第208話 決着
龍が現れ、身体に首を突っ込んできた直後にアカの体内に流れ込んできたのは紛れもないヒイロの魔力であった。
ここにいない筈のヒイロの魔力が何故、地龍王を経由して流れてきたのかは分からないが、この魔力は死の王を倒すためにヒイロから託されたものだと瞬間的に直感した。その直感に従って受け取った魔力を全て炎に換えて全力で撃ち出したのである。
死の王は勢いよく噴き出した炎に焼かれながらも、身体から闇のオーラを噴き出して炎を包み込もうとする。
「やはり、先程までと同じ……」
「同じじゃ、ない……っっ!!」
ヒルデリア王女の言葉を否定するようにアカはさらに魔力を込めて闇のオーラを抑え込む。死の王はさらに抗い強く闇のオーラを噴き出すが、アカはさらに魔力を込める事でその上から闇を塗り潰す。
炎と闇の壮絶な押し合い。これまでであればアカに勝ち目はなかった。相手は「死」そのものであり、仮に瞬間的な出力で上回ったところで無尽蔵に湧き出る闇の力に対して、有限の魔力しか持たないアカではどうあっても焼き尽くす事など出来なかったからだ。しかしその不死性はヒイロによって先程から失われている。無論アカはそれを知ることは無いが、それでも今この瞬間、相手を押し切る事に彼女は命を賭ける。ここが勝負どころだと判断したのは龍の力による直感か、或いは魔力からヒイロの思いを受け取ってか。
残された左手に全ての魔力を込めて炎を放つ。死の王の闇の魔力に必死に抵抗しつつ、じわりじわりとその身体を焼いていく。
「すごい、これなら……!」
隣でヒルデリア王女が期待に満ちた声を挙げる一方で、アカの心は焦燥で満たされていた。
……このままだと、押し切る前にヒイロの魔力が尽きる……!!
相手の抵抗が強すぎる。魔力の出力では僅かにアカに軍配が上がっているが、それでもほんの僅かずつしか相手を押し込めていない。このままいくと相手の闇を押し込んだところで今度こそ魔力が尽きるだろう。そうなれば炎は出せなくなり死の王は遮るもののなくなった闇の力で悠々と全快、今度こそアカとヒルデリア王女の命運は尽きるだろう。
せめて、両腕があれば……!
基本的に魔法は片手で放つが、同じ魔法を両手からそれぞれ撃てば単純に威力は二倍である。とはいえ既に片腕で限界ギリギリまで出力を上げているので仮に右腕が残っていたとしてもそこまで劇的な変化は無いだろう……それでも、やらないよりはマシな筈だ。改めて、先程の失態が悔やまれる。
「このヤロウ……早く、あきらめろっ……!!」
一縷の望みを賭けて、さらに魔力の出力をあげる。限界を超えた魔法の発動によって、左手の感覚も無くなってゆく。それでも死の王は炎に屈する事なく闇の魔力を纏いアカの攻撃を押し返す。
刻一刻と時間切れが迫る。
「クソッッっっっタレェェェぇぇぇっっ!!」
なんとしても目の前の存在を焼き尽くす。思考をそれだけに染めたアカは、最後の魔力を振り絞ると同時に、右腕も突き出した。その両手から撃ち出された最後の炎はアカの前で真紅の龍となり、死の王に襲い掛かる。
「ああああああああああああっっっっっっ!!!!」
意識を失う瞬間まで、全力で魔力を撃ち出したアカの炎は、遂に闇のオーラを突き破り死の王に直撃した。
ドンッッッ! ゴウッッッ!
