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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

バカ息子ロメオとジャジャ馬娘ジュリエッタは愛し合っていない

作者: ミズアサギ

ロメオとジュリエッタの恋のお話です。

短編です。サイコパス注意です。


*誤字脱字報告、毎度毎度お世話になっています!

助かります! 頼りにしています!

 

 その日のロタリア王国貴族議会は、いつも通り荒れに荒れていた。

 議題はたいした内容では無かったが、モンタギュー辺境伯とキャピュレット伯爵がいつも通り取っつかみ合い、近衛兵や他の議会貴族に引き剥がされていた。

 まだ経験の浅い貴族当主は戸惑い、ベテランの貴族当主達は椅子から立ちもせずホッホと笑いながら荒れる議会を見ていた。

 そのうち、経験の浅い当主同士でも言い争いが勃発する。


「モンタギュー辺境伯の言い方は酷すぎる。キャピュレット伯爵に謝罪すべきだ」


「キャピュレット伯爵こそ、身を弁えるべきだ」


 若いだけあり血気盛んなせいか、こちらは殴り合いにまで発展した。モンタギュー辺境伯とキャピュレット伯爵を止めていた貴族達も若手の仲裁に入った。

 若手はそれぞれに、口汚くモンタギュー辺境伯とキャピュレット伯爵を罵った。

 次の瞬間、若手貴族達は殴り飛ばされていた。


「キャピュレット伯爵の功績も知らずに、偉そうな口叩くんじゃねぇ、若造!」


 黒く短い髪を振り乱し叫び暴れるポール・モンタギュー辺境伯を止める輪に、騎士までも参加する。


「モンタギュー辺境伯あってこそのロタリア王国だろうがっ! 今すぐ王国から出ていけっ!」


 後ろに結んだ赤い髪を振り乱したベンジャミン・キャピュレット伯爵が、引き離そうとした貴族達の手を振り払って怒鳴る。


 モンタギュー辺境伯とキャピュレット伯爵が、自分達を庇って喧嘩していた若手をそれぞれ叱りつけ、こんこんと説教し始める。若手貴族は自分が庇っていた相手に殴り飛ばされ説教され、涙目になっている。

 議会は混乱を極め、もう収拾がつかない。

 それでもまだ椅子から立たないベテラン貴族達は言った。


「これがあの家門だからねぇ。ああ見えて上手くいってる。あとは子供同士が結婚してくれれば王国は安泰なんじゃが……」




 その日、ロタリア王国王妃のお茶会はいつも通り荒れに荒れていた。

 内容はドレスの色や持参した菓子の内容など些細なことだったが、モンタギュー辺境伯夫人ケイトとキャピュレット伯爵夫人ジャネットがいつも通り笑顔で嫌味の応戦を始め、参加していた各当主夫人達はピリピリしていた。

 まだ結婚して日の浅い若手当主夫人は戸惑い、ベテランの夫人達は動じることなく扇子で口元を隠して、ウフフと笑いながら二人の様子を見ていた。

 そのうち、若手夫人同士でも静かに嫌味合戦が勃発する。


「モンタギュー辺境伯夫人の言い方は意地悪ですわ。キャピュレット伯爵夫人に謝罪するべきです」


「キャピュレット伯爵夫人こそ、身を弁えるべきですわ」


 言い争う二人の若い夫人達はそれぞれ公爵家、侯爵家に嫁いだので身分は高い。そのことが影響したのか、それぞれの派閥を巻き込む言い争いにまで発展した。モンタギュー辺境伯夫人とキャピュレット伯爵夫人をなんとか諌めようとしていた他の夫人達も若手夫人の仲裁に入った。

 若手夫人達はそれぞれに、モンタギュー辺境伯夫人とキャピュレット伯爵夫人を口撃した。

 次の瞬間、若手夫人達は青くなり黙った。


「キャピュレット伯爵夫人の功績も知らずに、ずいぶん偉そうなことおっしゃるのねぇ、あなた」


 銀色の美しい髪を上品に纏めたケイト・モンタギュー辺境伯夫人が、その冷たそうな銀色の瞳を細めて言う。


「モンタギュー辺境伯夫人あってこそのロタリア社交界ってご存知かしら? 王国から出て行かれるの? あなた」


 まぁびっくりと言わんばかりにピンク色の瞳を見開いて、ジャネット・キャピュレット伯爵夫人が無邪気に笑う。


 モンタギュー辺境伯夫人とキャピュレット伯爵夫人が、自分を庇って喧嘩していた若手夫人をそれぞれ叱りつけ、こんこんと説教し始めた。若手夫人達は自分が庇っていた相手に説教され、涙目になっている。

