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双焔の魔女の旅路  作者: かおぴこ
第15章 魔導迷宮探索
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第205話 暗闇を彷徨うもの

 ヒルデリア王女は、暗い城の地下通路を注意深く進んでいた。


 求められている成果として彼女が考えていたのは、数十年前の第二次遠征隊の遺留品だ。多くの調査員が犠牲となったが何が起こったのかは謎に包まれている。

 分かっているのは、この城に入った者はほとんどが命を落としたという事。僅かに生き残った者もまともに話すことが出来ないほど精神を狂わせてしまっており――彼らが持っていたメモから、この城の下層には悍ましい何かが居て、そこに降りた者は誰一人戻らなかったということだけが判明した――城の中の様子や、下層で何が起こったかを知る者は誰もいないのである。


 そんな魔導迷宮の奥にある城であるが、実際にその前に立つと恐ろしさに震えた。それでも、ここで戻っては特待生試験に合格するなど夢のまた夢と自信を奮い立たせて中に入ったのである。


 地下へ向かう階段は入り口のすぐ近くにあった。降りるべきか、それとも上を探索するべきか少し悩んだものの、先行する他の受験生が降りて行った形跡があったため已む無く地下へ進むことにしたのだ。


 下層は、相変わらず真っ暗で手元の魔道具の灯りが頼りである。天然の洞窟と違い最低限の人の手こそ入っているものの壁を雑に掘り進めた様子で幅数メートル、高さは高いところで王女の倍程度、低くなると少し身を屈めないと進めないぐらいの幅といった具合であるが、進むのに窮するような場所はなかった。時折分かれ道があったが、都度目印をつけて迷わないようにしてはいる。


 ただこの場所の重苦しい雰囲気と、狭く暗い洞窟を一人きりで歩くという心細さからその足取りは重い。また慎重に周囲の様子を確認しながら一歩一歩と進んでいるため、さらにその歩みは遅い。


「ここも、さっき通った道ね……」


 また、通路を進んだ先で結局迂回して分岐に戻ってくることもあり、結局のところ彼女は数時間かけてもまだ碌に奥へ進んでいなかった。


 ……。


 …………。

 

 暗闇の先についにヒルデリア王女が見つけたのは、一人の人間の無惨な姿であった。


 それは、彼女が期待した数十年前の遠征隊の遺留品ではなく、つい先ほどまで生きていた者の亡骸。モルト・ロステスト――確か、筆記試験の際に平民であるヒイロと一悶着を起こした男だ。彼は、恐怖に歪んだ表情を顔に貼り付けたまま胴から真っ二つにされて転がっていた。


「ひっ……!」


 その悍ましい姿にヒルデリア王女は小さく悲鳴をあげる。だがそれも一瞬。すぐに冷静さを取り戻し、腰から銀のレイピアを抜いて構えると、慎重に周囲の様子を探った。恐怖に支配されては次に命を落とすのは自分である。

 

 ……そのまま暫く辺りを窺い、とりあえず彼を亡き者にした犯人はこの場には居ないと判断すると、剣を納めて目と前の死体を観察する。碌な弔いも出来ずに申し訳ないが、今は何があったのかを知ることが重要だと判断した。


 上級貴族にありがちな横柄さを発揮した彼であったが、その魔力と魔法の腕前は同年代のものの中ではピカイチであったと聞いている。ロステスト家は代々風魔法の使い手を輩出することで有名だがモルトもその名に恥じず、この若さで風魔法の最難のひとつとされる空中飛行の魔法すら使いこなせるとの事であった。


 そんな彼の手には折れた(触媒)が握りしめられていて、さらに注意深く辺りを見回せば壁に切り刻んだような跡――風の刃の魔法によるものと思われる――が付いていることから、何かと戦ったであろうことは明らかであった。


 彼ほどの実力者がこのような無惨な姿となっている。それはつまり、ヒルデリア王女もこの惨状の犯人に出会ってしまったら同じ目に遭う可能性が高いことを示している。自分の魔法の腕が彼より劣っているとは思わないが、これほどまでに圧倒できる自信はない。何より相手を殺そうという強い意志が無ければこのように無慈悲に人を一刀両断する事は叶わないだろう。


