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8 侵入者

ゲイルからダウンロード完了の連絡はまだ来ない。今部長の部屋に行くわけには行かなかった。だが安心して欲しい。こんなこともあろうかとスナオさんに頼みごとをしていたのだ。


この部屋のドアは横開きになっていて、部屋の外側から棒をつっかえさせれば開けなく出来る。私たちが部屋に入った後に廊下の掃除道具入れからモップを取ってきて、部屋のドア前に立てかけてくれるようにスナオさんには頼んでいた。ドアは部屋に入ったときに閉めておいたので、モップを倒せばロック完了ってわけ。


部屋の中からドアの外にあるモップを倒すのはちょっとコツがいるが、私には大した問題ではない。集中力を高めて並列思考に入る。部屋にある備品の一つ一つの場所を、爆破した電子顕微鏡の破片に至るまで正確に把握する。私の次の行動が引き起こすあらゆる可能性を瞬時に同時に考えた。


私は作戦を決定し、足元に転がっていた球体の破片を軽く蹴って転がした。転がっていく先ではトガワ課長がバラバラになった電子顕微鏡を前に途方に暮れていて、無意識に踏んだ板状の部品がシーソーのようになって私の転がした球体を跳ね上げた。


球体は壁に跳ね返ってドアの方角に飛んでいく。読み通りのスピードと角度だ。このままドアの小窓を破って外のモップに当たれば、倒れたモップがドアをロックして私たちはこの部屋に閉じ込められる。外のスナオさんに助けを求めて困ってるフリをしてれば5分ぐらい時間は稼げるだろう。私は作戦の成功を確信して心のなかでニヤリと笑った。


だがその時、予想外の事が起きた。ドアに向かって飛んでいく球体を、部長がキャッチしたのだ。嘘でしょ?おじさんとは思えない反射神経。コイツ、できる!


「おっと、危ない。ドアが壊れるところだったな。」


部長はキャッチした球体を近くの机に置いて、パンパンと手を払った。くっ、誤算。私の並列思考は未来予知ではないので、予想外の事が起きてしまうのは仕方がない。だがいい気にならないでよ部長、ミンクさんの策略はこの程度では失敗しないのだよ!


私の作戦なんて何も知らずに反射神経だけで阻止した部長をうらめしげに睨みつつ、私は次の仕込みが発動するのを待った。


「大きな爆発音が聞こえましたけど大丈夫ですか?!」


スナオさんが遠くから走って近づいてくる声がドア越しに聞こえた。そう、スナオさんには爆発音が聞こえたら部屋に走ってきてくれるようにお願いしていたのだ。さらに、


「助けてください!部屋の装置が爆発したんです!」


私が助けを求めたらドアを外からモップでロックするように、とも頼んである。臨機応変は苦手なスナオさんだが、こうなったらこうして、という具体的なお願いなら確実にこなしてくれる。ドアの前まで来たスナオさんはすぐにモップを使ってドアをロックした。


私はドアを開けようとして、開かない事を確かめ、演技をする。


「きゃあ、ドアがあかないわ、どうしましょう、きっとさっきのばくはつでゆがんじゃったんだわ、こわい、あ、けいびいんさん、なにかドアをこわすものをもってきてくださらない?」


迫真の演技だ。でしょ?何か文句でも?スナオさんも仕込み通りの返事をしてくれる。


「え、それは大変です。ちょっと待ってて下さいね!」


そう言い残して走り去る音が聞こえた。


「おいおい、どうなってるんだ。ドアは傷一つないだろう?本当に開かないのか?ん!何か引っかかっている感じだな。おい!警備員!何か引っかかってないか見てくれ!って、もう行ってしまったか、まったく。何か不自然だな、まさか君が仕組んでるんじゃないだろうな?」


部長の眼光が鋭くなり、私を睨んだ。ヤバい、これ以上何かするとバレそうだ。てか、ダウンロードが終わってソーマが逃げられたとしても、私が部長から逃げられないんじゃない?この先を考えてなかったわ。詰んでるかしら?


内心で冷や汗をかいていたその時、外から騒ぎが聞こえてきた。工場の入り口の方だ。その時は何の騒ぎか分からなかったが、何者かの乗ったトラックが門を意図的に突き破り、それを見た警備員が慌てて集まってきている音だった。この騒ぎで私は逃げるチャンスを得たが、事態は急速に展開し、予断を許さない状況へと追い込まれて行くのだった。


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