。

アルトの視界に、この世界の理を覆す不可解なメッセージが、ノイズと共に浮かび上がった。

『――経験値を一定量獲得』

『――個体識別:壱、弐、参……Lv21へ上昇』

「え……?」

アルトは目を疑った。

三体の分隊の輪郭が、以前よりもより鋭利に、より濃密な深淵の黒へと変貌している。

この世界の絶対的な鉄則――「レベルは天性のものであり、不変である」という前提が、今、目の前で崩れ去った。

「レベルが……上がった? 影が、成長したのか?」

『――驚嘆すべき事象です』

影の本体が、戦慄を孕んだ声で呟く。

『本来、私の力は完成された「終着点」であり、進化の余地などないはず。しかし、主が私の力を切り分け、この理不尽な世界のルールに無理やり放り込み、「戦い」を経験させたことで……影そのものが、この世界の枠組みを食らい、進化の種子を宿したようです』

アルトは、自分の震える手を見つめた。

自分自身のレベルは、依然として無風のLv0。

だが、自分の分身とも言える影たちは、戦うたびに無限に強くなっていく。

「僕のレベルは上がらなくても……この子たちは、強くなれるんだ」

それは、この世界に対するささやかな、しかし決定的で残酷な反逆の始まりだった。

影が成長を続けるならば、いつかその総和は、王国の《上位存在階級》や、あのLv92の将軍さえも、闇の底へ引き摺り下ろすだろう。

アルトは、Lv21となった三体の影を愛おしそうに見つめ、泥を拭った。

「守られている」だけの少年から、「共に歩む」王へ。

その一歩は小さかったが、アルトの瞳には、かつてないほど昏く、そして確かな光が宿っていた。

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