第2話 繋がれた首輪
一人の生徒が恐る恐る手を翳す。その手から真っ直ぐに草の蔓が延びた。
「ほう、植物を産み出す能力か。戦闘能力は低くともそのような能力は応用が効く。後方か斥候か、いずれにせよ戦場以外で役に立ってもらうことになるか」
満足気に頷く女。蔓を出した生徒は「戦場以外」と言われた事で、少しだけ表情が明るくなった。
「あ、あの! チートスキルによっては戦場に行かなければならないのでしょうか……?」
副委員長が訊ねると、女は呆れたように頷いた。
「ここまでの話を聞いていてまだ理解できていないのか。言葉は通じても知能が低い……やはり猿と大差ないな。余程支援に向いているスキル持ち以外は全員戦場で戦って貰う。この回答で満足か?」
「わ、私達、戦争なんてした事なくて」
「狩りと変わらん。獣かヒトかの違いだ」
「か、狩りだってした事ないです! そ、それどころか動物を殺した事だって、殆どの人は無いと思います……」
「何?」
流石に全員が狩りの一つもした事がないと聞いて、眉根を寄せる女。副委員長が日本の事情について辿々しく説明する。
「なるほど、平和ボケして居た世界に居たというわけか。そして魔法も存在しないと。魔力を使う機会も必要性すらなくぬくぬくと育ったとは、ふん、大層な身分だな」
ブツブツと呟いて居たが、うんと勝手に納得し、改めて2-Aの面々を見渡した。
「まあその程度は些事だ。諸君らにはこの国で最高の指南者達をつけてやろう。各々、実戦で命を落とさないように精々スキルを磨くんだな」
尊大な態度。
「きょ、拒否権は!?」
「あるわけなかろう」
「ふざけるなっ!!」
ドンッという音と共に一人の生徒が立ち上がる。彼の身体からは薄い金のオーラのような者が迸っていた。
「ほう、黄金強化か。分かりやすく強い当たりのスキルだ。喜べ、貴様は戦場で活躍できる」
「はっ! ごめんだね!」
「ほぅ……?」
女の方につかつかと進み、ビシッと指差して宣言した。
「勝手にクラス全員を呼び出しておいて、こちらの意見も聞かずに戦場に行けだって? そんなの従うわけないだろう!」
「威勢がいいのは立派だが、ではどうするつもりだ」
「俺たち全員を、元の世界に帰しやがれ!」
「……嫌だと言ったら?」
「こうだっ!」
生徒の金色のオーラが一気に色濃く、力強く吹き出すとそのまま女に向けて飛びかかる。
「目覚めたばかりのチートスキルで実力行使か。いいのは威勢だけで頭は悪いな」
しかし女はつまらなさそうに生徒を見るだけで全く焦る素振りを見せない。
ドンっ!
それは、飛びかかった生徒が胸を押さえてその場に倒れ込んだ音だった。
「ぐああぁぁぁぁあああ……!」
「チートスキルを持つものを何の制約もなく野放しにするわけがないだろう? 諸君ら全員に首輪を着けさせてもらっている」
みな、思わず首を触る。しかしそこには何も無かった。
「物理的な首輪では無い。まあ一種のおまじないだな。そのチートスキル使ってこの国を護ろうとした際にスキルの威力や範囲に加護が与えられる。さらにより少ない魔力でスキルを行使できるようになるといい事づくめだ。
逆に国民に危害を加えようとした場合には、こうなる」
胸を苦しそうに押さえてピクピクと悶える生徒。
「この者の場合は、勢いがあったからペナルティが一気に来たな。おそらく心臓ももうすぐ止まるだろう」
「た、助けてやってくれ!」
「無理だな。そもそもこの者自身が心から我が国に忠誠を誓うならペナルティは勝手に解除されるのだが、そうならないと言うことはこの期に及んでまだ妾に危害を加えようとしているのだろう。呼びかけるなら勝手にするがいい」
慌てて倒れる生徒に何人かが駆け寄る。彼と仲の良かった者達だ。
「おい! 大丈夫か!?」
「あの女への敵意を捨てろ! このままだと死ぬぞ!」
だが既に意識が朦朧としている彼に、友の言葉は届かない。そうこうする内に、倒れていた生徒はピクリとも動かなくなってしまった。
「そ、そんな……」
「死んじまった……」
ガクリと項垂れる友人達。
「強力なスキルだったが死んでしまったか。まあこのスキルに目覚めるものはオツムが足りん者が多い、生きていてもどこかで全体の足を引っ張っただろうな」
「そんな言い方って……」
「よくもぬけぬけと……」
友の死を目の前にして、さらにそんな彼に心無い言葉を浴びせられたことに対する怒りを禁じ得ない。しかし行動に移せばそれこそ目の前の友の二の舞となる……事実、目の前の女に怒りの感情を持ったこの段階で、既に胸を締め付けるような痛みが彼らを襲っていた。
目の前の女は「そこの死体を片付けておけ」と周囲の者に命令をしたのち、改めて生徒達に告げる。