 次に、傍らに転がっていた荷物を改める。水と食糧、それといくつかの魔道具が入っていた程度で、彼を襲った者を示す手掛かりは見つからなかった。……また残念ながら、試験の成果となりそうなものも入っていない。


 そう、試験だ。


 仮に彼の手荷物に遠征隊の遺留品があったとしたら、自分はそれを持ってここから逃げ帰っただろうかとヒルデリア王女は自問する。そして直ぐにその考えを否定した。そんな火事場泥棒のような真似をして、誇りを持って特待生になれるか? 否である。結果も重要だが、そこに至る過程も王族として恥じない者で無ければならない。


 改めて強く決意したヒルデリア王女は亡骸に手を合わせ、せめてもの遺品として折れた杖を回収すると探索を再開した。


◇ ◇ ◇


 ヒュウ、とほんの僅かに風を切る音が聞こえた気がした。咄嗟に身体を屈めつつ、音と逆方向に転がるように飛び込んだ。


 そのまま回転して体勢を立て直しつつ、腰のレイピアを抜いて暗闇を見つめる。


 ……。


 ……。


 ……。


 ぬらり、と闇の奥からひとりの男が現れた。背はヒルデリア王女より頭二つ分は高く、引き締まった身体は上等な服に飾られ、その手には男の身長ほどもある長い剣がだらりと握られている。


 整った顔には生気は感じられず、虚な眼差しでヒルデリア王女を見ていた。


「先手必勝!」


 ヒルデリア王女は相手に声をかけることもせず、周囲の地面や壁、天井から無数の岩の槍を男に向けて生やす。


 ガガガガガガッ!


 無数の槍が男の全身を貫いた。十本以上の岩の槍が身体を貫通して男の動きが止まる。しかしヒルデリア王女は魔力を込めたレイピア(触媒)を真っ直ぐに男に突き付けながら魔法を維持していた。


 ……この男が、先ほどの惨劇の主であるのなら、この程度で倒せるはずはない。このぐらいの攻撃力はモルト・ロステストも発揮できただろう。だからこの岩の槍は攻撃でもあり、相手を拘束するための意味合いも強い。事実、男は身体中に突き刺さった槍が抜けずに踠いている。


 そのまま数呼吸。次の攻撃として体内の岩の槍からさらに小さな槍を無数に枝分かれさせて、全身を外とか中から穴だらけにしようと考え、ヒルデリア王女はさらに触媒に魔力を込める。


「……っ! 魔力が、通らないっ……!?」


 先ほどまで確かに制御していた岩の槍(魔法)に魔力を送ることができなくなった事に気がつく。よく見ると男を貫いた岩の槍は徐々に漆黒に染まり、そこから槍はボロボロと崩れ始めている。


「魔法の制御を無理やり奪ったというのですか……っ!」


 それでも槍が形を保っているのは、ヒルデリア王女が送り続けている魔力が精一杯の抵抗をしているからである。気を抜いたら一瞬で魔法を奪われ、槍を壊されてしまうだろう。


 しかし、このままでも同じ事。既に魔法の制御は奪われつつある。


 と、腕が自由になった男がその場で乱暴に剣を振るった。


 マズイ、と直感したヒルデリア王女はを身を翻しその場を離れる。その一瞬あとに、今までいた場所を魔力の斬撃が走り、背後の壁に深い深い亀裂を入れた。咄嗟に躱わさなければ、自分もモルトと同じ運命を辿っただろう。


 だが一太刀躱わしたからとて状況は好転していない……どころか、確実に悪化している。何故なら今の一瞬で男を拘束していた岩の槍への魔力供給が途切れてしまい、その制御を完全に奪われたからだ。


 男からじわじわと滲み出る闇があっという間に槍を包み込み全てが砂となり崩れ去った。


 改めて男が剣を構えると同時に、ヒルデリア王女は切り札を切った。


「押し潰せ……っ!!」


 周囲の壁と天井に魔力を込める。床が競り上がり、壁が迫り、天井は真っ直ぐに落ちてくる。周囲を岩肌に囲まれたこの場所だからこそ使える全力の奥義だ。圧倒的な質量で、目の前の男を押し潰す。


 ガシッ!