 お茶会の会場となった王城の庭園は、夏の暑さが残る季節だというのに、警備の近衛兵が震えるほどに冷え冷えしている。

 まだ椅子から立たないベテラン婦人達は言った。


「これがあの家門だものねぇ。ああ見えて上手くいってるのよ。あとは子供同士が結婚してくれれば王国は安泰なのにねぇ……」



 ロタリア王国国防の要であるモンタギュー辺境伯。そのモンタギューを王国一とも言われる財力で支えるキャピュレット伯爵家。

 その当主であるポール・モンタギューとベンジャミン・キャピュレットは幼い頃から仲が悪かった。どちらが先に歯が抜けた、から始まり、学園に入学すると学問武術といつも競っていた。決して首席争いではなかったが。

 そしてそれぞれの妻となるケイト・モンタギュー辺境伯夫人とジャネット・キャピュレット伯爵夫人。二人は元々は有力な侯爵家の長女であり、当時の王太子殿下の婚約者候補でもあった。あまりにも仲が悪く、仕舞いには王太子に愛想を尽かされ婚約者候補から早々に外されてしまい、今に至っている。

 奇しくも嫁入りする日も同じで、二人を乗せた馬車はまるでレースをするかのごとく競い合い、それぞれの領地の分岐点につくまでに馬車に同乗した侍女達は気を失ったとか。


 そんな二組の夫婦だったが仲は良く、同じ時期に子を授かった。

 モンタギュー辺境伯家長男のヒューと、キャピュレット伯爵家長女のシャーロットは、両家の仲の悪さとは反対に周囲から向けられる、自分達が結婚すれば万事解決のような思惑に早くから気づき、早々にそれぞれ婚約者を作ってしまった。

 両家の両親も流石に自分たちの王国での立場などとっくに理解してはいた。しかしお互いが「そちらが頭を下げるなら」と婚約を言い出すのを待っているうちに、シャーロットは学園に入学してすぐに留学している他国の貴族に見染められた。

 ヒューも学園で縁のあった侯爵家令嬢といい感じになっていた。

 あんな家と縁続きにならなくてよかった、と声を大にして吹聴していたポールとベンジャミンは涙目だったとか。



 実は両家にはもう一人ずつ子供がいた。

 モンタギュー辺境伯家次男のロメオと、キャピュレット伯爵家次女のジュリエッタである。

 それぞれの親があまりにも長男長女の成り行きに気を取られすぎていたので、二人は比較的のびのびとした幼少期を過ごした。

 お互いの領地に入り込み、遊んでは喧嘩をする毎日。周りの大人は見て見ぬふりをし二人を見守っていた。


「おい、バカ息子。そんなに転げ回ったら服が破れるだろうが! 誰か、バカ息子に合う服を着せてやれ。最新のやつ」


 自宅に庭に入り込んだロメオを見つけたベンジャミンは、使用人に服を持って来させた。女の子しかいないキャピュレット家には、何故かいつもロメオにぴったりの服が準備されていた。

 あらまあ汚いわねと言いながら、ジャネットはロメオの汚れた顔を拭いてやり、自らロメオを着替えさせた。



「まーたお前か、ジャジャ馬娘め! そんなところに隠れてないで、これでも食ってろ!」


 自宅に入り込みロメオと隠れんぼをしていたジュリエッタに、ポール・モンタギュー辺境伯は厳しい顔を向けながら王都から取り寄せた高級菓子を見せた。宝石のような砂糖菓子がのったクッキーを見て、ととと……と走り寄るジュリエッタの姿を見て、ポールは厳しい顔のまま器用に目尻だけ下げた。

