21話 三姉妹が次々にデレてきた。(第一章完)
その後。
主犯格である鈴木と、埼宮港に集結していた二十名あまりの不良たちは、あえなくお縄につくこととなった。
が。さっそく大好きな両親の力を借りたのだろう。翌朝のテレビで報道されたニュースでは、鈴木の『す』の字も出てくることはなかった。
代わりに、ニュースキャスターは坦々とした声でこう告げた。
今事件の主犯格は、ワゴン車を運転していた二十歳の男性である、と。
自分の罪を不良になすりつけたわけだ――これにより、鈴木は『未成年の共犯者』となり、大きな罰を受ける心配がなくなった。日本は未成年犯罪にとことん甘い。せいぜい、留置所に数時間入って釈放となった程度だろう。
不良たちからの内部リークの心配もない。業腹なことだが、主犯格を偽装できる以上、鈴木の両親の権力は本物だ。鈴木に雇われたんだ、と不良全員が警察に訴えたところで、お得意の権力でかき消すことができるはずだからだ。
この事件は無論、叶画高校を震撼させることにもなった。
だが。不幸中の幸いか。主犯格を鈴木から二十歳の男性にすり替えたことで、被害者の葉咲桜に関する報道が、『同じクラスの女子生徒』から『叶画高校の女子生徒』と、より曖昧なものとなって公表されていた。
さらわれたのが桜だと、叶画高の生徒にバレずに済んだのだ。
鈴木が主犯のまま捕まっていたら、『同じクラスの女子生徒』という情報から、叶画高校の生徒は皆、さらわれたのはあの『桜姫』だと気づいたはず……そうなれば、被害者であるはずの桜が、野次馬たちによる余計な被害を被ることになりかねない。『さらわれるほどの美少女がいる』といった変な噂が、他校にまで広まる可能性もありえた。
鈴木の主犯すり替えにより、その最悪の事態を免れることができたのだ。
ゆえに。叶画高校サイドは、その幸運を最大限に利用し、葉咲桜のプライバシーを全力で守ることにした。事件翌日の朝礼でも、叶画高校の校長は、被害者が誰であるかを一切公表しなかった。
桜自身もまた、自分がさらわれた事実は秘密にしていくことを誓った。
……辛い選択だろうが、自分の身を守るためだと納得してもらうほかない。
その辛さをサポートしていくのも、家政夫である俺の務めだ。
そうして。
三姉妹を守る『騎士』の使命も新たに、家政夫の仕事により精を出していた、ある日のこと。
事件から三日が経った、お昼時の一場面。
「……集団引っ越し?」
家前の路地。
近所の奥様方との井戸端会議で、俺は奇妙な話を耳にした。
奥様方曰く。叶画市に住む二十数名の住民たちが突如、なんの前ぶりも知らせもなく、まったく同じ日同じ時刻に、一斉に引っ越しを始めたというのだ。
それも皆、日本国内ではなく海外に移住することになったのだという。ひとり暮らしをしていた青年までもが、わざわざ借金をして海外に移り住むことになったのだそうだ。
驚くべきは、そのうちの一軒。
あの事件の主犯、鈴木までもが、海外に引っ越すことになったというのだ。
同時に。今日は朝から家事尽くしでテレビを見ていなかったのだが、今朝のニュースで鈴木の両親が政治家を突然辞職した、との報道がされていたそうだ。
辞職の理由は不明らしい。
「二十数名……」
その、看過することのできない数字に疑問を覚えつつ、俺は雑談を終えて家の中へ。
スマホを取り出し、秘匿回線を利用してキャサリンに電話をかけようとした。
諜報部の力をもってすれば、この奇妙な現象の原因を探れるだろうと思ったのだ。
しかし、次の瞬間。
「ッ……、!」
見計らったようにして、ブブブ、とスマホが着信に震えだした。
着信名の部分には、非通知設定、と表示されている。
俺はわずかに息を呑み、恐る恐る通話開始ボタンを押した。
『久しぶりー! クロウくん!』
「……その声は、冬子さん?」
電話の相手は、およそ三週間ぶりとなる、三姉妹の母――葉咲冬子その人だった。
相変わらずの溌剌とした喋りで、冬子は『そう!』と話を続ける。
『あなたの大事な依頼人、冬子おばさんですよー! ゴメンねー、ちょっと急用ができちゃって連絡が遅れちゃった! どう? 元気にしてたかしら?』
「おかげさまで。ようやく家政夫の仕事にも慣れてきたところです」
『それはよかった! 慣れない日本での家政夫業になっちゃうから、どうだろうなーって心配してたのよね。それで、あの子たちはどう?』
