第203話 祀られるもの
龍だと思えば、目の前の存在は龍っぽいかんじがする。西洋のドラゴンよりも、日本の昔話に出てくる竜に近いイメージで良く考えれば日本のアレも蛇に角とヒゲと手足が付いたようなものだった気がする。
そんな風に考えこむアカとヒイロに、目の前の龍はイライラした様子で声を掛ける。
「それで、何の用があって我を呼んだのかと訊いている」
「……あなた、龍ですか?」
「はあ?」
ストレートに訊ねるヒイロに、龍は呆れたような声をあげた。
「言うに事欠いて龍ですか、だと? 巫山戯るのも大概にしろ」
「そうは言っても、私達だってたまたまここに来てそれに火を点けただけですし」
そう言ってヒイロは燭台を指差した。
「それを灯すのが私を呼び奉る儀式だと知らずに行ったというわけか」
「そういうことです。なので申し訳ないんですが、特に用は無」
「こ、ここって、貴方を……龍を祀る祭壇っていうことなんですか!?」
ヒイロの言葉を遮ってアカは訊ねる。龍はつまらなさそうに首を捻るとアカとヒイロを見下ろしながら答える。
「我を知らぬと炎龍王が言うのか。飛んだ茶番だな」
「私たち、先代から龍の魂を受け継いだだけなので……」
「記憶の継承がうまく行っていないという事か? どれ」
龍は首をもたげると、そのままアカを頭から丸呑みにしていまいそうな勢いでずいっとアカに近づけてきた。急にびっくりしたけれど、敵意は感じ無いのでアカはそのまま正面から龍と向き合った。
「フム、確かに幼体だな。ヒト如きに化けてここに来るとは何の余興かと思ったが、手近な存在を乗っ取らざるを得なかったか。それにしてもよりによってヒト如きとは、王としての誇りすら捨てたか」
アカを……というよりも、炎龍王を嘲笑したように鼻で笑うと、そのまま最初の姿勢に戻る。
「どういう意味ですか」
「そのままだ。誇り高き龍の魂を、下等生物に受け継がざるを得ない時点で既に我と同類とは呼べぬだろうよ。ああ、何も覚えていない貴様らに答えてやろう、我こそこの大地を統べる地龍の王だ。尤も今では眷属は既に死に絶え、我自身もこの地の底で永く微睡んでいるだけだがね」
目の前の龍は地龍王と名乗った。
「やっぱり、ここにいるのは分身のようなものですか」
「微睡みの中の表層意識だけをこうして現世に顕現させているわけだが、まあ似たようなものか。察しの通りここに我の実体は無い」
「この場所はこうして貴方を呼び出すための場所だというわけですか」
「本当に何も知らぬのだな。元炎龍王がこんな下賤な姿になっているのを見て気分は悪くない、少し昔話をしてやろう」
そういうと地龍王は語り始めた。
◇ ◇ ◇
はるか昔、龍が地上の支配者だった時代。地と空と海と火山、そして光と闇。それぞれを統べる国があり、それぞれの国の力は互いに拮抗していた。
そもそもとして得意とする領域が違い、大地においては地龍は他の龍よりも優れていた事には間違いないが、火山においては炎龍が、大空では嵐龍が、大海では海龍が、それぞれ最も優れた生物であったが故に龍同士、互いに不可侵という暗黙の了解があった。
いずれの国の王も他の国に興味は無かったし、自分の領域を犯す者には容赦は無かったがそうでないものには寛容であった。
そもそも悠久の時を生きて力を蓄える龍とは種としてと頂点である事は全ての生き物にとっての常識であり、それに反抗するものなど地上には存在しなかった。故に同じ龍による侵略は許さないがそれ以外の生き物など有象無象でしかなかった。
そうして永い永い間、世界には均衡が保たれていた。
そんな世界の常識に抗う種が居なかったわけではない。それがヒトである。ヒト族と呼ばれる種は弱い生き物だが、悪知恵が働いた。龍が気にしないのを良いことに、その領域に自分たちの国を作り始めたのだ。それこそ目に余る叛乱を起こした国はそこを統治する龍によって滅ぼされたが、しぶとく生き残った者たちによって永い永い時の中で小賢しく知恵をつけていった。
そんなヒト族に力を与えたのが、闇龍達だ。彼らは暗い暗い闇の中で、どうにかして他の龍の領地を奪う機会を狙っていた。だから知恵をつけたヒトに龍だけが知る魔法の力を扱う技術を与えた。それによってヒトは爆発的にその力を伸ばしてしまったのである。
そうは言ってもヒトと龍ではその力の差は圧倒的であり、多少力をつけたとしても恐るるに足る存在ではない筈であった。しかし永い時の中でヒトの力と知恵の積み重ねがようやく龍の足元に届こうかという頃に、混乱を起こす機会を狙っていた闇龍によって、龍の国同士で大規模な戦争が勃発した。
