第48話 廃村、開戦
「気付かれたか」
「この勢いで突っ込んでいけばそりゃそうでしょう」
団長とヘイゼルが軽口を叩きながら先陣を切る。どうやら兵士たちはかなり油断していたようで、慌てている様子が手に取るようにわかった。
「弓と魔法には気を付けろよ!」
団長が叫ぶと、まさに待っていましたと言わんばかりに矢が飛び始める。ただ、相手は大した腕もないようで殆どの矢があさっての方向に飛んでいっている。
「正規兵と聞いてビビったが、ほとんど新兵みたいだな!」
相手の練度の低さに反比例して傭兵団の指揮が上がる。アカはそんな様子を集団の最後尾から見て複雑な気持ちになる。
傭兵団に参加した以上は戦闘は覚悟していたし、最悪敵国の兵士との戦いもあり得るとは思っていた。なのでこの状況はやむを得ないと割り切っているし、今さら人を殺める事に躊躇はしていられない。だが、どうせ殺さねばならないなら悪人が良い。
そういえばこれまで手を掛けてきた相手は、全員がアカとヒイロに悪意を向けてきていたな。だからこそさほど罪悪感に苛まれることもなく気持ちを切り替えることが出来た。
しかし今回は国境沿いの小競り合いとは言え戦争である。相手は悪人ではなくあちらの軍に所属している善良な一般兵……まあ善良かどうかは分からないが、少なくともアカとヒイロに悪意を向けてきてはいない。戦争なんてそんなものと割り切って殺すことができるだろうか。少なくとも、こちらに刃を向けた相手以外の命は取らずに済ませたいと思ってしまう自分は甘いだろうか。
そんなことを考えているうちに、傭兵団は廃村まで残り百メートル程度のところまで迫る。流石に矢もそこそこ当たる範囲に飛んでくるようになる。当然刺されば重傷なので自分に飛んでくる矢は避けるなり撃ち落とすなりしなければならない。
高速で飛んでくる矢を躱すことなんてできるのか? 答えはイエスである。というのも、多くの矢は放物線を描いて落ちてくるのでその軌道からある程度落下地点を読むことが出来る。矢の速さは野球部のエースピッチャーのストレート(140km/h)ぐらいという事もあり、見えた瞬間から着弾するでに体感一、二秒程度の猶予がある。ということで慣れていれば十分危険を予知して対応ができるというわけだ。
そう、慣れていれば。
「はっ!」
アカは自分に飛んでくる矢に火の玉を飛ばして空中で燃やし尽くす。矢尻は落ちてくるのでは、と思うが空中で勢いを殺された矢の燃え滓はそのまま地面に落ちてくれる。
「大したもんだな」
「訓練したんです」
横を走る傭兵に簡潔に答える。アカとヒイロの師匠は「剛弓」の二つ名を持つ男だった。彼の訓練の中に、飛んでくる矢を躱すというものもあり訓練当時は「こんな技術が必要になる時が来てたまるか」と本気で思っていたがこんなに早く活躍する日が来るなんて。つくづく何が役に立つか分からない世界だ。
「もうひとつ!」
重い武器と防具を身につけておりさらに矢を警戒しながらになるので、傭兵団の走る速度はジョギングぐらい……50mを15秒程度のスピードだ。そして廃村までの残り50m、ここからは矢に加えてもう一つ脅威が追加される。
「来たぞ! 水魔法だ!」
相手の魔法使いの射程距離に入ったようで、水魔法で作られた槍が真っ直ぐに飛んでくる。幸い魔法の速度は矢よりも少し遅くピッチングマシーンから飛んでくるボール程度だが、普通に貫通力が高いのでしっかり躱さないと致命傷になり得る。それがわかっている傭兵の面々はサイドステップで避けながら前へ前へと進んで行く。
「アカッ! 相殺できるか!?」
「やってみます!」
飛んでくる水の槍に火の玉をぶつけてみる。二つの魔法は空中でぶつかり合い、ジュウッと小気味の良い音を立てて消滅した。
いける、アカは小さくガッツポーズする。この火の玉で相殺出来るならある程度水の槍が連発されても対応可能だ。
「行けるか! なら矢は俺たちが払うからアカは水魔法の相殺に集中しろ!」
「了解です!」