「元気ですよ……ただ、ひとつだけ、報告しなくてはいけないことが」
冬子にはまだ、桜がさらわれたことを伝えていない。
俺はもちろん、実の娘である三姉妹ですら、冬子の連絡先を知らなかったからだ。
すこし前、叶画高校の事務員が『冬子に確認の電話を入れることになる』といった旨のことを話していたが、事務員が知っている電話番号は葉咲家の固定電話で、冬子に直接つながるものではない――そういった具合で、とにかく、冬子からの連絡は受け身で待っているしかないのだ。
と。すこし真剣な声音で話し始めた俺を。
『ああ、大丈夫よ! 全部わかってるから!』
冬子のそんな、明るすぎる声が止めた。
「ぜ、全部わかってる、とは……?」
『全部は全部よ! クロウくんがお弁当持って叶画高校に乗り込んだことも、夏海の大学に一緒に行ったことも、秋樹と遊園地に行ったことも――そして、桜がさらわれたことも、全部ぜーんぶ、おばさんはわかってますからね!』
「……、そんなことまで……」
『桜を助けに行ってくれて、ほんとにありがとね。さすが、〝No.009〟は伊達じゃないね。ヨッ! フルピース史上最強の〝スパイ十指〟!』
パチパチパチ、と乾いた拍手の音が通話口から届く。
俺は。
俺は、もはや呆れることしかできなかった。
〝――ワタシも、彼女の仕事内容ってよく知らないのよね――〟
思えば、秘密組織の諜報部……なによりも秘匿性が重要視されるスパイ局長のキャサリンと知り合いである、という時点で、冬子の存在を疑うべきだったのだ。
「……鈴木を、そして不良たちを海外に飛ばしたのは、あなたの仕業ですか?」
『いまさらそれ聞く? 当然じゃない!』
隠しもせずに、冬子は快活に言う。
『かわいい娘たちを危険にさらしたんだから、金輪際、娘たちと同じ地面は踏ませないわよ。たぶん、近所の奥様たちから引っ越しの話を聞いたんでしょうけど、実際はもっと飛ばしてるからね? ひとりの人間には、ふたりの親がいるもの。念には念を入れて、一族郎党すべての血縁関係を飛ばしておかないとね!』
「……ッ、……」
『叶画市のそれらしき人間には、すべて警告という名の脅しをかけといたから、今後こういった事態が起きることはないと思うけど……それでも、またこんなことが起きたときは、クロウくんが助けてあげてね! そのあとの事後処理は、おばさんが念入りにやっておくから!』
「あ、あなたは……」
唾を飲み込み、小さく深呼吸。
暑くもないのに額に汗を流しながら、俺は問うた。
「あなたは、いったい何者なんですか……?」
『正義のヒーローよ!』
いつも通り。
そう、元気いっぱいに答えると、冬子は通話を切った。
スマホから耳を離し、俺は強張った表情で苦笑する。
まったく、笑えないジョークだ。
□
そんなこんなで。
事件のショックもやっと薄れはじめ、葉咲家にいつもと変わらぬ日々が戻ってきた。
週末の日曜日。
俺は大量の洗濯物を洗濯機に放ると、慣れた手つきでスイッチを押す。
洗い終わるまで三十分。この間に朝食の洗い物でも片づけておくか。
「な、なあ。クロウ」
と。リビングに戻りかけたとき、洗面所に夏海が入ってきた。
服装は温かそうなのに、寒そうに両手をスリスリと擦り合わせている。
「どうした? 夏海」
「じ、実は、さっきから異様に手が冷たくってさ。ちょっと見てもらいたくって……」
「? そういえば、前に冷え性だと言っていたな。俺に見せてどうなるものでもないと思うが……どれ」
そう言って、何気なく夏海の手を触った、その瞬間。
夏海は、差し出した手をくるりと翻して、俺の手をぎゅっと握り返してきた。
「なッ……、夏海!?」
「前にさ?」
指同士を絡める恋人繋ぎをしながら、夏海は惚けた表情で続ける。
「偽彼氏になってもらったとき……クロウ、あたしらのところに来た男に『毎夜ベッドでしていることを見せろっていうのか』、みたいなこと言ってたじゃん?」
「あ、ああ……彼氏だと思わせるために、あえてな」
「んで、いまのあたしは、こんなに冷たいじゃん?」
「そ、そうだな……」
「……その、毎夜ベッドでしてるってやつで、温めあってみる?」
「んなぁッ!?」
上気した頬と共に、蕩けた瞳を向けてくる夏海。
距離をさらに詰め、俺の腹部にその慎ましやかな胸までも当ててきた。
女性経験のない俺でもわかる。
これは、完全に発情しているッ!
