7 見張り
18時前にスナオさんを連れて3号棟に行くと、入口でソーマが待っていた。ソーマはスナオさんを見て少し意外そうな顔をした。
「スナオちゃんは警備の仕事は良いの?」
ソーマは自分の社員証を棟の入口の機械にかざした。扉のロックが外れる音がして、ノブを回すと扉が開いた。
「この時間はパトロールで、敷地内のどこを見回ってもいいんです。でもわたし、行く場所が決められてないのは苦手で、ミンクさんの話を聞いて付いてきちゃいました。」
スナオさんは気まずそうにうつむいた。臨機応変に行動するのが苦手なスナオさんは、前回のパトロールの時はどこに行けば良いか分からなくなって本部でフリーズしていたらしい。警備部の人にどこでも良いから行ってこいと言われてさらにパニックになり、制服のまま家に帰ったそうだ。うん、クビにならなくてよかったね!
ゲイルも見ていなかったことを反省して、今回はミンクに付いていけとアドバイスをくれたらしい。
「そっか、じゃあ2人で見張りよろしくね。」
私達はソーマに連れられて2階の開発部長の部屋に向った。途中に通った部屋は機械だらけで、私にしてみれば地雷地帯を歩いてるような心地だった。
そんな部屋を2つぐらい通り抜けて、廊下の奥に部長の部屋があった。廊下の窓からは工場の入口が見えた。廊下は直線が長く部長が帰ってきたらすぐに分かりそうだが、途中に入れる部屋がないので隠れられないし、明らかに部長の部屋に用事がある人しか使わない廊下だった。部長の部屋の前に立ってるのは怪しすぎる。
私とスナオさんは部長の部屋から少し離れた廊下の入口で見張ることにした。
「ところで、部長の部屋って鍵掛かってないの?」
私が訊くとソーマはポケットから鍵を取り出した。
「昼にスっといたよ。」
あー、これは見つかったら誤魔化しようがないやつだ。見張りの責任が重い。
私とスナオさんはソーマが部屋の中に入って行くのを見届け、部長が帰って来ませんようにと祈るような気持ちで、ソワソワしながら部屋と反対の方角をみつめていた。
5分ぐらい緊張して見張りをしていると、イヤリングからゲイルの声が聞こえた。
「よし、当たりだ!証拠になるファイルが見つかった。ダウンロードするから、10分ぐらいかかる。もし部長が帰ってきたら、時間稼ぎしてくれ!」
いや、無茶言わないでよ!食堂スタッフがこんなとこ居るだけで怪しいのに、時間稼ぎなんてどうしろと?スナオさんに臨機応変は期待できないし!あー、絶対帰ってきませんように!
私が全力で祈っていると、想いが間違って天に伝わったらしくおじさんの2人組がこちらに向かってきた。どちらかが部長なのだろう。ちょっと前に食堂で偉そうな人とよく分からない話をしていた人達だった。さっそくスナオさんがフリーズしたので具体的な指示をだす。
「スナオさんは何か聞かれたら、パトロール中に通りかかって私に声を掛けられたって応えて下さい。」
スナオさんがコクコクと頷いた。フリーズが解けたようで良かった。私は向こうに気づかれるより先に話しかけることにした。
「あの、すみません!助けて欲しいんですが。」
上目遣いでおじさんを見る。私は絶世の美女ではないが、まぁまぁそこそこそれなりに何となく可愛い部類なんじゃないかなぁと思わなくもない。そんなミンクさんに潤んだ瞳で助けを求められたら、おじさん達なんかイチコロで手を貸してくれるのだ。
「悪いが忙しいんだ。他を当たってくれるかな。」
私の渾身のぶりっ子が通じないとは、心のないロボットだったか。とあきらめる訳にもいかないので食い下がった。
「さっき通った部屋に怪しい人がいて、きっと爆弾を仕掛けてたんです!一緒に来て下さい。わたし、本当に怖くて!あそこの警備部の人に相談したんですけど、機械は分からないからって言われて困ってたんです。開発の人ですよね?機械得意ですよね?!」
スナオさんを指差しながら、おじさんの制服の袖を引っ張って必死にアピールした。爆弾?何言ってんだ、頭おかしいのか?と思ってるのが伝わってくる。あなた達、機械オンチを甘くみると後悔するわよ。わたしにとって、爆発騒ぎを起こす事なんて造作もないんだから。
わたしの必死のアピールが通じて、苦笑いのおじさん達を機械だらけの部屋に連れてくることに成功し、少し大きめの機械の前まで案内した。
「これです。爆弾がないか調べて下さい!」
「はぁ、爆弾なんて仕掛けられてるはずが無いだろう。君の見間違いだよ。」
おとなしく調べてくれたら10分ぐらい稼げると思ったが、仕方ないようね。
「この赤いスイッチを触ってました。疑うなら、押してみても良いですか?」
何となく無害そうなボタンを選んで聞いてみた。それで気が済むなら押してみろ、とか言ってくれそうだ。ダウンロード待ちのゲイルが声をかけてきた。
「あと5分だ、もうちょっと頑張ってくれ。お、最新の電子顕微鏡じゃねーか、それ高けーぞ。壊すのか?壊しちゃうのか?」
なんか勝手にワクワクしてる。まったく良い気なもんね、こっちはヒヤヒヤしてるってのに。
「まぁそのボタンぐらいなら押しても構わんが、何も起きなかったら諦めて帰ってくれよ。さっきも言ったが我々は忙しいんだ。」
爆破の許可を出してしまったわね。その薄笑いを引きつらせてあげるわ。トゥッ。
「行ったーー!」
ゲイルが喜びの雄叫びをあげると同時に、電子顕微鏡とやらは大爆発を起こした。おじさん達の表情が固まったのが背中越しに感じられる。ここでドヤ顔をしたら犯人っぽいので(犯人なんだけど)、超びっくりした顔で後ろを振り返った。
「トガワ課長、後片付けを任せる。不審者を見たという君にはちょっと詳しく話を聞かせてもらいたい。私の部屋に来たまえ。」
あれ?予想外に冷静、そして結局部屋に行くことに!しかも私も連行されちゃう。ピンチが深まったわ!!