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双焔の魔女の旅路  作者: かおぴこ
第6章 船旅の出会い
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第69話 出航の日

 日の出前に目を覚ましたアカとヒイロは、身だしなみを整えて部屋を出た。


 昨日教えてもらった甲板に上がると、船長が船員達を集めて檄をとばしていた。


 邪魔をすると悪いし怒られそうなので、目立たないように隅っこに移動して港を眺めるアカとヒイロ。船の上から見る見慣れた街は、朝焼けに照らされてきらきらと輝いた。


「寂しい?」

「ちょっとだけ感慨深いものはあるかも。でもこれからも旅をする中で、この手の別れって何度もあるんだよね」

「それもそうね。毎回感傷に浸ってもいられないか」

「それに朝焼けだと寂しさよりは前向きな感情が勝つかなぁ」

「異世界でもお日様の力は偉大ってわけね」

「ほら、私たち火属性だし」


 どんなこじつけよとアカは笑うが、日差しが気持ち良いのは心から同意である。


「よーし! お前ら気合いを入れろ! 出航だっ!」

「「「ヨーソロー!」」」


 船はイグニス王国に別れを告げ、大海原に漕ぎ出した。


◇ ◇ ◇


「飽きた」

「初日っ! というかまだ数時間よ!?」

「意外と見どころなかったわ」


 出航後、暫くは陸を見ていた二人だが、周りに海しか見えなくなるとヒイロは早々に景色から興味を失った。


「まあ360度どこを見ても海だから、気持ちは分かるけどね」

「部屋に戻ろうか。戻ったところで夕ご飯までやることもないんだけど」

「まあ甲板(ここ)と食堂以外は立ち入らないようにって言われてるしね」


 アカとヒイロは大金を払ってお客様として船に乗せて貰っているが、基本的にこれは商船兼漁船である。積み荷にうっかり触れないように、また漁の邪魔にならないように、二人が行動できる範囲は船の中でもごく一部であったしそれを破ったら船長の権限で船から身一つで放り出されても文句は言えない契約である。


「漁が始まったらここからお魚獲るの見れるかな?」

「うーん、網は船尾にあるって言ってたから、船首側の甲板からじゃ見えないんじゃない?」

「やっぱりかぁ。そうするといよいよ十日間、やる事ないねえ」

「まあストレッチと魔力循環ぐらいね。あとは身体が鈍らないように筋トレぐらいはしておこうか」


 自分たちの部屋に戻ったアカとヒイロは入念なストレッチで身体をほぐす。筋トレだってスポーツジムのように器具がある部屋ではないので腕立て伏せと腹筋とスクワット、あとは天井の梁を掴んで懸垂をしたら魔力循環しかやる事がなくなった。


 床で座禅を組むように座って目を閉じる。


 身体中を自然と巡る魔力に意識を向け、その流れをコントロールする。魔力の扱いにもすっかり手慣れたもので、体内で自由自在に魔力を動かす事ができるようになっている。そもそもアカとヒイロが暇を潰そうとしたら、魔力循環ぐらいしかする事がない。二日前にアクアとソフィに魔力循環でやっている事を伝えたらとても驚かれたが(※第5章 第65話)この世界で暇を持て余した時の遊びを他に知らない二人が、持ち前の凝り性を発揮したこともありいつの間にか物凄く上達したに過ぎない。


 しばらく魔力循環をしてみるが、それも何時間も黙々とするようなものでも無く。


「これをあと十日……」

「暇との戦いになるわね。高価で嵩張るけど本でも買っておけば良かったかしら」


 この世界で、会話こそ不自由なくこなせるようになったアカとヒイロだが、読み書きはまだそれなりである。そこそこの厚さの本があれば、十分暇を潰す事ができただろうし、隣国に着いてすぐに売っぱらってしまえば旅の荷物を減らす事ができる。お金も売った分との差し引きでほとんどかからずに済んだだろう。


 こういうのってあとから気付くんだよねと悔しがるヒイロ。もし次の航海があったら本を買おうと意気込んでいるが片道金貨5枚(500万円)の航海はもう二度と無いんじゃないかなぁ。


◇ ◇ ◇


 なんだかんだで時間を潰して夕食の時間になり、食堂に移動する。


 大型船なだけあってそこそこ人がいるので船員達はさっさと食べてさっさと出て行くようだ、入り口に列が出来ていた。しかしアカとヒイロは流石にお客様対応と言うことで、少しだけ大きいテーブルに通された上でパンと焼いた肉と野菜スープになんと小さなドライフルーツまで付いている。


 これはこれで嬉しいのだけれど……。


「視線が怖い……」

「ヒイロ、見ちゃだめよ」


 そう、同じ食堂で船員達がしている食事は粗末なパンと薄いスープ――アカとヒイロに出されたスープの具が無くてさらに塩水で薄めたもの――だけなので、アカとヒイロは明らかに悪目立ちしている。勿論お客様(アカとヒイロ)に着いては船員達にも周知がされており彼らはアカとヒイロをどこかのお忍び貴族だと認識しているため、変なふうに絡んできたりする事は無い。


