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6 グレゴリオスプロジェクト

次の日からセレンが毎日声を掛けてくるようになった。すっかり打ち解けてくれて言葉使いも友達みたいだ。ただ、相変わらず1ミリも言ってることが分からない。イヤリング型スピーカマイクで話を聞いてるゲイルがしきりに反応して相槌を打ってくるが、そっちも分からない。ゲイルの相槌をセレンに伝えられるわけもなく、私は両方から一方通行の呪文を聞かされ続けてるわけだ。何の苦行?


今日も心を無にして微笑んでいると、セレンから聞いたことがある単語が出てきた。


「それでグレゴリオスプロジェクトのかなめになるマルチマスタースレーブが完成しそうなのね・・って変な顔してミンクどうしたの?」


「いや、グレゴリオスってどっかで聞いた名前だなと思って。あと、変な顔って言わないで、考えてただけだから。」


「あはは、ごめん。グレゴリオスは社内では極秘プロジェクトだから名前聞くことはないと思うけど?あ、私が話してるのも内緒にしててね。」


おっと、期せずして極秘プロジェクトの情報を入手しまくってたわ。1ミリも理解出来てなさそうなのが逆に警戒されなかったのかな。さすが私、スパイをさせても超一流だわ。出来る女はここからもう一歩踏み込んでやろうじゃないの。


「極秘ってもしかして、兵器開発とか?」


耳元でゲイルが息をのむのが聞こえた。お前!直接的すぎだバカ!とか叫んでる。大人しくしたまえ、セレンは私をスパイだなんて思ってないのよ、冗談だって思うはず。でも本当に兵器開発してたらちょっとは表情に出るよね。私はその変化を見逃さない自信がある。私は集中した。食堂全体を天井から見ているみたいに視野が広がる。食堂の中のすべての音、空気の動きを感じることが出来る。もちろん目の前のセレンの変化なら毛先のわずかな動きですら気づけるレベルだ。


「何それ、うちは工事用機械メーカーよ。兵器なんて頼まれたって作らないわ。特に私は戦争が大嫌い。せっかく愛情込めて作ったロボット達を戦わせるなんて、それも政治のために。本当に腹が立つわ!」


あら、本当に兵器を作ってるわけでは無さそうだ。残念だけど、セレンが兵器製造に加担してなかったのはちょっと安心した。話は難しいけど、いい子なのは伝わってくる。犯罪に手を染めて欲しくは無かった。


「冗談よ。極秘って聞くと悪いこと想像しちゃうじゃない?」


「何よ、私みたいな優等生が悪いことするわけないでしょ。」


「自分で優等生って言っちゃう?」


私たちは笑って、話は終わった。セレンは午後の仕事に戻って、私は帰る支度を始めた。最後の戸締まりをして食堂を出ると、ソーマがやってきた。


「ミンクさんはもう帰るの?ちょっと手伝ってよ。」


ちょうどいいところにという感じで声を掛けて来たが、絶対狙って来たんだと思う。


「あれ?知りあいじゃない振りしなくて良いの?」


初日のやり取りを思い出して、親しさを出さないようにちょっと冷たく応えた。


「入社初日に知り合いなのは怪し過ぎるけど、もう1週間も経ったし食堂に友達がいてもいいでしょ。開発部の部長の様子が怪しいからPCの中身覗いてみようと思うんだよね。僕が作業してる間、部屋の前で見張りしてくれない?」


ソーマは私の態度なんて気にもせず、普段通りの馴れ馴れしさで、さらっと大変そうなことを振ってきた。


「食堂スタッフが開発部長の部屋の前にいるのは怪しくないの?」


私は眉をひそめてそう訊いた。見張りって一番危ない役じゃない?


「お弁当届けに来て部屋の前で部長を待ってるって設定にしてよ。」


ソーマは何でもないことのように応えた。こいつは犯罪に手を染めすぎて感覚がおかしくなってる。そんな言い訳が通用するわけがない。


「食堂にそんなサービスないわよ。んー、じゃあ、お昼代の計算間違えたのに気づいてお釣りを届けに来たことにするわ。」


私は苦しい言い訳をひねり出した。弁当届けに来たよりましか?どっこいな気もする。


「ミンクさんは計算苦手だから説得力あるね。」


ソーマは無邪気に微笑んだ。


「よし、バカにしてるわね。罰としてあんたの電卓を貸しなさい。」


「イヤだよ。ジャイアンにラジコン飛行機貸すぐらいの確率で壊れるでしょ。」


ジャイアンが誰か知らないが悪口だろうと推測し、軽く腹パンしておいた。ソーマはグエっとわざとらしい声を出した。


「じゃあ18時に3号棟集合ね。」


ソーマはそう言い残して帰っていった。え?まだ13時半なんだけど。


思わぬ暇が出来たが、帰るのも面倒なので3階のジムで時間を潰すことにした。社員なら誰でも、私のようなパートタイムを含めて利用出来る。太っ腹な会社だ。


ジムの半分は警備部がトレーニングに使っていた。邪魔にならないように隅のランニングマシンを使いながら、警備部にスナオさんがいるか探した。初日に偉そうな人を粉砕してたので、引かれて馴染めてないかも知れないと心配だったのだ。


警備部の人たちは木刀で剣術の稽古をしているようだった。二人一組になって実戦形式で打ち合っていた。木刀とはいえ当たれば相当痛いしケガもするだろう。緊張感のある訓練で見てるこちらもハラハラした。スナオさんが見当たらないので部屋の中を探して見渡すと、筋トレのところで1人寂しく腹筋をしているスナオさんを見つけ、思わず声をかけた。


「剣術の稽古はしないの?」


スナオさんは私に気づき、少し嬉しそうに微笑んで、照れたように斜め下に目線を向けた。


「もう3人ケガさせてしまったので、入れてもらえないんです。」


テヘっとでも言いそうな可愛らしい表情だったが、向こうの方で腕にギプスをしてスクワットしてる3人が全員スナオさんの被害者かと思うと、ちょっと怖くなったのだった。


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