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双焔の魔女の旅路  作者: かおぴこ
第7章 山の麓の大きな街で
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第92話 緋色の夢

「緋色はサッカー部のマネージャーになるんじゃないの?」

「え、なんで? 高校では部活をするつもりはなかったんだけど」


 当たり前のように言ってくる母親の言葉に首を振った。


「だって、(アキ)君がそう言ってるってママが」

「……彼が勝手に言ってるだけじゃない」


 またか。思わず表情が曇り言葉にトゲが混じる。


― ああ、これは入学式帰りの記憶だ。


「部活に入らないのなら、放課後はどうするのよ」

「いや、別にどうもしないけど」


 強いて言うなら友達と街に繰り出したり、放課後にはファストフード店で勉強してみたり、体育祭や文化祭が近づいたらクラスメイト達と夜遅くまで準備したり。私が憧れているのはそんな「ステレオタイプな女子高生像」だ。


「何もしないなら、輝君と一緒の部活に入ればいいじゃ無い」

「何もしないとは言ってないでしょ。友達と遊んだり、勉強したり、やる事はあるよ。……ああ、バイトとかしてみたいかも」

「バイトォ!? あなた、お金に困ってるの!?」


 バイトと聞いて母親の顔色が変わる。マジか、ウチはバイト禁止とは聞いてなかったんだけど。


「いや、別に困ってないけどさ。将来に向けた貯金とか、社会勉強的な」


 あとはバイト先の先輩と付き合うとか、高校生っぽいじゃん。そう思ったけど口には出さない。面倒な事になるのが分かっているから。


「バイトなんてしたら成績落ちるんじゃ無いの?」

「知らんよ、した事ないもん。だからそれも含めて学ぶ場じゃないの」

「ダメダメ、緋色はお金持っててもすぐ使っちゃうし、バイトなんてしたら非行に走るわ」

「走らないっての。……まあバイトするかは一旦おいといて、部活はやらないよ。別にサッカー好きじゃないし」

「輝君はサッカー部に入るって言ってたのに?」

「私もセットにしなくていいでしょ」


 母親が不満気な表情を浮かべた。


 ……。


 …………。


 ………………。


「緋色、部活に入らないって本当か? 母さんが、緋色のお母さんがそう言ってたって……」

「ああ、うん」


 母親から彼の母経由で、目の前の幼馴染に伝わる事は分かっていた。ただ、昨日の夜の話が今日の朝に伝わっているのは私の予想よりだいぶ早い。そんなビッグニュースでもないでしょうに。

 

「どうしてだ?」

「どうしてと言われても。私は平凡な女子高生ライフを満喫したいだけだよ」


 少なくとも目の前の幼馴染を支えて国立競技場を目指すのは私の目指す女子高生像じゃない。だが、彼はひどく狼狽える。


「そんなのダメだろ、だってそうしたら緋色は一人ぼっちじゃないか」

「勝手にぼっち認定しないでよ。友達くらいいるから」

「俺、緋色のお母さんに「緋色の事をよろしくね」って言われてるんだよ、困るよ」

「別にお母さんの言うことなんて無視していいよ」

「そういうわけにいかないだろ、母さんにも怒られちまうよ」

「じゃあ(アキラ)君も部活入るの辞めれば?」

「え?」

「私を監視するなら部活やってる暇なんて無いでしょ」

「それは……それは……困る……」


 急にウジウジとし始める幼馴染。私は彼のこういうところも好きじゃ無い。サッカーを続けたいのも自分の意思なのか? 私と居たいのも親に言われたからじゃないのか? なんというか意思の真ん中にしっかりとした芯を持っていないように思えるんだ。


 ……。


 …………。


 ………………。


「1-C 茜坂緋色です。よろしくお願いします」

「よーし、これでマネージャー志望も全員か」


 結局流されてサッカー部に入ってしまった自分も偉そうな事は言えないな。毎日のように母親が説得してくるし――父親は我関せずだし――挙句、夕飯をお隣さんと一緒に食べようって言って、食卓で母と、彼と、彼の母で文字通り包囲網を敷いてくるんだもん。反対するのも面倒になっちゃった。


― この時は適当なところで辞めればいいやって思ったんだよね。結果的に私の知らないところで女子マネのギスギスとかなんだかんだがあって、気付いたら同学年の女子マネが6人辞めて、一年は私もあと1人しか居なくなっちゃって……さすがに全部押し付けて辞めることも出来なくなっちゃったんだけど。


 ……。


 …………。


 ………………。


「茜坂さんって夕暮君と付き合ってるんでしょ?」

「よく言われるけど違うから」

「だっていつも一緒に帰ってるじゃん」

「それは、家が隣だから」


 こんな問答ももう何度目だろう。せっかくこうやって否定しても、幼馴染が同じ質問に思わせぶりな態度をとるせいで私の方が誤魔化していると思われる。ほら、今聞いて来た子だってフーンって言いながらも顔はニヤニヤしてるし。


