第60話 孤児院二日目:狩り
翌朝、約束通り朝9時に孤児院を訪ねる。
「おはようございます」
「アカさん、ヒイロさん。おはようございます。今日もよろしくお願いします」
イレイナ院長に挨拶をして、仕事内容を確認する。
「今日は年長の子供達の引率をお願いしたいんだけど、よろしいでしょうか」
「何処かに行くんですか?」
「街を出て少し行った平原で狩りをするの。毎回成果はほとんど無いんだけど、今後の練習を兼ねているわね」
院長から紹介された子供は二人。昨日子供達をまとめようと奮闘していた女の子のハンナと、男の子のロイドだ。
ハンナは12歳、ロイドは14歳……次の双月で15歳になり、孤児院を出る年になるらしい。
「アカさんとヒイロさん、よろしくお願いします!」
「……邪魔するなよ」
「ロイド、ちゃんとご挨拶しなさい」
「ちっ、うるせぇな」
「こら! 全く……ロイドがすみません」
「別に気にして無いわ。じゃあ行きましょうか」
◇ ◇ ◇
アカ、ヒイロ、ハンナ、ロイドの4人は街を出て平原に向かった。街を出て30分ほど街道を進むと既に周りには人の気配はなく、代わりに野生動物の気配を感じるようになってくる。
「この辺りでいいかな。ロイド、罠を仕掛けに行こう」
「ああ」
大きな荷物を持っているなと思ったら、小動物を捕えるための罠を目一杯持っていていたらしい。罠を見せてもらったが、木の板と紐で作った簡単なものであった。
「これで動物って獲れるの?」
「うーん、たくさん仕掛けておくとたまに引っかかってるって感じ」
「なるほど」
確かにこんな単純な罠にかかる獲物もそうはいるまい。成功率の低さを数でカバーするというわけか。周囲にせっせせっせと罠を仕掛けて回るハンナ。ロイドはそれを横目に、取り出した木剣で素振りをしている。
「もう、ロイドも手伝ってよ!」
「俺は忙しいんだ。人手が欲しいならそいつらが居るだろ」
「そういう言い方は良くないよ!」
「いいわ、手伝うわよ」
目の前で喧嘩されるのも面倒なのでハンナを手伝うことにする。と言っても罠を仕掛けるに適した場所は分からないので、罠がたくさん入って重そうなカバンを持ってあげて隣についてあげているだけであるが。
「あ、ありがとうございます」
気まずそうにしながらもきちんとお礼をいうハンナ。昨日も頑張ってみんなをまとめようとしていたし、しっかりした子だなと思う。
マイペースに木剣を振っているロイドは……まあ、好きにしたらいいんじゃないかな。学校で掃除の時間に箒でチャンバラする男子って居たよね。アカはそういうタイプは無視して自分の持ち場を終わらせるタイプだ。
「ヒイロは「ちょっと男子、ちゃんと掃除してよ!」って言う方だったりする?」
「どうかなあ、私からはあまり言った記憶無いなあ」
脈絡なく話を振っても、ロイドの素振りを男子の掃除中のチャンバラと紐付けているのだと分かってくれるヒイロ。
……。
…………。
黙々と罠を設置するハンナを眺めていたヒイロは、そうだ、と声をかけた。
「ハンナちゃんも、言うこと聞いてくれない人は放っておいた方が良いよ」
「え? え?」
「ほら、昨日とかも周りの子供達に注意してたけど、みんな聞いてくれてなかったじゃない」
「ああ、見ていたんですね。恥ずかしいです」
「私とアカは、そういう時に無視しちゃうよねって話をさっきしていた。アレとか」
そういって素振りを続けるロイドを指す。
「無視ですか? でもそうするといつまでもやってくれないし、獲物も獲れないし……」
「無理やりやらせても効率上がらないもん、それに獲物が取れなくて困るのは自分でしょ?」
「こ、孤児院のみんなも楽しみにしていて……」
「だけど孤児院でもみんな、ハンナちゃんのいう事聞いてくれないじゃん。そんな人のために獲物を獲っていく必要ある?」
「それは……でも、小さい子もいるから仕方ないかなって」
「小さい子って言っても赤ちゃんじゃ無いんだから。ハンナちゃんもあれくらいの頃、年上のまとめ役の人を馬鹿にしてた?」
ハッとした顔をしたあと、ハンナは首を振った。年少の子供達がそれこそ赤ん坊ぐらいの頃からずっと見てきたのでハンナにとって彼らはいつまでも「小さい子」だったのだろうが、ヒイロから見れば最低限の分別はついていて然るべき年頃であった。少なくとも年長者の言うことを聞かずに馬鹿にするのは、悪い事だと認識出来ているべきだ……孤児院という皆で助け合わねばならないような環境なら、尚更。
