第28話 はじまりのおわり
旅立ちの朝。
荷物を持って村を出るアカとヒイロを見送るのは、この村で家族となった三人だった。
「それじゃあ達者でな」
「身体には気をつけるのよ」
「はいっ」
「これまでありがとうございました」
頭を下げるアカとヒイロ。
「地図は持ったか?」
「はい、ここに」
カバンからもらった地図を取り出して見せる。
「最後に確認だ。この村があるのが山の麓であるこの辺りだ。このまま東に真っ直ぐ半日ほど進めば南北に伸びる街道にぶつかる。街は北と南にあって、北の街はこの国の王都に近い分活気があって治安もいい。だが魔導国家について少しでも近づくなら南に進んだ方がいいだろう」
「南の街はあまり治安が良く無いって聞きましたけど……」
「ああ。だからそこでは食料の補充程度に留めて通り過ぎてしまった方がいい。そのまま南へ五日ほど進めば港町がある。行商人によるとそこは王都に負けず劣らずの活気があるらしいし、情報収集はそこで行った方が良いだろうな」
魔道国家は遥か南にあるという話であるなら、北にあるこの国の王都へ向かうよりも、南に向かいながら情報収集した方が稼げるといる理屈だ。
「わかりました、そうします」
「ああ、達者でな」
地図をしまっていよいよ準備完了だ。
「あ、あの……アカ、ヒイロ!」
「ルゥ?」
エルの後ろに居たルゥがアカ達の元に駆け寄ってくる。
「最後に、もう一回だけ……」
そう言って両手を広げる。アカとヒイロは少し屈んで、ルゥをぎゅっと抱きしめる。三人で抱き合ったまま、別れを惜しむようにお互いの顔を寄せた。
「じゃあね」
「うん……、あ、あの……」
「何?」
「……いや、やっぱりなんでもない」
何か言いたげな様子のルゥを見て、ヒイロはピンときた。アカに日本語で小さく耳打ちすると、アカは納得したように頷きルゥの頭に手を置いた。
「ルゥ、最後にはひとつお願いしてもいい?」
「お願い?」
「うん。私達が魔道国家や、それ以外にも世界中を探して、何年も何年も……それでも、もしも元の世界に帰る方法が見つからなかったら、その時はこの村に帰ってきてもいいかな?」
「私達、この世界に帰る場所って無いでしょ? だからもしもの時に帰ってくる場所があるって思えたら安心して旅ができるなって思うの」
ヒイロもアカに続く。ルゥは顔をパァッと明るくして大きく頷いた。
「うん……うんっ! 分かったよ! 二人が帰ってくる場所として、ここで待ってるから!」
「ありがとう」
「じゃあルゥ、またね」
「うん! 二人とも、またね!」
最後にとびきりの笑顔を見せてルゥは二人を見送った。
後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、アカとヒイロは歩き出したのであった。
◇ ◇ ◇
「あんな事言って良かったの?」
「うん?」
隣を歩くヒイロが唐突に聞いてくる。
「もしも帰れなかったらって」
「……ヒイロはさ、魔導国家に行ったら私達が元の世界に帰る方法が見つかると思う?」
「えーどうだろう。正直全然分からないなあ」
ヒイロの答えに、アカは頷く。
「私も同じ。っていうか私達ってこの世界に来て半年だけどあの村のこと以外、何も知らないじゃない。だから魔導国家っていうところに行けば帰れる保証もなにも無い中で闇雲に動き回るよりはマシってぐらいの指標としてそこを目指してるわけで」
「うん、まあそうだね」
「だから今はまだ帰れる可能性ってフィフティフィフティかなって」
「つまり半分くらいは帰れないかもってこと?」
「もちろん全力は尽くすわよ。だけどもしも叶わなかった時の覚悟は必要だと思ってる」
「なるほどね。その時の心の拠り所として帰る場所があるって事実が助けになると」
「そんな打算的な考えだったわけでも無いけど、でも否定は出来ないかなぁ」
ルゥの事は妹のように可愛く思っていた。だからこそ最後は笑顔で別れたかった。だからいつかまた会おうと約束するのは、そこまで不誠実なことでも無いとは思うのだが……。
「でも安心したよ、アカがなんだかんだでこの世界に永住するつもりだったらどうしようかと思った」
「それは無いわよ」
「だよね。魔法があるって事を差し引いてもこの世界は不便すぎるもん」
「……ヒイロ?」
「ん? もしかしてアカは魔法が使えるのも悪くないって思ってたりする?」
「悪い悪くない以前の話かな」
「それもそうか」
アカが気になったのは、ヒイロが帰りたい理由として利便性を挙げた事だった。確かにそれはある。衣食住どれをとっても日本のそれとは比べるべくもない。
――だけど、アカが帰りたい一番の理由は「家族に会いたいから」である。あの日、当たり前のように家を出て修学旅行に向かった。あの行ってきますが両親と交わした最後の言葉になったなんて認めたくない。自分が帰ってくると信じて疑わずに送り出してくれた二人を悲しませたくない。
ヒイロも日本に帰りたいと思っている、ギタンの娘にしてくれるという誘いを断った時に改めてお互いの意思を確認し合ったからそこは間違いない。だけどその動機についてはそういえば話した事は無かった……というよりアカにとっては当たり前のように家族と再会する事が理由だったから無意識にヒイロもそうだろうと思い込んでいた。
もしかしてヒイロって家族と仲が良くないのかしら?
アカとヒイロはこの半年間、ずっと一緒だったとはいえそれ以前はほとんど話した事がなかったただのクラスメイトであった。お互いのプライベートについては意外なほど何も知らない。
「……ヒイロって日本にいたとき、恋人は居た?」
「え、どうしたの? 藪から棒に」
「もし居たのならその人が帰りたい理由にならないかなって思ったから」
家族には会いたくないの? とは聞けずに、なんだか中途半端な聞き方になってしまった。
「あー、そういうことか。残念ながら恋人いない歴イコール年齢のモテない女だよ。アカこそどうなのよ?」
「私も出来たことないわよ」
「そうなんだ? かわいいのに意外」
「部活と勉強で忙しかったからね」
「アカって実は優等生だよね」
「そうかな、普通だと思うけど……」
なんだかここにきて初めて、友達同士っぽい会話をしている気がする。
……友達同士、か。
同郷で、同じ火属性魔法を使えて、同じ目的を持った友達。
「ヒイロ、これからもよろしくね」
アカはこれから同じ道を歩むパートナーに改めて握手を求める。
「え、改めて言われるとなんか照れるね」
そう言いながらもヒイロはアカの手をとり笑って見せた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
――後にこの世界に生きる人々から、尊敬を畏怖を込めて双焔の魔女と呼ばれことになる二人の、長い長い旅路はこうして幕を開けたのであった。
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