第47話 廃村の駐屯部隊
「団長、どうする?」
「どうするもなにも、行くしかねぇ。相手が蛮族のつもりでしたが隣国の正規兵でした、で仕事を辞めるわけにはいかねえからな」
傭兵稼業は信用が大切だ。敵が想定より強そうでしたで戦いもせずに帰ってくるような傭兵には二度と仕事が回ってこない。
「相手が30人なら一人当たり二、三人倒せば釣りが来る計算だが、正規兵となると魔法使いが最低一人はいるだろうな。」
既に勝つために意識を切り替えて戦略を練り始める傭兵団。ホランド団長、トマス副団長、幹部のヘイゼルの三人を中心に、正規兵を討伐する作戦をああだこうだと話し始めた。
「一番やべえのは全員が固まって動いて、罠にかかっちまう事だ。四方からタイミングを合わせて同時に襲撃するのはどうだ?」
「その場合、どうしても戦力に偏りが出ちまうな……各個撃破されるリスクが高まる。分けるとしても二つじゃないか?」
リーダーたちがあれこれ話し合いをしている横で、アカは近くの団員に訪ねる。
「正規兵って事は相手はヒトですよね。全員殺すんですか?」
「いや、一応最低限の戦争のルールってもんがある。大将をやったら降伏を促して向こうが応じた場合は捕虜にしたりとかな。まあ、こういう国境側のいざこざの場合はなんだかんだ最後の数人まで抵抗するから殆ど全員殺す事になっちまうんだけどな……」
「逆にいうとこっちも団長がやられたら降参してもいいんですか?」
「おいおい、縁起でもない事いうなよ。俺たち傭兵の場合は捕虜としての価値が無いから、基本的に降伏は認められないな。その代わり団長がやられたら自己判断で逃げて構わない」
なるほど、勝利条件は最低限敵の大将を討ち取り他の兵士の戦意喪失。敗北条件はこちらの団長の敗北(死亡?)ということか。正規兵という事で個々の強さは明らかに蛮族よりも上であることが想定されるとはいえ、傭兵団のみんなの様子を見る限りそこまで絶望的な状況では無いということだろうか。
そんな風に状況を分析するアカとヒイロに団長が声をかける。
「アカ、ヒイロ。お前達、人を殺した事はあるか?」
「冒険者崩れとか、野盗みたいなやつらなら」
「結構。人を殺したことがない奴は土壇場でビビっちまう事があるが、経験済みなら問題ねぇ。じゃあ作戦を伝えるぞ」
作戦と言いつつそこまでしっかりしたものでもなく、二手に分かれて村の前と後ろから時間差で攻め込むという案であった。
まず正面から攻撃を仕掛けて敵の数を減らしつつ意識を引きつける。背後に対する警戒が薄れたタイミングで後ろの部隊が一気に雪崩れ込み相手の指揮官を討つというものである。
「とはいえ向こうも馬鹿じゃねぇから背後への警戒がゼロになるって事は無いだろうがな。あくまで少し成功率を上げる程度だと思っておけ」
結局敵味方入り乱れての乱戦になる可能性が高いので、誤って仲間を攻撃する事がないように気を付けろ、と厳命される。
「私とヒイロはどっちの部隊ですか?」
「アカが正面、ヒイロが背面から攻め込む部隊だ。戦力を均等に分散した結果だな」
「……わかりました」
ヒイロと離れるのは不安だけど、文句は言えない。
「よし、じゃあ行くぞ!」
傭兵団は廃村に向けてキャンプを発つ。
◇ ◇ ◇
「はぁ、やってらんねぇなぁ……」
「朝っぱらから愚痴か?」
「なんだってこんな国境沿いの小競り合いに派遣される事になっちまったんだか」
「まあまあ、とりあえずここを二十日防衛出来れば正式採用だって言われているんだからそれでいいじゃねぇか」
「俺は首都を守る騎士になりたくて兵士に志願したんだぞ! それなのに初仕事でこんなど田舎に飛ばされるなんて思わないじゃないか!」
「カッカするなよ。国境の防衛だって大切な仕事だろ?」
廃村の入り口で見張りをする二人。一方が熱くなりもう一方がそれを宥める。村の中央の家ではそんな新兵達のモチベーションの低さに嘆く男がいた。
「やれやれ。こんな辺境まできてガキのお守りというのも辛い仕事だな」
「隊長、聞かれますよ」
