第1話 王国と37人の勇者達
2-Aの生徒達は困惑していた。自分たちは修学旅行中で、新千歳空港から札幌に向かうバスに乗っていたはずだった。
突然窓の外が真っ白になり、なんだなんだと慌てているうちにいつの間にか意識を失って、気が付いたら全く別の場所にいた。
「ここは……?」
先に意識を取り戻したものが周りの生徒を起こす。目覚めたのは神殿――教科書で見たパルテノン神殿を内側から見たらこんな感じかなと思う――のような場所で、足元にはバスケットコートぐらいの大きさの魔法陣のようなものが描かれている。
その魔法陣を囲むように……たぶん全員、日本人ではなさそうなのだが、20人ほどの男達と、一人の若い女性の姿があった。
そして女性の後ろにはこちらは直径五メートルほどの小さなものだがもう一つ魔法陣があり、大きなトカゲ? のような生き物が二体、寝かされている。トカゲ達は胴に剣を突き立てられており、既に絶命しているのかピクリともしていない。
「おい、まさかこれって!?」
「ああ!」
「ステータス! だめか!」
一部の男子が楽しげに騒ぎ出すが、大半はその場で固まって周りの様子を観察していた。
暫く様子を見ていると、周りを囲む者達のうち、若い女性が一歩前に踏み出して来た。
「ようこそ、異世界の勇者達よ。諸君らを歓迎しよう」
◇ ◇ ◇
ますます混乱する2-Aの一同は、促されるままに神殿の横にある建物内に移動した。彼らを先導したのは先ほど居丈高に歓迎の言葉を発した女性と、その横を寄り添うよう歩く鎧に身を包んだ男であった。まるで物語の姫と守護騎士のような出で立ちの二人の後ろにゾロゾロとついていく一行、その後ろを魔法陣を囲んでいた男達が――まるで2-Aの者たちを見定めるように――並んで歩く。
通されたのは大きな会議室のような部屋だった。
長い長方形の机の両側に座らされる一同。机も椅子もしっかりとした樹で出来ており、傷ひとつない。
先導して来た女はさらに奥の立派な装飾が施された椅子にどっしりと座り、守護騎士の男がその横に立つ。
そんな彼らの前に立ったのはこれまた偉そうにする男であった。ローブのようなものを纏っているが、金糸の細かい刺繍が袖や首元などにされていてることからかなり高価なものであり、ひいてはこの者の身分が高いことがわかる。
「勇者達よ。おそらくこの状況が理解できていないだろう」
ローブの男は少年少女達にイチから状況の説明をしていく。
まず、ここは彼らの住んでいた場所とは異なる世界。とはいえ、ある程度は理の近い世界ではある。だからこそ、こうして同じヒト種として意思疎通が可能であるし、彼らは元の世界、すなわち地球にいた時と同様に生命を維持できる。これは偶然の一致では無く、そういう者達を喚んだため必然である。
喚んだというのは、つまり彼らはたまたまここに流れ着いた訳ではないという意味だ。ここにいる彼ら以外、現地の人間がある目的を持って自発的に召喚した結果である。
騒めく2-Aの面々。先ほど神殿で楽しそうにしていた男子の中には「やっぱりだ!」「キタコレ!」などと嬉しそうにしている者もいるが、大多数を占めるのは不安の声であった。
「さて、諸君らを召喚した理由を述べよう」
ローブの男が続ける。
まず、ここはイグニス王国と呼ばれる国の王都イグニスである。イグニス王国は大陸一の大国である。しかしながら王国の歴史は戦争の歴史であったため、昔から、そして今も周辺国からの侵略に常に晒されている。今は大規模な戦争は起こっていないものの、小競り合いは常にある状況で、ある意味周辺全ての国と冷戦状態であるとも言える。
またはるか南にある魔導国家エンドは近年周辺国家を巻き込んだ大規模な侵攻を進めており、間に幾つかの国を挟んでいるもののいつイグニス王国と本格的な戦争になるかといった懸念がある。
魔導国家はその名の通り魔導に精通した国であり、多くの魔法使いがいる上、魔道具の開発も進んでいる。早くて数年以内に始まる彼の国との大規模な戦争に向けて国力の強化は王国の課題である。
そこで異世界の勇者を召喚し、来る戦いに備えた戦力として備えようという計画が立ち上がったのが十年ほど前。ただし、一人二人の勇者が居ても仕方が無い。ある程度まとまった人数を呼び出すためには困難な条件がいくつもあったが、この度ついに全ての条件を満たすことができた。
「正直十人も呼べれば大成功だと思っていたが、まさか37人も居るとは我々にとっても嬉しい誤算だった」
ローブの男は嬉しそうに頷いているが、2-Aの者達にとってはたまったものではない。いきなり呼び出されて戦争のための戦力だって!? 男子の中からは怒声が飛び交うし、女子の中には泣き出すものがいた。皆思い思いに抗議の声を上げるが、あっという間にその場は収拾がつかないほど騒がしくなる。
ドンッッッ!!