「勇者が早速一人死んでしまったことは残念だった……残り36人、諸君らが最低限に賢いことを祈ろうか。
妾の命令は絶対だ。反抗すればどうなるかは先程見た通りだな。とはいえ妾は寛大だ。よちよち歩きの諸君らが立派な戦士となれるまで訓練をさせてやるばかりか、十分な猶予期間もくれてやる。具体的には憎き魔導国家エンドとの開戦までだ」
そう宣言した女は、ああそうだ、と思い出したように付け加える。
「名乗るのが遅くなったな。妾はイグニス王国の第一王女、イグニシアだ。勇者達よ、今後の働きに期待しているぞ」
王女イグニシアは極めて野望に溢れた顔で生徒達に笑いかけた。
◇ ◇ ◇
「まだ、聞きたい事がある……あります」
「いいだろう。だがいつまでもダラダラと質問されるのは面倒だ。あと一つか二つで締め切ろう」
一応敬語に口調を改めた委員長に対して、王女は面倒そうに答える。
「その、魔導国家との戦争に勝ったあとは僕たちは元の世界に戻れるんでしょうか?」
「無理だな」
即答。そして否定。生徒達の顔に絶望が浮かぶ。
「な、なぜ……?」
「そもそも勇者を呼び出す方法はあっても帰す方法は無い。それに考えてもみろ、呼び出すだけで準備に数年間かけてその上で厳しい条件を満たした今日この日を選んでいる。仮に同じ方法で帰せるとして、それだけ大掛かりな儀式をするくらいなら次の勇者を呼んだほうが建設的だろう」
「ぼ、僕達の人権はないと言う事ですか……?」
愕然とする委員長に、王女は仰々しく首を振った。
「とんでもない。この国を守る英雄として、最大限の権利は保証する。諸君らには求めることは概ね三つだ。
一つ、妾の命令には絶対に従う事。
二つ、この国から勝手に出て行かない事。
三つ、戦争に向けて力をつけ、この国を勝利に導く事。
この三つさえ守るなら訓練以外は自由にする時間を与えるし、遊ぶための金だって用意してやろう」
そう言って笑う王女。元の世界に帰れないと言われ、絶望する者が多い中で、この飴はかなり効果的である。事実、何人かの生徒の目には既に輝きが戻りつつある。
……。
…………。
那須恵里香は酷く困惑していた。もちろん、この場にいる2-Aの者は全員が困惑して状況の把握すら満足にできてはいないだろう。戦争だの、チートスキルだの、喜んでいるのは一部の……言い方は悪いがオタクっぽい男子だけである。先ほどは目の前でクラスメイトの一人が命を落としてしまった。そしてトドメに、元の世界には帰せないという。
付け加えてエリカには、もう一つ気になっていることがあった。……彼女の親友が二人、この場に居ないのである。
「あ、あのっ!」
エリカは意を決して手を挙げた。他にも聞きたい事がある者も居たかもしれないが、この質問は今この場でしかできない気がしたからだ。
「最後の質問だな。なんだ?」
「あ……えっと、私たちが召喚? された時に一緒にいた子が居ないんです。他の場所に居たりとか、しませんか……?」
恐る恐る訊ねると、王女は眉をピクリと動かした。エリカはその僅かな変化にもびくりと方を震わせるが、勇気を出して言葉を続ける。
「わ、私達って男女各20人ずつの、40人のクラスなんです。ここに来る直前のバスには全員乗っていたはずで、だけどこの場にはもともと37人しかいなかったって聞いて……、言われてみれば初めから女子が三人、足りないなって」
この部屋に通されてテーブルに掛けた時に自然と男女で向かい合うように座ったのだが、女子側の席が三つ空いていたのだ。間違えて反対側に座ったのかなと思ったが何度確認してもあちらには男子しか座っていなかった。
「だ、だそうだが。大臣、何かわかるか?」
王女がローブの男に問いかける。大臣はその場で首を振った。
「残念ながら、元々あの場にはお主ら37人しか居なかった。あの場に居なかったと言うことは、その三名は召喚の枠から漏れたのであろう。今ごろはお主らの居た世界で消えたお主らを探しているかもしれんが、それもこちらにはどうしようもないことだ」
「……ということだ。残念だったな」
王女と大臣の答えが正しければ親友のアカとカナタ、そしてこの場に居ないあと一人のクラスメイト……茜坂緋色は召喚されることなく無事だったと言うことだ。だが、エリカは違和感を覚えた。何故、王女ではなく大臣に答えさせたのだろう?
エリカがその違和感の答えに辿り着く前に、王女は立ち上がった。
「妾も忙しいので、ここで失礼する。この後のことはここにいる大臣に聞いてくれ」
そういってずっと彼女の横に立っていた守護騎士風の男と共に部屋を去っていってしまった。
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