俺は、なんとか理性を保ちつつ、目の前の夏海を押しやった。
「す、すまないが、洗い物が残っているんだッ! 散ッ!!」
「ああ、ちょっと!」
発情夏海を洗面所に置き去りにし、リビングに逃げ込む。
急にあんな攻めてくるだなんて……いったい、どうしたっていうんだ。
夏海の誘惑を切り抜け、リビングで洗い物を終えたのち。洗濯物を干しにかかる。
洗面所に夏海の姿は見えなかった。素直に二階に戻ってくれたのかもしれない。
ホッと胸をなでおろし、今度は掃除機をかけていく。
その中途で、もうお馴染みとなっているが、書斎の扉が開いていることに気づいた。
中に誰がいるかは見るまでもないが、一応挨拶だけでもしておくか。
そう思い、書斎の中に足を踏み入れると。
「あ、クロウさん!」
と、読書をしていた秋樹が、うれしそうに顔をあげた。
おかしいな。読書中は掃除機の音にも気づかないほどなのに。
本を開いていただけで、読書中ではなかったのだろうか?
「すまない。すこしだけ掃除させてもらうぞ」
「ええ、どうぞどうぞ――あ、掃除機をかける前に、クロウさんにひとつ質問が」
「ん、なんだ?」
「この小説のとある表現について、なんですけど……」
おずおず、といった風にして、手に持っていた本を差し出してくる秋樹。
それは、カバーからしてピンク色が目立つ、ド直球の恋愛小説だった。
そういえば、推理小説から一時的にジャンル変更していたんだっけ……。
「なんページだ? 俺も日本語の小説はそこまで読んだことがないから、わからない表現が多いかもしれないが」
「そこまでむずかしいものではないので、大丈夫だと思います――あ、ここです」
「お、どれどれ………………え、えっと」
サッと読み流して、思わず顔をあげる。
秋樹は、恥ずかしさに頬を赤らめながらも、どこか挑発的な表情で微笑を湛えていた。
「クロウさん、読んでみて?」
「……『つぶやいて、紘子は寛人に抱きついた』」
「それから?」
「ひ、『寛人は欲求を我慢できず、服の上から紘子の胸をもみしだく』」
「そこです。もみしだく、っていうのが、わたしにはわからなくて……」
言いながら、なぜか胸元のボタンをひとつ外し、両手で押し上げるようにしてその豊満な胸を強調してくる秋樹。
その表情は、あの遊園地のときのように……いや、あのときよりも恍惚としていた。
「クロウさん……もみしだくって、どうやるんですか? なにを、どうするんです?」
「ッ……、こ、こうやるんだッ!」
迫りくる秋樹の頭を両手で掴み、髪の毛をワシャワシャ! と乱してやる。
「わ、ちょ……えぇッ!?」驚く秋樹もよそに、俺は掃除機を持って書斎を早足で後にした。
クソ! 夏海も秋樹もどうしたんだ!
これじゃあ、仕事がままならない!
書斎以外の掃除機をかけ終えたあと、俺は一時間ほど自室で引きこもった。
夏海と秋樹の誘惑による動悸、息切れを抑えるためだ。
「……よし。俺は冷静、俺は元スパイ。ものすごいクール」
自身に言い聞かせつつ立ち上がり、最後の家事、風呂掃除に向かう。
何事にも動じない精神で洗面所に向かい、スン、と無表情で風呂場の扉を開ける。
「あら? クロウじゃない」
そこには、なぜか桜の姿があった。
腕まくりをして、四つん這いになって風呂のタイルを磨いている。
「あちゃー。こんなことなら、もうすこし待ってればよかったわね」
「どうして桜が風呂掃除を?」
「えへへ、優雅に昼風呂に入りたくってさ。クロウは別の家事で忙しいみたいだったから、なら自分で洗って入っちゃおー、と思ってね」
「なにを水臭い。言ってくれれば、すぐにでも洗ったのに。それが俺の仕事なんだぞ?」
「だよね、ゴメンゴメン。仕事取っちゃった。それじゃあ、あとはお願いしてもいい?」
「もちろんだ。桜はそこら辺でブラついているといい」
「家の中でブラつくってのもアレだから……じゃあ、クロウのこと見てるね?」
はにかみながら言って、桜はシャワー台横の椅子に腰かける。
監視されながら風呂掃除をする、というのもなかなかにシュールだけれど……ともあれ。
桜の笑顔が戻ってきて、本当によかった。
これまでも普通に笑ってはいた。だが、それは気丈に振舞ったすえの笑顔ではないかと心配していたのだ。
(この分なら、もう心配はいらないか……)
胸中でつぶやき、洗い終えたタイルを流すために、シャワー台に手を伸ばす。
「あ」
「…………」
手の先でなにかがクイッ、と上げられたかと思うと、桜の頭上に暖かなお湯が降り注ぎはじめた。
家政夫の技能を磨いてきたいまの俺なら、嫌というほどわかる。
これは、シャワーだ。
暖かい、シャワーだ。
デジャブッ!!
