第204話 すれ違う二人
地龍王が話すには、この城の主は民から慕われる良き王であったという事だ。王と言っても、この城と周囲の街を統べるだけの小さな国……領地と言った方が正しいかもしれないが、数百年前にはそういった小国が山ほど有り、ここもそのひとつであったらしい。
彼らはこの国の地下不覚に眠るとされる地龍王を敬い供物を捧げる敬虔さを持っており、尊敬を受けることは地龍王にとっても悪い気のするものではなかったので、稀に今アカとヒイロに見せているように姿を見せては彼らに助言や加護を与えることもあったらしい。
そうやって何代も平和に国を治めていた時期もあったが、所詮はヒトの世の出来事。ある王の代にこの国も領地争いに巻き込まれた。
抵抗したものの隣国に攻められ劣勢を強いられた際に、王は国民を城に匿い籠城する。しかし援軍が来るわけでもなく、悪戯に消耗戦を強いられたことで兵糧は直ぐに尽き、幼い子供から順に栄養不足で死んでいくこととなった。
その中には王の愛し子も含まれており、我が子を喪った王妃はその絶望の中で我が子のあとを追うように息を引き取る。
兵糧攻めの中では順番の話であっただろう。まずは幼い子供が。次に女達が飢え、男は最後まで残る。それだけの事だった。
しかし愛する妻子を立て続けに亡くした王は狂い、禁断の手段を取る。それが城に残る者を生贄に捧げて憎き敵を屠るための力を得る事であった。
闇属性魔法に高い適性を持った王は儀式によって得た力を振るい隣国の侵略者を跳ね除け、敵国を一夜で滅ぼした王であったが、多くの民を亡くし、僅かな生き残りを生贄に捧げた時点で彼を王と仰ぐ者は存在せず、ただ復讐に狂った魔物と成り果てていた。彼の暴走とさらなる侵略を脅威とした周辺諸国連合によって彼は魔物と看做され討伐対象となる。しかし強大すぎる力を持った彼を討伐することは叶わず、結果的に多くの魔法使い達の犠牲引き換えに城ごと地下深くに堕とされて封印される事となる。
それがこの城というわけだ。
◇ ◇ ◇
「死の王と呼ばれ恐れられた彼奴は今もこの地下で恨みを燻らせている」
「恨みですか……原因となった隣の国はもう無いんですよね?」
「狂った者にそんな理屈は通用せんよ。ただ生きているもの全てが憎いのだろう。ここに城ごと封じられている故に外に出てヒトを殺し回ることは叶わないが、その代わり自らここに足を踏み入れた者を易々と帰してくれるほど甘くは無いぞ。無論、貴様らも例外では無いだろう」
「私たち、地下に進むつもりは無いですけど」
「ここに入るときに魔力を感じなかったか?」
「背筋を悪寒が走ったような魔力なら」
「それがこの城を包む闇のベールだ。入るものは拒まぬが外に出ようするなら闇で作られた壁を破る必要が有るだろう。並の魔法使いでは命を全て魔力に換えても破れぬ程の強度だが、龍の幼体である貴様らにそれができるかな?」
あれ、この龍もしかして遠回しに心配してくれてる? もしかしてツンデレというやつだろうか。
「死の王を倒した方が早いって事?」
「あれを倒すというのか、それこそ夢物語だな。それならまだ闇のベールを剥がす方が容易だろうな。何が目的かは知らぬが今この城には他にも侵入者がいるようだし、死の王がそちらに構っている隙であれば多少はベールも軽くな
だろう。逆に地下に進めば、我とて脱出できるか分からぬほどに奴の拘束も強くなる。
……まあどうなるにせよ久しぶりの余興、楽しませて貰うぞ。忠告するが、彼奴に殺される時は自ら龍の魂を消滅させろ。死の王が龍の魂を喰らったらそれこそ手がつけられない怪異となりえる。この城の封印を壊して外に解き放たれれば、国が滅びても不思議はないぞ」
それもまた面白いだろうがな、そう言って最後までアカとヒイロを見下す姿勢を崩さないまま、地龍王は姿を消した。
後には燭台によって生み出された祭壇が残される。
「火を消して点けなおしたら、もう一回出てこないかな」
「意識だけをここに顕現させてるって言ってたから、向こうにその気がなければ出て来きてくれないんじゃないかしら」
「それもそうか。まだ色々と聞きたいことはあったんだけどな」
「ヒイロったら、ずけずけと話すからこっちが緊張しちゃったわよ」
「まあ、私たちに危害を加えるつもりは無さそうなのはなんとなく分かったからね。滅茶苦茶バカにされたけど」
「龍なりにプライドがあったんでしょうね」
とはいえ多くの情報を得られたことは間違いない。地龍王から語られたヒトの歴史とこの城の出来事、死の王の話は恐らく過去の遠征の全滅理由に直結しているとも考えられる。
これらを無事に持ち帰れば恐らく試験は合格できるだろう。
「問題はこの城を無事に出られるかどうかってことね」