 もう否定するのも面倒になって来たし、早く離れたいな……家からも、彼からも。


― そうだ、この頃はそればっかり考えていたんだ。全寮制の女子大とかに進学すればもう会わなくて済むかなとか、全国に転勤のある会社に就職しちゃおうかなとか、とにかく息苦しくてあそこから逃れる方法を探してたんだ。だからって異世界に飛ばされたいなんて夢にも思ってなかったけど。

― こんな世界に放り出されて、常に命の危険がある中で自分の力で生きていかなくちゃいけない状況になって……当時の自分が如何に恵まれた環境で甘えたことばかり言っていた子供(ガキ)だったのかって今なら分かる。嫌な事は嫌ともっとはっきり言えば良かったし、やりたい事にはもっと真摯に取り組むべきだったんだ。


 ……。


 …………。


 ………………。


「修学旅行、楽しみだな」

「……そうだね」


 高校の修学旅行。確かに初めての北海道はワクワクするけど、クラスに特別に仲の良い子がいるわけではない私は、同じく浮き気味の女子ペアと同じ班になっちゃって。彼女達はなんか丁度札幌でやってるアニメかゲームだかのイベントに行きたいらしくて、私は口裏だけ合わせて個人(ぼっち)で行動する予定だ。そんな事情を知ったのか、幼馴染とその親友のグループが「俺達と一緒に回ろうぜ」と誘って来たのだから堪らない。なんとかして最初だけでも他の女子の班に混ぜてもらえないかな。


― ああ、ここでアカと初めてまともに話したんだっけ。


 空港から札幌に向かうバス移動にて、酔いやすい自分と共に最前列に座ったクラスメイト。直接話したのは初めてだったけど、気を遣って話しかけてくれて凄く嬉しかった。


「朱井さんの班はどこを回るの?」

「私達はまずクラーク博士を見に行くわね。同じ班の子が動物のお医者さんを目指してて、志望校の大学を見ておきたいらしくて」

「「少年よ、大志を抱け」?」


 朱井さんが頷く。


「使い古された感はあるけど、けだし名言よね。ちなみに茜坂さんの班はどこを見るの?」

「え、えーっと……」


 なんて答えよう。同じ班の子達はイベントだけど、私は一人でフラフラするつもりでいたら男子の班に誘われて困ってる、なんて目の前で志望校の下見をしようとしている朱井さんには答え辛い。


 あ、そうだ。同じ班の子と行き先が合わなくてと言って朱井さんの班に同行させて貰えないだろうか。ずっとでなくても、とりあえず大学の手前あたりまでで構わない。そうすれば幼馴染達の班には「朱井さん達と回る事になったから」と言って同行を断れる。……だけどいきなりそんなお願いをしたら朱井さんも迷惑だよね……。


「茜坂さん?」

「あ、あの、実は……」


 背に腹はかえられない。意を決して同行をお願いしようとした、その時だった。


 不意にガクンとバスが揺れた。


「うわっ!」

「な、なにっ!?」


 急に騒がしくなる車内。「外見て!」「何だこれ!」という悲鳴のような声につられて外を見ると、先程までは高速道路を走っていたはずのバスの周りは真っ白だった。


「雪……? ってまだ10月だしさっきまで快晴だったし、流石に違うか」


 窓の外をみて呟く朱井さん。フロントガラスから前を見ようと身を乗り出した私は、バスの運転手がぐったりとしている事に気付く。隣の担任にそれを伝えようと振り向くと、彼とまた運転手と同じように意識を失っていた。


 まずい、とにかくバスを停めてもらわないと事故を起こしてしまう! 慌てて席を立って運転手に駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」

「どうしたの?」


 朱井さんも駆け寄ってくる。


「朱井さん、先生も運転手さんも気を失っているみたいで……」

「先生も?」


 朱井さんが先生の様子を窺う。私はとにかくブレーキを、と思って運転席を確認するが、いつの間にかバスはエンジンが切れていて完全に停車していた。よ、良かった。とりあえず一安心かな? 運転手さんがぐったりしているのは気になるけど……。


 朱井さんと頷きあって席に戻ろうとしたところで、またガタンとバスが揺れた。大きくバランスを崩した私は、タイミング良く――いや、悪くか――開いた扉から外に放り出される。


 あ、これ死んだ。直感的にそう思った私の手をパシッと掴んだのは朱井さんだった。しかしお互いバランスを崩していたため結果的に二人してバスの外側に倒れてしまった。


「……っ!」


 背中を襲うであろう痛みに備えて目を閉じる。しかし予想に反して身体は地面に叩きつけられる事はなく。奇妙な浮遊感に包まれたような感覚。


 だが、次に流れ込んできたのは、言葉にならない叫びを伴う感情。身を切られるような痛みと魂をこそぎ落とされていくような苦しみ、何も分からないままただ命が削られていく拷問を受けるような辛い感覚だけが全身に巡っていく。


 死にたくない――反射的にそう思い、強く願った。辛い感覚に反発するように目を閉じたまま無我夢中で身を縮めて。


― その後のことをヒイロは覚えてない。気づいたらアカと二人でこの世界に居た。

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