 走るだなんてはしたないと眉間に皺を寄せながら、ケイトはジュリエッタの好みの果実水を持ってくるように侍女に言いつける。

 そんな仲の悪い両家の子供たちは、親の背中を見て順調に仲が悪く育った。


 王都の学園に入学した二人。

 ロメオが好きな令嬢に振られたと聞いてはジュリエッタは涙を流して笑い転げ、ジュリエッタが刺した刺繍を見てはロメオはひきつけを起こすほどに笑った。長期休みにそれぞれの領地に帰る馬車は毎回カーチェイスのように競い合い、同級生からは日をずらして帰ればと呆れられた。



 ロメオとジュリエッタが卒業を迎えて領地に帰る日。

 馬車カーチェイスが問題となり、二人は同じ馬車で帰らされていた。馬車の中ではお互いの学園での黒歴史を馬鹿にし合い、教師のモノマネで盛り上がり、御者は馬を全力で走らせなくていいことに安堵していた。馬は物足りなそうにしていた。


 馬車カーチェイスでは3日もあればお互いの領地の分岐点まで到着したが、今回は通常速度なので6日はかかる。

 途中途中で宿泊した宿でも、どちらの部屋からの眺めがいいとか、朝食をとるレストランにどちらが先に着いたなど存分に喧嘩したロメオとジュリエッタは最後の宿泊先へと到着した。

 天気が悪かったこともあり、宿の敷地に入ると従業員を名乗る男が馬車を建物の入り口につけるからと言って、荷物を下ろすため降りていた二人の侍女をそのままに、御者席に座り馬を再び走らせた。

 ようやく宿に着いたと思っていた二人は、また馬車が走り出したことに驚いた。

 窓から見る景色はどんどんと街中から外れていく。スピードも出ている。

 ずっと軽口を叩いていた二人も流石に緊張した。


「これって誘拐かしら?」


「まさか……」


「前回の帰省の時に、ロメオの馬車に苦情がきたから今回は時間がかかってこうなったのね。ロメオのせいだわ」


「待て待て! お前の馬車が牛を轢きそうになったから苦情がきたんだろうが!」


「ロメオといても全く良いことないわ。どうせ目的は辺境伯んちのバカ息子でしょ。すいませーん、私降りまーす」


「いやいや、目的はジャジャ馬なのにそう見えない詐欺令嬢のお前が目的だろ? 俺も降ろして下さーい」


 誘拐と理解した始めこそ口数の少なかったロメオとジュリエッタだったが、すぐにいつも通りになりギャーギャーと騒ぎ出した。おかげで馬車が人里離れた古い屋敷の前で止まったことには気付かなかった。


「騒いでないで早く降りて下さい」


 急に馬車の扉が開き、大柄で髭を蓄えた男に声を掛けられて、ようやく二人は自分達の状況を思い出した。

 今は使われていないであろう屋敷に入ると、薄暗いホールに5人の男と一人の令嬢がいた。令嬢はロメオを見るとパッと笑顔になった。


「ロメオ様!」


「……誰? あの人」


 胡散臭そうに言うジュリエッタに、ロメオも心当たりがないらしく首を傾げた。うーんと唸るロメオに令嬢が悲痛そうに叫ぶ。


「酷いわ! 私、サンタナ王国のブルゴーニュ辺境伯家三女、ローラです。素敵なロメオ様のことをお見かけしてから、お父様にお願いして婚約を何度も申し込んでいたのです。でも、毎回良いお返事を頂けなくて……」


 ローラはそういうと涙を浮かべた。ロタリア王国のモンタギュー辺境伯領はサンタナ王国ブルゴーニュ辺境伯領と国境を挟んで隣接している。今は争いがない国同士だが、何かあれば一番に戦場となる。

 特に貿易が盛んでもなく、お互いの国を行き来するのは限られた外交官ぐらいだ。そんな中で、ローラはどうしてかロメオを見染めたらしい。

 つまり、今回の誘拐の目的はロメオである。そう確信したジュリエッタは、素敵だって、良かったねぇとロメオの肩をポンと叩いてから言った。


「でしたら後は若いお二人で。お邪魔虫は消えますわ」


 満面の笑みでホホホとその場を去ろうとしたジュリエッタを、ローラはキッと睨みつけた。


「お待ちなさい! あなたがいるから、ロメオ様との婚約は認められないと断られたのよ!」


 その言葉にジュリエッタは驚いた。ロメオの婚約の話も聞いたことはないし、それが成就しない原因が自分にあるなんてもっと聞いたことがない。ジュリエッタがロメオを見ると、ロメオも訳が分からないという風に肩をすくめた。