着弾した炎はその場で真っ紅に染まり、死の王を焼き尽くす。
ドサリ。
「!? アカっ!?」
死の王の最期を見ることなく、全てを出し尽くしたアカは意識をその場に倒れた。
……。
…………。
………………。
アカが気を失ってからも炎は長い時間燃え続けた。普通、魔法は術者がコントロールを失えば長く保たない。それがこれだけの時間残されているというのは、込められた魔力が如何に多いかを物語っている。
ヒルデリア王女は壊れた自身のレイピアを見る。これに溜め込まれていた十年分の魔力、おそらくそれに匹敵する魔力が先ほどの魔法には込められていたのだろう。つまり自分が一生に一度使えるかどうかというレベルの魔法を、彼女はボロボロの状態から放ったという事になる。
この子は一体……。
侍女の同郷、つまり落ち人であると言うだけでは説明が付かない。
何もかもが自身の理解を超えた現象であった。
……と、ようやく火がブスブスと音を立てて消える。王女とアカをあれほど苦しめた男は跡形もなく燃え尽き、その地面に黒い焦げ跡を僅かに残すのみであった。
「勝った……と、いうことでしょうか……」
自身なさげに呟くが、それを肯定する者はこの場に居ない。だが、あれほど何をしても滅することの出来なかった相手が完全に沈黙したということは、恐らくそういう事なのだろう。
相手の回復力を、アカの炎が上回ったということなのでしょうか。でも何故あのタイミングでそうすべきと分かったのかしら? 王女はアカの様子を確認する。アカが意識を失っているのは魔力の完全枯渇による昏睡で、呼吸と心拍は安定しているし、幸い目に見える外傷は無い。
そう。外傷が無いのだ。王女はアカの右腕を見る。その腕は確かに斬り落とされた筈で、なんならあちらに血に塗れて転がっている。
だが、最後の瞬間にまるで初めからそこにあったかのようにそれは存在して、魔法の威力をさらに大幅に押し上げた。
戦闘で見せたように、アカの魔法属性は明らかに火属性……それも相当の熟練度である。失った四肢を再生させるのは高位の光魔法だけだ。それも、瞬時に再生させることができるような使い手は国中を探しても見つからないだろう。
では何故彼女の腕はこんな形で再生したのか、これもまた大きな疑問である。
……疑問は尽きないが、いま優先するべきは安全の確保である。
ようやくなんとか動ける程度には魔力と体力が回復してきたので、王女は意識を取り戻さないアカを背負い、上へ向かう階段の方へ向かう。
何もかも分からないことばかりだけれど、この子が自分を助けに来てくれて、見事に強敵を打ち破りそれを成し遂げた事は間違いない。例えどれだけ疲弊していようと、そんな相手を真っ暗な地の底に残して行くなどできる筈は無いのだ。
先の男が、過去の討伐隊を壊滅させた正体だとしたら、それを討ち倒してみせたアカの功績は確実に特待生試験に合格出来るものだろう。
自分のために、この子を死なせる事は勿論あってはならないが、できれば試験も合格させてあげたい。
王女は重い体にムチを打ち、地上への道を歩き始めた。
◇ ◇ ◇
「勝ったのか。契約通り魔力は渡したが、それでもあの状況から勝ちの目はほぼ無いと踏んでいたのだがな」
地龍王はヒイロから預かった魔力を渡しただけで、アカの怪我を治すような事は一切していないし、当然死の王の呪いが解けたことも伝えたりはしていない。
アカは知ってか知らずか唯一の勝ち筋を瞬時に見つけ出し、全力でそれに賭けた。もしあの場で少しでも守りに入ったり、受け取った魔力を温存しようなどと考えていたら今頃はあそこに二つの屍が並んでいただろう。
「なるほど。此奴らがここまで生きて来れた理由の最たるは、この勝負勘というわけか」
アカとヒイロが痴話喧嘩をしたところを見たときはなんとくだらない事で命を投げ捨てるのかと呆れたものだが、結果的にその行動がヒイロに城の呪いを解かせる流れに繋がり、死の王を滅するという結果に繋がった。
この偶然を引き寄せる運と、僅かな勝ち筋を見つけた瞬間に迷いなく飛び込む決断力。
「……これからに期待出来そうだ。少なくとも、暫くの暇潰しには事欠かないだろう」
地龍王は傍らで倒れるヒイロ――こちらも魔力を失ったことにより昏倒しているわけだが、地龍王は彼女を介抱する慈悲までは持ち合わせていない。そのうち勝手に目覚めるだろうと放置している――を見て数千年振りに笑ってみせた。