「あの子達は小さいから言うことを聞かないんじゃ無くてハンナちゃんを困らせたくてああしてるんだと思うよ」
「そう、なのかな……。やっぱり私、コレットお姉ちゃんみたいにはなれないのかな……」
「コレット?」
そう言えば昨日、クソガキども――ハンナの言うことを聞かずに馬鹿にする子供達をヒイロは心の中でそう呼んだ――が言ってたような。
「うん、ちょうど一年くらい前まで孤児院にいたの。優しくて、みんなコレットお姉ちゃんの事が大好きだったんだ。今は大きくなっちゃったから孤児院を出て、この街で冒険者をやってるの。ヒイロさんも冒険者なんだよね、会ったことない?」
「うーん、わかんないな……私とアカってあんまり他の人と組んで仕事はしないんだよね。もしかすると名前を知らないだけで、ギルドで顔を合わせてたりはするかも」
「そっか。コレットお姉ちゃんはここを出てからも時々差し入れを持って来てくれるんだよ。みんなそれが楽しみなんだ。私もお姉ちゃんみたいになりたいって頑張ってるんだけど、上手くいかなくって……やっぱりみんなコレットお姉ちゃんの方が好きなのかな」
暗い顔をするハンナ。そんな様子に気付いたのか、離れた場所で素振りをしていたロイドがやって来てヒイロに詰め寄る。
「おい、ハンナに何をした。泣かせたのか?」
「私はお話ししてただけだよ。悲しませてるのは君の方じゃないの? ハンナちゃん一人に仕事させて自分は遊んでてさ」
「なんだと!?」
「ロイド、やめて!」
思わずヒイロに掴み掛かろうとしたロイドを、ハンナが制止した。ロイドは悔しそうにヒイロを睨みつけると貸せっ! と罠が入ったカバンを取り上げて一人で罠を仕掛け始める。
「これで文句無いだろ!?」
そう言いながらそこかしこに罠を仕掛けるロイド。
「あれでいいの?」
「は、はい……特に仕掛けるのが難しいってわけでも無いので」
動物の足跡とか、獣道とかそういうところを探して付近に置いた方がまだマシな気がするけど、そういう事を教える人は居ないんだろうか。ヒイロが教えてもいいけど、それでもあの罠じゃなぁ……と思ってなんとなく口を出せずにいる。
「終わった終わった! じゃあ俺は修行に戻るからな!」
カバンの中にあった罠を仕掛け終えたロイドは、木剣を拾うと再び素振りに戻って行った。
残されたヒイロとハンナは顔を見合わせて肩をすくめる。とりあえず暫くは獲物が罠にかかるのを待つことになりそうだ。
「……そういえばアカさんは? 気付いたら居なくなってましたけど」
「呼んだ?」
「わわっ! 計ったようなタイミング!」
「おかえり。 何か捕れた?」
「うん、とりあえずこれだけ」
アカは手に持っていた獲物を掲げてみせる。そこにはウサギのような小動物の死体が三つあった。
「大漁だね」
「これ、罠にかかってたわけじゃないですよね?」
「うん、私が狩ったよ。三匹が固まってたからこうひょいっと」
見れば三匹とも頭の部分が黒く焦げていた。小さな火の玉を投げたのだろうが、一匹ならまだしも三匹ともという事は獲物に気付かれる前に上手い事狩れたのだろう。アカやヒイロだって大抵は一匹狩るのが精々で大抵は逃げられてしまうのだが、今回はよほど運が良かったのだろう。
……と、ヒイロはこれがラッキーによるものだと認識しているが、隣にいたハンナは違った。目をキラキラさせてアカを見る。
「す、すごいです! 冒険者の方はこんなにあっさりと何体も動物を狩れるんですね!」
「お? おう……」
なんとなくラッキーでしたと言い出せずにタジタジするアカが面白くってヒイロは吹き出してしまった。
その後は罠にアカとヒイロとハンナの三人で獲物を探し、最終的に追加で鳥を二羽――体長1メートルほどある大型のもの――と、蛇を一匹狩る事が出来た。
「蛇って美味しいんですか?」
「下処理はいるけどね。意外と美味しいよ。……持ち帰ってもみんなで分けたら碌に口に入らないし、ここで食べて行っちゃおうか」
塩を振って手元に出したの炎で炙り、そのまま三人で齧り付く。
「本当に美味しい!」
「でしょ。食べられる部分が少ないからわざわざ狙うほどじゃ無いけど、捕まえたら食べようかなって感じ」
そんな感じで楽しく狩りをする三人を横目に、ロイドはひとり黙々と――つまらなさそうに――素振りを続けていた。
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