当初はどこかの国の龍が別の国の龍を拐って嬲ったという――あとにして思えば戦争による混沌を望んだ闇龍の工作だったのだろうが――そんな事件から龍の国同士の緊張が高まり、ついにどこかの国が命を奪った弾みで国同士が全面的な戦争をすることになったのである。
そこに闇龍によって唆されたヒト族による種の存続をかけた反乱が加わり、龍達は急激にその数を減らしていく。そのまま続けばヒトも龍も全ての存在が地上から消えるのでは無いかというところまで、争いは激しく、そして泥沼化していた。
闇龍達の狙いはまさにそこで、統べる者が居なくなった地上を自分たちが掻っ攫う事だったがそれに待ったを掛けたのが輝龍である。
闇龍による支配を良しとしなかった輝龍は、ヒトにさらなる力……闇龍が都合よく限定して教えていた魔法を十全に扱う技を与えた。これによりさらに力をつけたヒトは闇龍の想像を超えた粘りを見せる。そしてヒトと輝龍の反撃によって闇龍の企み潰え、滅びを迎えることとなった。しかし闇と光は互いに表と裏、闇龍の王が力尽きた時、輝龍の王も相打ちとなり力尽き、その眷属達は戦争により絶滅した。
永く悲惨な戦争は終わりを迎えようとしていた。全ての種はほぼ絶滅を迎え、龍の国はいずれも王と僅かな臣下を残すのみとなっていたのである。もはや国を繁栄させる力すら残されていないことに漸く気付いた龍達は、互いに不可侵の契りを交わし、永い眠りにつく事とした。こうして世界を滅ぼした戦争は遂に終結を迎えたのであった。
そんな戦争の後、漁夫の利を得たのがヒトである。永き時を生き、力を蓄える龍は繁殖能力が極めて低いという弱点を持つが、逆に個の力の弱いヒトは高い繁殖力を持つ。彼らはこれまで蓄積した知恵と、闇龍と輝龍から授かった魔法の技術と、その繁殖力によって支配者のいなくなった地上で急激にその数を増やした。
戦争から数千年経つ頃には、地上はすっかりヒトの国が支配し、反対に龍は王のみを残して全てが死に絶えてしまったのであった。
◇ ◇ ◇
「これで分かっただろう。ヒトというのは我ら龍にとって忌むべき種であり、それに縋らざるを得なくなった炎龍にはもはや龍としての矜持すら残されていないというわけだ」
「なるほど……」
前にナナミの家で読んだ本(※)とはだいぶ違うが、あちらは後世に断片的に残された情報から作られた半ば創作だ。当事者の龍の言うこちらの歴史がおそらく事実なのだろう。
(第9章 第125話)
「炎龍王……力は認めていたが、よもやヒトに討たれるとは耄碌したものだ」
「その話、しましたっけ?」
「龍を討てるのは、龍だけだ。だが今述べたように龍同士は不可侵の契りを結んでいる。であればヒトに討たれたしかあり得んだろう」
「……子を産んだ直後を襲われたんですよ」
「ああ、だから双りか。だがそこを狙われる時点で迂闊としか言えぬ事に変わりはない。ヒトに討たれ、ヒトに魂を憑依させた時点で王を名乗る資格は貴様らには無い」
地龍王は相変わらず蔑んだ目でアカ達を見る。
「貴方だって、そんなヒトにこうして祀られているわけじゃないですか」
ヒイロが反抗的に言い返すが、地龍王は意に介さない。
「種として下に見ていることが、個として敬うことを認めない理由にはならないだろう。我を畏れ崇め奉るのであれば、それを咎める事はない。尊敬の念でこんな奉龍殿を建てたのであれば加護ぐらい与えるとも。もっとも、ここは無駄になったようだがな。立派な志を持っていても所詮はヒトというわけだ」
「この城のことですか? 確かに誰も居ないっていうかみんな幽霊になっていますけど、ヒトの寿命なんて龍に比べたら長くないから仕方ないんじゃないですか」
この城が建てられてどれくらいか、人が居なくなってどれくらいかは知る由も無いが、子孫代々永久に龍を讃え続けるなどそうそう出来るものでも無いだろう。
そう考えて答えたヒイロに、地龍王はますますバカにするように告げる。
「ここの幽霊どもを見てそんな風に思ったのか。やつらが真っ当に寿命を迎えたもので無いことは明らかだろう」
「あ……」
「あれはこの城の主に無理やり命を奪われた残骸だ。奴も狂う前は良き王だったのだがな」
「この城で何があったか、ご存じなんですか?」
「こうして祀る祭壇がある場所には意識を飛ばすことができるからな。まあヒトには良くある下らない話だ」
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