 絡まれる事こそないけれど、それはそれとして、二人は自分たちだけ周りより明らかに良いものを食べて悦に浸るだけの無神経さは持ち合わせていない。しかし高いお金を払って出てきたご飯を味わわないのも勿体無い。そんなジレンマに苛まれつつ、なるべく目の前のメニューに集中する。結果的に舌に意識が集中し、しっかりと味わうことになるのであった。


「船旅は楽しんでくれているかな?」


 二人のテーブルに酒を片手にやって来たのは船長であった。


「あ、はい。おかげさまで。ご飯も美味しいですし」

「大事なお客様に適当なメシは出せないからな。明日からは漁で獲れた魚もでるから期待してくれて良いぜ。あんたら、生魚は平気か?」

「お刺身ですか? 大好きです!」

「そいつは重畳。新鮮な魚は生で食うのが一番美味いんだが、お上品な貴族様には潔癖な方もいらっしゃるってもんでな。一応確認しておいたってわけよ。好きなら問題無いな。獲れたての刺身は期待していていいぜ」


 ニヤリと船長は笑う。


「アカ、お刺身だって!」

「こっちに来てから食べてないし、楽しみね」


 港町ニッケではたまに魚を食べることもあったけれど、出てくる魚は基本的には干物か、塩漬けにされた切り身などだった。港街のくせに何故か生魚は流通していないのだ。


「なんで街に生魚が流通してないかって? そりゃ船で獲った魚は基本的に片っ端から捌いて保存食にしていくからだ。そのための船員達だ」

「生魚は売らないんですか?」

「箱に入れておいたら一日で腐る。水槽で生かしておけば多少は保存が効くがそれでも獲ってから十日は保たない。それでいて干物や塩漬けより嵩張るから数を用意しにくいし、挙句お貴族様には食えないモンが多い。船の上で嵩張らず、腐らず、売れるカタチに加工出来るならわざわざ生のまま売ろうとする理由がねぇだろ?」

「確かに」


 船長はぐるりと食堂にいる船員達を見回す。


「朝から夕方に掛けて魚を獲ったらそのまま明け方まで下ごしらえ、朝日と共に天日干しして、丸一日の仕事が終わり。そのまま翌朝まで丸一日休みってルーチンになるわけだ。コイツらのうち半分は飯を食ったら下の階のでけぇ調理場でお料理開始ってわけだな」

「えっ!? 丸一日仕事するんですか!?」

「その代わり魚を干している間は漁ができないから丸一日休みってわけだ。船長は船が安全に航行できるように実質休みなんてねぇってのにコイツらは二日のうち半分も休みだからな、羨ましいったらねぇぜ」


 酒の入ったジョッキを傾けつつガハハと笑う船長。


 つまり航海中の奇数日には漁と下ごしらえで徹夜して、偶数日はオフというわけだ。さらに調理場の広さの関係で、夜から朝にかけてのお料理は全体の半分で行う。

 となると船員の仕事は 丸一日→オフ→半日→オフ のルーティンとなるわけだ。思っていたよりホワイトな職場である。まあ後半になるとオフの人間が大量の干物を箱詰めして整理する仕事を割り振られたりもするらしいが。


「船員は力仕事っていうから、私はてっきり人力で船を漕いでるのかと思いました」

「何十年か前までは実際、船員の仕事は船漕ぎだったらしいな。こんなデケェ船を何十人もの力でオールで動かすんだってよ。船の推進機関の魔道具が発明されてからは手で漕ぐ必要が無くなったまでは良かったが、同時に船漕ぎ共の仕事も無くなっちまって、そこで魚を獲るって仕事ができたんだ」

「なるほど……」


 この世界にも産業革命があったという事か。アカは感心して頷いた。


「あ、もう一つ良いですか?」

「うん、なんでぇ?」

「あの、私達ばっかり豪華なご飯で……船員の皆さんはわりとこう、質素というか……」

「なんだ、そんなことを気にしていたのか。別に金は貰ってるんだから遠慮しねぇで食ってくれていいんだが」

「なんか悪いなーと思っちゃって」

「変わってるな。まあアンタらが気にする事じゃねぇさ。コイツらだって金さえ出せば肉やスープ、デザートもつけられるところを自分の意思でそうして無いだけだ」

「あ、そうなんですか」

「もちろん陸よりは高ぇがな」


 一応アカ達だけが豪華なオカズを食べられるという訳でも無いと聞いて、少し安心する。


「アイツらもパンと塩スープに飽きたら肉を注文するようになるさ。今日は特に、初日で金を使いたく無いんだろうしな」

「初日に?」

「何かあるんですか?」


 二人の質問に、船長は一瞬目を丸くしたが、またガハハと豪快に笑って教えてくれる。


「そりゃお前ら、娼婦を買うための金を残してるに決まってるだろ!」

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