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双焔の魔女の旅路  作者: かおぴこ
第15章 魔導迷宮探索
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第209話 目覚め

「ん……」


 窓から差し込む日差しが眩しくて、アカは目を覚ました。


 起きようとすると、自分の身体なのにひどく重く感じる。痛みというよりは、寝過ぎて怠いの究極形のような重さだ。


「ここは……?」


 なんとか身体を起こして周りを見るが、知らない部屋である。……先日まで自分たちが宿泊していた宿の部屋に雰囲気は似ているけれど、ベッドはこんなにしっかりとしていなかったし、布団だってフカフカではなかった。まるでムスコット伯の家に泊めていただいた時に体験した貴族様の寝具のようである。


 暫くそのまま周囲を観察するが、ここからでは得られる情報は多く無い。とりあえず部屋を出てみようかと立ち上がるが、身体がふらりとよろけてしまった。


 慌ててベッドに右手を付いて初めて違和感に気付く。


「包帯? 別に痛みはないけれど……」


 右手が肘の辺りから指先まで包帯巻きにされている。骨折してギブスを着けているかのような見た目だが、指先まで丁寧に包帯が巻かれているのはちょっと違和感がある。


 と、腕から自分の身体に視線が移る。アカが着ていたのは丁寧な刺繍が施された白いレースの上品なネグリジェで、手触りも良くこんな上等な服はこの世界に来てから身に付けたことは無い。


「というかウイ様ですらこんな寝巻きは持ってなかったような……。まさかコレって……」


 混乱していると、部屋の扉が開く。そこから部屋に入ってきた顔を見てアカは安心した。


「カナタ」

「アカッ! 目を覚ましたのね!」


 カナタはアカが起きている事に気がつくと、持っていた服を――綺麗に畳まれていたので、おそらく洗濯を終わらせたところなのだろう――放り投げて、アカに抱きついてきた。


「わわっ、カナタ、」

「良かった……良かった……! ごめんなさい、私が無理を言ったせいで……! アカが死にそうな事態になるなんて、私、そこまで考えていなくって……!」


 アカの胸の中で後悔を懺悔を繰り返しながら涙を流すカナタ。暫くされるがままになり、ようやく少し落ち着いたところでアカはカナタを引き剥がした。


「私は大丈夫だから……というかカナタ、何があったのか知っているの?」

「うん……ヒルダ様とヒイロから聞いた話をつなぎ合わせて、何があったのかは大体分かっているわ」

「そ、そうだわっ! ヒイロとヒルデリア王女は無事なの!?」


 ヒイロの名前を聞いて、一気に記憶が呼び起こされる。自分がこの場にいるという事は、ヒルデリア王女はおそらく無事なのだろうが、死の王の城で別れたきりのヒイロの安否が急に心配になる。


「落ち着いて。二人とも無事よ」


 慌てて辺りをキョロキョロと見回すアカを、カナタが優しく制する。


「え、ええ……それで、ヒイロはどこに?」

「今はヒルダ様とジャンヌ様と、三人でちょっと出掛けているけれど、明日には戻る予定」

「三人で? 明日って事は、ここには居ないの? というかここってどこ?」

「ここは、スウェイの町の宿屋さん。試験が終わって他の受験生が王都へ帰ったから、空いた部屋を借りてアカの看病に使わせてもらっていたの」

「試験……そうだ、試験は!? どうなったの!?」

「落ち着いてって。アカ、あなた十五日(半月)も寝込んでいたんだよ。寝たきりで体力も落ちてるはずだし、まずはゆっくり休んで落ち着いて。詳しい話は明日、みんなが帰ってきてから聞いた方がいいでしょ?」

「だけどヒイロは……」

「ヒイロは無事! 元気だよ! ほらほら、寝てなさい」


 強引なカナタにベッドに寝かされてしまう。抵抗しようにも碌に身体に力が入らないことに、その時初めて気が付いた。横になると全身の脱力感がさらに増す。とにかく一番知りたい情報……ヒイロの無事だけは伝えられたので、観念してカナタの言う通りにしようと布団を掛けた。