「ちょっと、二人で目で会話なんてしないでよ! モンタギュー辺境伯からの断りの手紙には毎回、ロメオとジュリエッタは愛し合っているから間に合ってますって書いてあるのよ!」


 ロメオもジュリエッタも驚いたが、ポール・モンタギュー辺境伯が断りの口実にいい加減なことを書いたのだろうと思った。

 いやー誤解ですぅ、と一人逃げようとするジュリエッタにローラは叫ぶ。


「しらっばっくれないで! 何通かに一通は、キャピュレット伯爵から『愛し合う二人を引き裂かないでね』と書かれたものも入っていたのよ!」


 あの人達何やってんだよとロメオが遠い目をした。そもそも、あまり仲良くもない国の辺境伯家同士で婚姻を結ぶなんてあり得ない。あるとしたら停戦などの関係で、王命としての婚姻だけだろう。勝手に辺境伯家同士でくっついてしまうと、それぞれの王家に歯向かうことになる。

 このローラとかいう令嬢、頭大丈夫だろうか……とロメオが思った時。


「みんな動かないで!」


 ジュリエッタが見せたことのない速さでロメオの背後に回り、その首にナイフを押し当て叫んだ。



「「「……え?」」」


 ジュリエッタの素早い動きに場が凍りつく。ローラとその取り巻き、そしてロメオですらジュリエッタの起こした行動に全く理解が出来ずにいた。


「あ、あなた、何をしているの?」


 しばらくの沈黙の後、やっとのことでローラが震える声を出した。そのローラを見て、ジュリエッタはニヤッと笑う。


「ローラさんでしたっけ? あなたロメオが欲しいんでしょ? 今すぐ差し上げますからね」


 言い終えると同時にジュリエッタはロメオの足を払って体を引き倒し、その首に当てたナイフに力を入れる。


「「「ちょ、ちょっと、やめなさい!」」」


 ローラとその取り巻き、ロメオが一斉に叫んだ。が、ジュリエッタは涼しい顔をして言う。


「あなたロメオが欲しいんでしょう? すぐに首を渡すから少し待っててね」


 首に食い込むナイフの冷たさを感じながら、ロメオはあることを思い出した。ジュリエッタの母、ジャネット夫人のことだ。

 ジャネット夫人は、代々武力を重んじる侯爵家の出身。夫人自身も嫁ぐ前には「可憐な狂戦士(バーサーカー)」と言う二つ名が付いていた。辺境伯に嫁ぐのはケイトではなく狂戦士(バーサーカー)ではないのかと社交界が混乱したという笑い話も聞いた程だ。

 そんなジャネットに育てられたジュリエッタは、きっと特殊な訓練と特別な思考を植え付けられているのだろう。

 ジュリエッタがもつ鋭利なナイフも、あの馬車のどこかに隠してあったのを言い争いをしている隙に忍ばせたのだ。

 ロメオはジャネット夫人の、未だに可憐な少女のような笑顔を思い出し涙ぐんだ。夫人の馬鹿野郎。

 ローラが顔を真っ赤にして、私の欲しいのは首じゃないと泣き叫ぶ。


「あなた、頭がおかしくてよ?!」


「そうよ、私は頭がおかしくてよ!!」


 そう言い切ったジュリエッタは、ナイフに力を入れるのをやめてロメオをじっと見つめた。ロメオはジュリエッタの顔をこんな近くで見たことはなく、ジュリエッタが自分を見つめるこの表情も見たことがないな、とぼんやり思った。


「ロメオがあんな変な女に取られると思ったら、何故かすごく嫌だなと感じたの。この気持ちが何なのか分からない……きっと私、頭がおかしくなったのよ」


 ロメオだけを見つめて、最後は絞り出すように言ったジュリエッタに、ロメオも何故か急に胸がドキドキした。なんだ、これは。

 足払いを掛けられた時に、制服のロングスカートから見えた白い足。今までジュリエッタの足なんて二足歩行のための道具としか思っていなかったのに、思い出すとやはり胸がドキドキする。本当になんなんだ、これは。首に当てられているナイフの冷たさですら、今のロメオはゾクゾクして心地良く感じている。