「ほんの二十日ほどの駐屯任務だというのにモチベーションを保てない。実際、緊張感もなく緩み切っている……こんな奴らに大切な国の守りが任せられる筈無いだろうに」
「気持ちは分かります」
副隊長の男も頷いた。とはいえ新兵達の気持ちも分からないではない。兵士に志願した者達は通常、採用試験を突破したら一年ほどどこかの砦に配属されてそこで訓練と警備をする。ここの新兵たちおよそ20人についても当初はその予定で、ここから十五キロほど手前の砦に配属予定だった。それが、軍の方針によって急遽この廃村警備をする事になったのだった。
「隊長は何故かご存知なのですか?」
「何がだ?」
「新兵が……というよりも、小隊をこの廃村に駐屯させる理由です」
「知らんよ。隣国のイグニス王国で更なる軍備拡張を行っているからそれに対する牽制だとかいうウワサは聞いたがね。どこまで本当かわからんし、そもそもこんな廃村に兵士を配置してイグニス王国への牽制になるかも怪しい。新しい新人発掘カリキュラムの可能性だって捨てきれないさ、ほれ」
そう言って窓の外を指す隊長。そこでは数名の新兵が、木で出来た的に向かって魔法で作った水の槍を当てる訓練をしている。
「今回の任務は防衛のための駐屯だから、訓練はあくまで自主的に行っても良いという名目だ。あっちにいる奴らのように腐ってるのもいれば、こんな風に自主的に魔法の訓練を行う奴もいる。将来どっちが出世するかは明らかだろう?」
「正式な配属前にやる気を見るということですか」
「もしも俺に人事権があるなら、あそこで訓練する奴らを推してやるさ」
サボってる奴らが袖の下を持ってくるなら別だがな、と笑う隊長であった。副隊長もつられて笑う。
この村には新兵含めて32人の兵士がいる。隊長、副隊長、正規兵が10名と新兵が20名だ。一応正規兵は教育係として新兵二人ずつ受け持ってはいるものの、実際は彼らにとってもこれは半分休暇気分のようなもののようで、真面目に教育をしているものなど殆どおらずそんな空気が新兵にも伝染しているというわけだ。
逆にこの環境でも訓練を怠らない窓の外の数人のやる気と根性はなかなか見どころがあるとも言えるわけだが。
「まあ魔法使いは兵士の中でも持て囃されるからな。やる気は出るか」
魔力自体はどんな人間も多かれ少なかれ持っているが、それを魔法として発動できる者は多くなく全体の10%ほどだ。しかし戦場において魔法使いの後方支援は必ず必要になるため、正直どの国の軍にも足りない人材である。よってその才能を持つ志願兵は必然的に好待遇での採用となる。
いまは「新兵」のくくりで他の者と同列に扱われているが、新米の皮が剥ける頃にはエリート街道を歩む事になる、そういう人材が魔法使いなのである。そうでないものからは不満が上がるが仕方がない。希少で有能な才能を持っているということはそれだけで優遇されるものだ。……それが他の新兵のやる気を削いでいるのは否めないが。
……さて、門の前の二人は相変わらずの様子でやる気なさげに取り止めのない会話を交わす。
「あと何時間で交代だ?」
見張りの男が問いかける。
「まだ二の鐘からいくらも経ってないだろ。しっかり見張りを続けろ」
「見張りなんて必要あるか?」
「一応ここはイグニスとの境界線だからな。ここも領土を主張する両国が何度か争った結果住む人間がいなくなって廃村になったぐらいだ。もしかしたら今日あたり、イグニスの奴らがこの土地を取り返しに攻め込んできたりするかもしれないぜ」
「ここが最後に戦場になったのなんてもう何年も前だろ? 今更攻め込んできたりなんてするもんか」
フン、と鼻を鳴らす男。ふと気がつくともう一人の男が青い顔で村の外を見ていた。
「て、て……」
「おい、どうした?」
「敵襲だっ! 鐘を鳴らせっ!」
慌てて振り返ると、武器を持った十人ほどの集団がすぐそこまで迫ってきていた。
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