 男は片手を上げて天井を、足で床を押し付けつつ、剣で迫る壁を押し返す。そこから闇が吹き出して、ヒルデリア王女の魔法の制御を奪わんとする。


「そうは……させませんっ……!!」


 王女はレイピア(触媒)に埋め込まれた宝石――自身の血を込めた石に十年以上コツコツと注ぎ続けた努力と時間の結晶――に込めた魔力を一気に解放した。


 土の魔力がその場を包み込み、闇を押し返す。


 パリンと宝石が砕けると同時に最後の奔流を見せた魔力は、一気に床壁天井を染め上げて、そのまま男を押し潰した。


 ドドーン! と凄まじい音と震動を立てて、ヒルデリア王女はなんとか男を岩の中に封印する事に成功した。


「はぁっ、はぁっ、はぁ……っ!!」


 全身に汗をかき肩で息をしながら、ヒルデリア王女はその場にへたり込む。たったひとつの魔法に文字通り全ての魔力を注ぎ込んだ。魔力を込め続けた宝石を差し出さなければ今ごろはこの岩石封印(切り札)すら破られていたに違いない。


「はぁ、はぁ……ふぅ。これは、帰らざるを得ないですね……」


 数分たって、ようやく息が落ち着いた頃、ヒルデリア王女は探索を切り上げる事にした。触媒を失い、魔力のほとんどを消耗した以上はもう戻らざるを得ない。まだ何も見つかってはいないが、命があるだけマシだろう。


 そう思ってきた道を臨むヒルデリア王女。その後ろから、ピシッと小さな音が響いた。


「なっ……!?」


 ピシッ……ピシッ……!


 慌てて振り返ると、既に壁と化したはずの岩石封印に、少しずつヒビが入っていく。ヒビからは闇が漏れ出して、じわじわと岩の壁を侵蝕していく。


「そんな、私の十年分の魔力だというのに……」


 ヒルデリア王女は魔法使いとしては一流だ。そんな彼女が十年間少しずつ貯めた魔力は、並みの魔法使いの数百人分に匹敵すると言っても過言ではない。その全てを注ぎ込んだ魔法の制御を、目の前の闇は奪おうとしているのだ。


 封印は直ぐに破られる、ここに居てはいけない。そう判断したヒルデリア王女は慌てて駆け出そうとするが、疲労と焦りから足をもつれさせてしまう。


 倒れた身体を起こすより早く、岩の壁は完全に闇に呑まれた。


 先ほどの岩の槍と同じく、目の前を覆う壁はサラサラと砂になり、そこから男が現れる。


「くっ……!」


 精一杯の抵抗。僅かに残った魔力を振り絞り、石飛礫を男に向かって打ち出すが、男が纏う闇の魔力によって飛礫は一瞬にして勢いを無くして砂になる。


 今度こそ全ての力を使い果たしたヒルデリア王女は、その場に力無くへたり込んでしまった。


 男が剣を振りかぶるのを見ながら、ヒルデリア王女は先ほど見た亡骸……モルトの気持ちを理解した。ああ、おそらく彼も全力で抵抗したのでしょう。そしてこうして何も通用せず、全ての手札が尽きて絶望に顔を歪ませることとやむたわけですか。


 ……どこか諦めに似た感情で、目の前の男の動きを眺める。ほんのひと呼吸のちに自分もあの攻撃の餌食となるなだろうと。


 結果的に、ヒルデリア王女の努力は相手をほんの数分閉じ込めただけの結果に終わった。しかし、それは決して無駄では無かった。何故ならその数分の猶予によって彼女を護る者が駆け付ける事が出来たのだから。


 ガンッ!


 無造作に振るわれた剣と王女の間に滑り込むように割り込んだ影は、手に持ったメイスで男の剣戟を弾き返した。


「無事ですかっ!?」

「え? え、ええ……」


 真紅の炎を纏いながら呼びかけるのは、同じ受験生であり侍女(カナタ)と同郷で友人でもあるという、アカという少女であった。

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