 見つめ合ったまま動かないジュリエッタの瞳は潤み、ロメオの顔は赤く染まっていた。


「ローラ様。やはり、この計画は無理ですよ」


 しばらくロメオとジュリエッタの様子を見ていた取り巻きの一人がぽつりと言った。


「ロタリア王国のモンタギュー辺境伯家とキャピュレット伯爵家はいつ姻族になるかって、この国では賭けの対象になるくらい有名なんですよ。ロメオとジュリエッタと言えば、知らない人はいない程に」


「そうですよ。ロメオとジュリエッタは愛し合っているって」


 他の取り巻きもうんうんと頷く。ロメオはジュリエッタのことを今の今まで全く異性として見てこなかったのに、そんな噂になっていると知ってびっくりした。が、嫌な気持ちには全くならなかった。

 それどころか、何となくそうじゃないかなと認識した自分の気持ちに気付くと、もうそうとしか考えられない。

 そうか、ジュリエッタと自分が結婚するのは国の為にも両家の為にもなるんだ。そうだよな。お似合いなんだよ、俺とジュリエッタは。そういう運命なんだ、うん。そういえばジュリエッタって、夫人に似て可愛い顔をしているよな。足も白かったし……

 ガンガン振った炭酸水の瓶を開けた時のように激しく溢れ出てくる感情に、ロメオはニヤケそうになる顔を必死で取り繕ってジュリエッタを再び見つめた。


「え? ロメオとなんか愛し合ってないですよ?」


 きょとんとしたジュリエッタの言葉に、また一同凍りつく。


「確かにロメオの首を渡すのは自分の獲物を取られるようで嫌な気持ちになったけど。……そうだわ! ロメオの首は私が持って、あなたはロメオの体をお持ちになるのはどうかしら?」


 うんうんと嬉しそうに言うジュリエッタをよそに、あんな女になぜ負けるのと放心状態のローラを連れて取り巻きは去って行った。

 結局、御者役をした髭大柄男がロメオとジュリエッタを宿まで届けてくれ、謝罪はブルゴーニュ辺境伯から正式に行うと言い残し帰って行った。


 翌日の馬車の中。

 あれから本当の御者と侍女達に泣きつかれたりして寝るのが遅くなったせいか、ジュリエッタは呑気にうたた寝をしている。

 時折、頭が背もたれに当たって、ンゴッと伯爵令嬢らしからぬ声を上げては隣の侍女に突かれているジュリエッタ。昨日のロメオならそんな姿を見ると鬼の首を取ったかのように揶揄っていたが、今日のロメオには何故かそんなジュリエッタが愛おしく思えて仕方がない。


 小さい時にした鬼ごっこ。鬼役のロメオに捕まり「鬼の記憶を無くしてしまえば試合不成立」と鈍器の様なもので殴りかかってきて慌てた使用人に取り押さえられたジュリエッタ。ロメオと父が鴨を狩って帰った時、トリさんが可哀想と号泣し困り顔の父にあやされていたジュリエッタ。その鴨のステーキを当たり前の様にロメオの分まで食べて帰ったジュリエッタ……

 やっぱりジュリエッタは昔から可愛いかった。

 ジュリエッタの寝顔をチラチラ見ながら鼻息を荒くするロメオに、ジュリエッタの侍女はロメオの視線からジュリエッタを守るように抱き寄せ、ロメオの侍女は坊っちゃんは恋をすると気持ち悪くなるのだなと興味深げに見ていた。