「私たちに闇の壁を突破できるかーだってさ。やってみないと分かんないもんね」
とりあえず入り口に戻って本当に出られないのか試してみようとヒイロは来た道を歩き出す。しかしアカはその場で考え込むように立ち止まっていた。
「どうしたの? とりあえずやってみてダメだったら考えようよ」
「それはそう、なんだけどね……」
アカが言葉を濁す。ヒイロは思考を巡らせて、その理由に思い至った。
「他の受験生の心配してるでしょ」
「……」
「ヒルデリア王女?」
「……」
アカは気不味そうに頷く。ヒイロは、不機嫌を隠すことなくアカに詰め寄った。
「アカ、約束したよね? ヒルデリア王女を助けるために、下層へ向かう事はしないって」
「うん、分かってる」
「だったらどうして今、助けに行こうとしてるの?」
「まだ、言ってない」
「言わなくても分かるよ。アカはヒルデリア王女を心配しているだけじゃなくて、助けるために下層に行きたいと思ってるでしょ」
「…………」
「さっきの話を聞いてた? この城から脱出するだけでもできるかどうかって話なんだよ。地下、つまり下層に向かえばまず脱出できないって。死の王っていう、恨みを募らせて国を滅ぼすような魔物が居るって言われたの」
「……だから、助けに行かないと、確実に死んでしまうから……」
「自分の身も守れない状況に飛び込んで助けるもクソもないでしょ。そもそもみんな、危険な場所に向かっているのは承知の上での自己責任だよね!?」
ヒイロの正論に、アカは反論できない。ヒイロは強引に城の入り口へ引っ張ろうとアカの手を引く。だが、アカはそれを払いのけてしまう。
「おいっ!」
「だって! ……だって、カナタが、護ってって言ったから……」
「世渡さん本人が危険な目にあってるならまだしも、彼女の雇い主でしかないだよ!? なんでアカが命を賭けてまで助けに行くんだよ!?」
「…………」
アカは俯き、黙り込む。なんと言ったら良いのか分からないからだ。
カナタと話したときに、いつもと違う印象を受けた。そりゃ、親友とはいえこんな世界で数年ぶりに再会したのであれば、印象は変わるだろう。だけどアカの記憶にあるカナタはあんなおどおどした態度を――少なくともアカに対して――とるような事は無かった。むしろ、こんな世界に放り込まれたとしても、アカなんかより余程逞しく生きて行けるタイプだったはずだ。
何が彼女を変えてしまったのかは分からないが、そんな彼女が護って欲しいと言ったヒルデリア王女は、きっとアカにとってのヒイロのように……もしかしたらそれ以上に、大切な人なのかもしれない。
漠然とそんな考えが過ぎるものの、ヒイロを納得させる言葉を紡ぐことができなかった。
「……私は許可しない。アカをみすみす死なせる訳にはいかないから」
「必ず、戻るから」
「気持ちだけでなんとかなる世界じゃ無いだろうがっ!」
ヒイロはアカの腕を強引に掴み、思い切り引っ張った。
「痛いっ! ヒイロ、離して!」
「下に行くつもりなら、この手は離せない」
「だってカナタが、」
「カナタカナタうるせぇなっ! 私とカナタとどっちが大事なんだよ!?」
「そんなの、選べるわけないでしょ!」
アカは魔力で身体を強化して、無理やりヒイロを振り解いた。そのまま顔を上げて、ヒイロを見ると思わず固まってしまう。ヒイロがその両目に涙を浮かべていたからだ。
「……選べるわけ、ない?」
「あっ……」
しまったと思った。
「私がこんなに行かないでって言ってるのに、アカは、世渡さんの願いのために、命を捨てようとするんだね……?」
「ちが、そうじゃ……」
「違わないよ!」
ヒイロは目にためた涙を零しながら叫んだ。
そうだ、何も違わない。ヒイロの行かないで欲しいという懇願を振り切って、それでもカナタの願いを叶えるためにヒルデリア王女を助けに行こうというのだから。
今ならまだ間に合う。「やっぱり自分がどうかしていた」と謝ってヒイロに寄り添い、その手を取る。そしてこのまま城の入り口を突破して、あとは迷宮から一目散に退散すれば良いだけだ。
だけど、アカにはどうしてもそれができない。
目の前で涙を流しながら、それでも真っ直ぐに自分を見つめるヒイロが目を逸らした。
「……ごめん」
呟くように吐き捨てると、そのまま顔を合わさずにアカは駆け出した。それでも、アカはヒルデリア王女を……親友の大切な人を見殺しにする選択は出来ないのだ。
……。
…………。
「アカの、バカ……」
一人その場に残されたヒイロは、泣きながら静かに絶望する。
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