騒ぎ立てる彼らが囲むテーブルの中央に雷が落ちた。テーブルは真ん中から真っ二つに割れて、亀裂部分からはプスプスと煙があがっている。
驚いた彼らが顔を上げると、椅子に座っていた女が杖をこちらに向けていた。
「……ここは猿共の檻か? 聞きたいことがあるなら答えてやるから代表者が話せ」
見下すような視線を彼らに向ける。彼らは目の前の現実に追いつくことが出来ず、キョロキョロとお互いの顔を伺い合う。
「何も無いのか?」
「あ、あのっ!」
クラス委員の男子が手を挙げる。彼も何から聞けばいいか分からない状況ではあるが、自分が代表して聞くしか無いと思った。
「い、今の雷は……?」
「見れば分かるだろう。魔法に決まっている」
「ま、魔法!?」
当たり前のように言う女に二の句が継げないクラス委員。
「なんだ、魔法を見たことがないのか?」
「俺……僕たちの世界では魔法は空想上のもので……」
「概念自体はあるということか。なら問題ない、すぐに慣れる。他には?」
魔法と言われて思考がフリーズしたクラス委員の代わりに、副委員の女子が質問を繋ぐ。
「えっと、なんで私達なんですか? 今言ったように私達、魔法なんて見たことなくて……当然魔法を使えるわけもないので、お力になれるとは思えない、かなって……」
「フム、異な事を言う奴だ。既に一つ使いこなしているでは無いか」
「え?」
「お前達、妾たちの言葉がわかっているのだろう?」
そう言われてその場の全員が気付いた。あまりに当たり前に理解できたから違和感すら感じていなかったが、彼女達……この世界の人々が先ほどから話しているのは日本語では無かった。もちろん英語などこれまで勉強して来た言葉でも無く、完全に未知の言語である。
だと言うのに、何を言っているのか理解できるのである。吹替え映画を観ているのとも違う。意識すると耳に入ってくるのは確かに未知の言葉なのに、日本語として理解できるという不思議な感覚である。
「お前達が話している言葉もこの世界のものになっているのに気付いていないか?」
「え? ……あ、本当だ! 考えたことを喋ろうとすると勝手に違う言葉を話して、い、る」
意識した瞬間、副委員長をいいようのない不快感が襲い、思わず口元を押さえる。
「これは落ち人に自然に備わる魔法というか、スキルの一つだな。自動言語通訳、長いので「通訳」とでも呼ぶが、これによって耳から入る言葉は勝手にお前達が一番分かりやすい言語となり、考えた事を口にすれば勝手にこの世界の言葉が発せられる。変に意識するとそのように不快感に苛まれるぞ」
つまり、この場にいる全員がこの通訳スキルによって異世界の言葉を理解していたし、こちらの言葉で話していたというわけだ。
「お、落ち人と言うのは?」
「広い意味では違う理を持つ世界から、何かのはずみでこの世界に迷い込んだものを表す言葉だな。ただ、一般的にはその中でも強き力を持つものを指すことが多い」
「強き力、ですか」
「そろそろ気づくものが居てもいい頃合いだと思うが。各々、自分の中にこれまでなかった力が宿っているのに気付かないか?」
そう言われ、多くの者が反射的に自分の胸に手を当てて目を瞑った。
確かに力の鼓動のようなものを感じる。それどころか、その気になればすぐにでも発動できそうなほど、自分の魂そのものに馴染んでいる。
「通訳の他にもう一つ、落ち人に授けられるものがある。それが通称チートスキルと呼ばれる、個々の素質に合った特異な能力だ。この世界で産まれたものが持ち得ない、特殊な力。
そして我々はその力をこの国のために役立てて貰うべく、お前達を召喚したというわけだ」
キタコレ! 一部の男子の歓声が酷く場違いに響いた。
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