 カナタは良し、と頷くと窓の方へ向かった。


「夕陽が眩しいから閉めるね。あとでスープを貰ってくるから、それまでちゃんと寝てるんだよ」

「はぁい……あ、カナタ。この服とお布団ってもしかして……」

「細かいことは気にしないで寝てなさい。ヒルダ様のご好意だから甘えちゃって大丈夫」


 注意しつつも質問には答えてくれたカナタであるが、今度こそアカにめっ! と念を押して部屋を出て行った。


 やっぱり王族の寝具かぁ……どおりで寝心地最高じゃん。カナタは私が十五日も寝てたって言ったけど、それって魔力の枯渇だけが原因じゃなくて、寝心地が良過ぎるからだよきっと。


 色々と安心したアカはせっかくなので、二度と味わえないかもしれない寝心地を改めて存分に味わうべく、目を閉じた。するとあっという間に睡魔が襲いかかってくる。それに抗う事なく身を委ねた。


 ……。


 …………。


 ………………。


「ねえ、カナタ。私のスープだけ具材が入ってないんだけど」

(あっき)れた。あんなに長い事昏睡していていきなり固形物が食べられるわけないでしょ。流動食からだよ」

「ええ……大丈夫な感じはするんだけどなぁ」

「いけません。リフィーディング症候群って知らないの?」


 極度の飢餓状態でいきなりちゃんとした食事を摂ると体調を崩して最悪死ぬこともあるってやつだっけ? 感覚的にはそこまで餓えて無いんだけど、と思いながらもカナタがアカを慮って言ってくれている事は伝わってきたので、素直に頷いてスープを飲む事にした。


◇ ◇ ◇


「お風呂はまだ辞めておきなさい」

「カナタ、お母さんみたい」

「目を覚ましたあなたが無茶しないようにってヒイロからも頼まれてるの!」

「ヒイロから?」

「ほら、身体拭いてあげるから服脱いで。ついでにこっちに着替えてね」

「そ、それくらいは自分でできるから!」


 カナタから絞った濡れ布巾を受け取ると、アカは汗を拭いた。そういえばしばらく眠っていたにしては、体に不快感が無い。


「あの、私が眠っている間は、もしかしてカナタが?」

「私はそれでも良かったんだけど、基本的にヒイロがやってたよ」

「そっか……ありがと」


 新しい寝間着に着替えたアカは右腕に目をやる。


「この包帯を巻いてくれたのは?」

「それもヒイロ。落ち着いてから外したほうが良いって言ってたから、勝手に外したら怒られると思うよ」

「そうなの?」

「……とにかく、今日はもう寝なさい。アタマ使うと疲れが取れないから、余計なことを考えちゃダメだよ」

「余計なことも何も、分かんないことだらけなんだけど」

「色々と教えたら気持ちが昂って休まらないでしょ。とにかくみんな無事、それだけは間違いないから、あとは明日みんなが戻ったらね」

「戻るって何処に行ってるの?」

「ダーメ、それが余計って言ってるんだよ」


 カナタはアカを強引に布団に寝かせると、そのままランタンを持って部屋の外へ向かう。扉に手をかけると、くるりと振り返って手を振った。


「私は隣の部屋にいるけど、何かあったら枕元のベルを鳴らしてね。すぐに来るから」

「ナースコールかよ」

「似たようなものだよ。寝ててもその音が聞こえたらすぐに動けるように訓練してるから」

「王女様の侍女としての、嗜み?」

「そんな感じ。じゃあまた明日ね。おやすみ」

「うん、おやすみ」


 パタンと扉が閉まり、辺りは暗闇に包まれる。とはいえ窓の隙間から月明かりが差し込んで来るので、目を凝らせば何があるか見える程度の暗闇だ。あの真っ暗な城の地下とは大違いである。


 安心して布団に身を沈めると再び眠気が襲ってきた。まだまだ体は休息を必要としているらしい。……色々と気になることは多いが、確かに今は体調を戻すことに専念したほうが良さそうだ。アカは素直にカナタに従い、これ以上色々と考えるのを辞めて眠ることにした。


◇ ◇ ◇


 翌朝。カナタが部屋に入る気配でアカは目を覚ました。


「カナタ、おはよう」 

「おはよう。よく眠れた?」

「おかげさまで」

「どれどれ……うん、顔色はだいぶ良くなってるね。起き上がっても大丈夫なの?」

「どこかが悪いわけじゃないからね。ずっと寝ていたら余計に体が疲れちゃう」


 魔力の枯渇により昏睡していたため、きちんと休めば体調は整っていく。前回(※)もそうだが、完全にゼロになると意識が戻るまでに長い時間を要するものの、一度目覚めればそこからは普段通りに魔力は回復していくようだ。