「す、すまない。またも手が当たってしまって……」
「……いいわよ。誰でも失敗はあるものね……でも」
「で、でも?」
シャワーを止め、濡れた髪をかきあげながら、桜は言う。
「二回も同じ失敗をする、となると、それはもう教育が必要だと思うのよね?」
「き、教育……」
「クロウ」
「は、はい」
「そこ。浴槽のへりに座って。目をつむって」
「? め、目をつむるのか?」
「いいから早く!」
「了解したッ!」
スパイ時代の訓練を思い出し、俺は即座に浴槽のへりに座り、目をつむった。
以前シャワーをかけたときは尻を蹴り上げられたから、今回は頬を殴られるのかもしれない。
「それじゃあ、いくわよ」
ぺたぺた、と目の前に迫る桜の気配。
来る痛みにそなえて、俺はぎゅっと目を強くつむり、歯を食いしばる。
しかし。直後に訪れたのは。
唇と唇が重なる、やわらかな感触だった。
「んんッ!?」
「――ぷはぁ」
驚愕する俺から唇を離し、「えへへ」と後ずさる桜。
まるで悪戯っ子のようなその笑みは、サクランボのように赤く染まってしまっていた。
「どう? 教育されちゃった? 私のはじめてだよ?」
「い、いや、教育とかではなく、なぜこんなことを……」
「……あの事件のあとにさ。夏姉と秋樹と、三人で話すことがあったの」
述懐するように桜は言う。
「そのとき、私はクロウがどうやって助けに来てくれたかを話したんだけど、ふたりはずっと『すごい』とか『カッコいい』だとか言ってたのね? ――そのあとから、ふたりの様子が一気に変わったの。クロウを見つめながらボーっとしたり、クロウにやけに接触しに行ったり。どうせ鈍感クロウのことだから、ふたりの変化にも気づいてなかったでしょ? あのふたり、もうクロウの『奪い合い』を始めるつもりでいるのよ。あんな次々にデレまくっちゃってさ……」
「う、奪い合い……」
言われてみれば、たしかに夏海と秋樹は近くに寄ってくることが多かったように感じる。
ライオンの檻に放られた生肉の気分だ。
「このままだと、ふたりはもっと大胆なアプローチをしてくるかもしれない。あのふたりも、もう完全に落ちてるから――だから、私は私の『特別』を、クロウにあげておこうと思ったの。絶対、誰にも取られたくないから。言わばこれは、私の宣戦布告でもあるのよ」
「せ、宣戦布告?」
「そう。これから本気でクロウを奪うぞ、っていう、恋する女の子の宣言!」
覚悟しとけよな!
真っ赤な顔でそう言い置いて、桜は駆け足で風呂場を出て行ってしまう。
濡れた服とかは大丈夫なのだろうか? と心配になったが、まあ、今日は比較的暖かい陽気だから大丈夫だろう。
大丈夫じゃないのは……俺のいまの状況である。
三人が、俺を奪い合う。
夏海と秋樹がやけに積極的だったのは、その奪い合いのためだったのか。
そして。桜が俺にキスしてきたのも……。
「……ああ、俺はどうしたら……」
風呂場でひとり、俺は頭を抱えた。
三姉妹を守ることしか考えてこなかった。
だから、突然『そっち』方面のアプローチをされてしまうと、どうしたって困惑してしまう。
風呂掃除を終えたのち。リビングに戻って日向の差す縁側に向かう。
家事はあらかた終わった。
いまはもう、静かに庭を眺めながら、とにかく心を休めたい。
「……ん?」
縁側に座った途端、ポケットのスマホが振動しはじめた。着信だ。
相手は、キャサリン・ノーナンバー。
「もしもし……」
『開口一番、辛気くさい声だしてんじゃないわよ……なに、どうしたの?』
「いや、ちょっと色々あってな……どうした? 俺になにか用事か?」
『いえ、また酒の肴にしてやろうと思ってね。どう? 家政夫業は捗ってる?』
問われた瞬間。
背後から、強い圧を感じた。
振り返ると、リビングの入口から、三姉妹がジーっとこちらの様子を窺っていた。
三人が三人とも、その表情をまさしく恋する乙女のソレに変えている。
獲物を狩る捕食者の目だ。
俺はゆっくりと視線を庭に戻し、引きつった笑みを浮かべながら、キャサリンにこう答えた。
「まったく捗らない」
第一章 完
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