アカは水の槍に意識を集中、次々に相殺していく。魔法の出どころと飛んでくる間隔から、おそらく魔法使いは四人と判断した。また中央付近から飛んでくる槍は他のものと比べて威力が強いので、そこにいるのは他の三人より強い魔法使いだと推測する。
三セットほど水の槍を相殺したところで、ついに傭兵団は廃村の入り口に到達した。
「作戦通りいけるか!?」
「はいっ!」
アカはここまで温存した魔力をたっぷり込めて炎をぶっ放した。
◇ ◇ ◇
「まずいぞ、村に乗り込まれた!」
「弓は止め! 味方に当たる!」
街道の先に敵の姿を認めてほんの数分、慌てて陣形を組んで迎撃に当たった正規兵達であったが、残念ながら敵の数を減らせないまま拠点に攻め込まれてしまった。
「陣形を乱すな! 迎えう、て……?」
ゴウッと空気を喰らう音と共に大きな炎が迫る。
「ま、まずい! 防御をっ!」
「水の壁よっ!」
隊長のそばに立っていた熟練の魔法使いが咄嗟に水魔法で壁を作る。アカの放った炎は壁に阻まれてその勢いを大きく削がれる。そのまま水の壁と拮抗して押し合いになった。
「くそっ! 火属性如きに!」
魔法使いは苦しそうに毒づいた。
火は水を掛ければ消える。この理論が示すとおり、普通火属性魔法は水属性魔法を当てれば消化されてしまうものだ。魔力を込めた火は通常の火とは違うが、それは水も同じ。お互いに同程度の魔力を込めた場合は火属性魔法が負けて水属性魔法が勝つ。それが魔法使いの世界の常識である。
だというのに、先ほどからこの火属性魔法はコチラの水の槍を全て相殺してみせた。そこまでは分からないでも無い。こちらの倍程度の魔力が込められた火の玉なら、理論的には相殺可能だからだ。十以上の水の槍を悉く相殺される様は俄かに信じ難かったが、ひとりのベテランの魔法使い以外は全員が新兵である。おそらく彼らの水の槍は碌に魔力が込められていなかったのだろうとすれば先ほどまでの現象にも一応説明がつく。
「だが! こんな事があってたまるかっ!」
今、ベテラン魔導士は全力で魔力を注ぎ炎を押し返そうとしている。しかし炎は水の壁と拮抗しており、それどころか少しずつではあるがジリジリと押し込んで来ているのだ。炎が水を押し返すという信じられない光景に、周りの兵士たちも固唾を飲んで見守っている。
「新兵ども、何をぼーっと見ている!?」
「はっ!」
隊長の言葉に我を取り戻してベテランの援護をする新兵魔法使い達。とは言え水の壁を増強する事ができるわけでも無いので、水の槍を横から敵の炎に撃って少しでも勢いを削ぐぐらいしか出来ないのだが。
しかしそんな援護でもギリギリで保っていた形勢を傾かせるには十分だったようで、炎の勢いを完全に止めることに成功した。
「いいぞ! よし、このまま押し潰してやる!」
そう勢い付いて魔力を振り絞る魔法使い。水の壁をさらに厚くして一気に炎に向けて押し出した。ついに炎はジュウッという音を立てて消滅する。
「やりました、隊長!」
「助かったぞ!」
「ですが魔力がもうほとんどありません」
「一度下がって魔力回復薬を飲んでおけ。あとはこちらで対応する!」
魔法使いは敵の様子を伺い次の炎が飛んでくる気配も無いのを確認すると、ペコリと頭を下げると同じく魔力が枯渇した新兵魔法使い達を引き連れて陣の後方にある小屋に入った。
◇ ◇ ◇
「魔法使いは排除出来たな」
「倒しきれませんでした……」
「なに、魔力を使い切らせたなら上等だ。アカ、お前の魔力は大丈夫か?」
「もうあまり炎は出せないと思ってください。身体能力の強化ならいけます」
「分かった、危なくなったら他の奴がフォローに回るから無理はするなよ」
団長の言葉にアカは頷く。それを見た団長はニヤリと笑い、改めて傭兵団を鼓舞した。
「行くぞ! 開戦だ!」
オオーッ!
傭兵団達は武器を持って正規兵達に向かって走り出した。
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