(※第12章 第168話)


「それならいいけど、無理はしちゃダメよ?」

「分かってる。心配してくれてありがとう」 


 ベッドから起き上がり、部屋を見回す。


「どうしたの?」

「この格好で外に出るのは恥ずかしいかなって。私の服ってある?」

「ああ、これを着ていいよ」


 そう言ってカナタはトランクケースから服を取り出してアカに手渡した。ドレスでこそ無いものの、襟の付いたカッターシャツと黒いロングパンツは上質な布で作られていて、明らかに貴族様のそれである。


「カナタさん、これは……?」

「さすがに冒険者用の服は無かったから、ジャンヌさんの室内用仕事着の替えだね」

「私の着ていた服は無いかな?」

「一応洗ってあるけど、ヒルダ様の恩人にあんなの着せたら私が怒られちゃうから」


 あんなのって、確かに貴族様の服に比べたら……比べるのも烏滸がましいほど質素な服だけど、それでも私たちは常用してるんだぞ。とはいえカナタが怒られると言われればそこまでしてボロい服を着たいわけでも無いので、大人しく渡された服に袖を通した。


「これで変じゃない?」

「うん大丈夫。アカ、似合ってるよ」


 カナタは嬉しそうに笑った。


 その後、共に朝食を摂ったあとは――大事をとって今日もスープだけにしておきなさいと言われてしまったが――宿の外に出て身体を動かしてみる。


 そんなアカを心配してかカナタもちょこんと付いてきた。ちょっと動いてみるだけで無理するつもりは無いんだけどなと苦笑しつつ、裏庭に回りまずは柔軟から始める。


「やっぱり少し硬くなってる……かな?」

「十分凄いけど。アカってそんなに体が柔らかかったんだね」

「この世界に来てから、かなぁ」


 片足を頭の高さまで上げた姿勢でバランスを取りながらアカは答える。柔軟をしたのち、軽くピョンピョンと飛び跳ねてみた。うーん、まだ身体が重たいな。無理すれば動けるだろうけど、全快と呼ぶにはまだ時間がかかりそう。


「調子はどう?」

「悪くはない、かな」

「まだまだ本調子には程遠いってことだね」


 しっかりお見通しか。


◇ ◇ ◇


 陽が高くなる頃に、部屋で休んでいたアカのところに家事をしていたカナタがやってきた。


「ヒルダ様達が戻られたわ。アカが目を覚ましたって伝えたら話をしたいって。今から大丈夫?」

「あ、うん。平気だよ」


 カナタに連れられて隣の部屋に入る。こちらは大人数が泊まれる用の部屋のようで、部屋の奥にベッドが三つも並んでいる他に丸いテーブルとイス、ソファまである。


 ソファに腰掛けていたヒルデリア王女は部屋に入ったアカを見ると立ち上がり、微笑みながら頭を下げる。


「アカ、無事に目が覚めてよかったです。助けて頂いたお礼も言えずにいたので」

「いえ、とんでもないです。私が眠っている間、ずいぶんと良くして頂いたみたいで……」


 恐縮するアカに、ヒルデリア王女は優雅に首を振る。


「私が今こうして生きていられるのはアカとヒイロ、あなた達のおかげです。命の恩人に対してこの程度のことしか出来ないのが心苦しいくらいで」


 そんなヒルデリア王女の隣で座ったままだったヒイロも、その場で頭を下げる。逆サイドで直立していた女騎士――確か、ジャンヌと呼ばれていた――は、そんな態度に気にした風もなくチラリとヒイロを一瞥しただけだった。


「あ、ヒイロ……」


 アカは、ヒイロに声を掛けようとした。だが、なんと言って良いのか、やっぱり言葉が出てこない。

 ありがとう、ごめんなさい、貴方も無事で良かった、色々と伝えたい事はあるけれど、最後に交わしたのが半ば決別のような言葉であったため、それをなかった事にして声を掛けるのも違う気がする。だけど、この場には二人の他にカナタとヒルデリア王女とジャンヌもいるので、ここで先日の喧嘩の続きをするのも憚られる。


 ……そんなアカの考えが伝わったのかどうなのか、ヒイロは黙って立ち上がるとそのまま無表情にアカの正面に立った。


「えっと、この間は、その……」

「……」


 必死で言葉を探すアカに向けて、ヒイロは手を挙げて大きく振りかぶった。

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