 馬車がお互いの領地の分岐点に着くと、ロメオは迎えに来ていた辺境伯家に馬車に乗らず、訝しがるジュリエッタの馬車に乗ったまま、キャピュレット伯爵家の屋敷まで行った。

 迎えに出たキャピュレット伯爵夫妻に挨拶もそこそこに、ジュリエッタへの求婚を申し出たロメオ。


「やっとか……遅いわっ! このバカ息子がっ!」


 と、言いながらも嬉し涙を浮かべてロメオの頬を殴りつけるベンジャミン。


「相変わらず冴えない顔ねぇ、バカ息子は」


 と、言いながらも殴られた頬に優しくハンカチを当てるジャネット。

 辺境伯家の馬車に乗っていたために追いかけて来たモンタギュー夫妻は、私ロメオと結婚するの? と訳が分からない顔をしているジュリエッタに駆け寄った。


「ジャジャ馬娘が本当の娘になる日が来るなんて……ううっ。これ食べろや、ジャジャ馬娘」


「まぁまぁ。ジャジャ馬娘のこの様子じゃあ、ロメオはこれから大変そうね。あれほどジャネットには、ジャジャ馬娘に恋愛のことも教えなさいって言ったのに」


 男泣きするポールにハンカチを渡しながら、ケイトは嬉しそうに言った。ジュリエッタは泣くポールに渡されたボンボン菓子のキラキラした包み紙に目を輝かせた。




 ロタリアの社交界で、ロメオとジュリエッタが学園卒業後すぐに婚約を結ぶ、に賭けた者達が大儲けしていた頃……


「お父様、私、本当に酷い目にあったんですからね!」


 サンタナ王国ブルゴーニュ辺境伯の屋敷で、ローラが父のブルゴーニュ辺境伯に文句を言っていた。


「仕方ないだろう。勝手に国境を超えてモンタギュー辺境伯領に入って捕まったのは誰だ。しかも運悪く視察していたモンタギュー辺境伯とキャピュレット伯爵に見つかって……すべて、お前が原因だ」


 ブルゴーニュ辺境伯はワングラスを傾けながら面倒くさそうに娘に言った。

 おてんばが過ぎる末娘のローラが、ロタリア王国に密入国したとモンタギュー家から連絡が来たのは数ヶ月前のこと。時代が時代ならすぐ殺されていてもおかしくない状況だ。ブルゴーニュ辺境伯は慌ててモンタギュー辺境伯に秘密裏に会いに行った。

 金で解決できれば一番だったが、モンタギュー辺境伯の隣には盟友と噂されるキャピュレット伯爵がいる。ロタリア随一の資産を持つと言われる伯爵相手に金での解決はほぼ望めない。

 ブルゴーニュ辺境伯は恥を捨て、額を床に擦り付けてまでローラの命乞いをした。

 その姿に驚いた二人はローラを返す条件として、ロメオとジュリエッタを内密にくっつけて欲しいと言い出した。今度はブルゴーニュ辺境伯が驚いた。

 一晩がかりでああでもない、こうでもないと3人の父親によるシナリオ作りが行われた。



「本当にヤバかったのよ、ジュリエッタ嬢は!」


 ローラが言うと辺境伯家の騎士6人が頷く。この6人はローラを護衛していた取り巻き5人と、髭の大柄男だ。

 騎士達もジュリエッタがロメオを害してしまうのではないかと、初陣の時と同じぐらい怖い思いをしていた。


「しかも首に刃物を突きつけられた男が恋に落ちる瞬間なんて、初めて見たわ」


 ローラがブルブルっと身震いをする。あの男の方がヤバい。あれは()()()()だ。


「気持ち悪い思いをしたおかげで、あの二人がくっついて良かったですけど。もし失敗していたら?」


「……お前がロメオ殿と婚約していた」


 ローラの問いに対する辺境伯の答えに、ローラは思わず絶句した。ありえない、いや、本当にありえない。


「ま、お前も17になる。ぼちぼち婚約者でも探さないとな。私は相手の身分なんて気にしないから。なあ、副隊長?」


 そういうとブルゴーニュ辺境伯は、ローラのすぐ後ろに控えている騎士姿の髭大柄男の見てニヤッと笑い部屋を出た。

 赤くなるローラと直立不動の髭大柄男を、5人の騎士は生温かく見ていた。









 

気持ちの悪いお話を最後までお読み下さり、ありがとうございます!


一番の推しケンカップルはポールとベンジャミンだという方も、いやいやローラと髭大柄男に期待したいという方も、評価やブックマークをして頂ければ励みになります。

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