第202話 火を灯して
その後色々と試した事で、アカとヒイロはこの部屋のルールを把握した。
・部屋にいる幽霊は動かずにじっと燭台を見つめ続ける。近寄っても襲ってくることはない。基本的に無害なので祓えるかどうかは試していない。
・燭台に火が点くと部屋全体が明るくなり、家具や小物なども一瞬で配置される。
・燭台の火が消えると、部屋は真っ暗になり家具なども再び消える。
・家具や小物は触れる事が出来るが、部屋から持ち出すことは出来ない。小物は手に持ったまま部屋を出ると消えてしまい、部屋の元あった場所に再び配置される。
・燭台を灯したまま部屋を出ても、火は消えない。部屋を出て扉を閉めても、火は消えない。
・燭台に設置されているロウソクは短いが、これ以上短くはならないと思われる。一時間ほど様子を見たが、その長さに目で見て分かる変化は生じなかった。
・魔力で生み出した炎では何故か燭台に火が点かず、松明の火を移すか、火打石で起こした火でのみ燭台を灯すことが出来る。
「最後のルールは手持ち私たちの手持ちではこれ以上詳しく分からないわね」
「火を出す魔道具みたいなものを持っていたとして、それで火が点くかどうかの検証はできなかったね」
「魔力由来の火は受け付けないとしたら、魔道具でもダメだと思うんだけど、そもそも松明には魔法で着火してるからちょっとガバガバなルールではあるのよね……」
「まあたいして嵩張るものでも無い火打石ひとつあればオッケーって事で。魔力ライターで点くかどうかは勝手に試して貰えばいいんじゃないかな」
「それもそうね」
二人が何故こうした検証をしているのか。それは「この不思議な部屋の現象をレポートとして提出したらそれは成果として認められるのではないか」と思い至ったからである。他の受験生がこのフロアに来た形跡がないことから、この事情を確認したのは自分たちだけである可能性は高い い。だとすればこの不思議な部屋についての「情報」を持ち帰れば、少なくともこの部屋の扉を剥がして持ち帰るよりよい評価を貰える気がする。それに情報は扉と違って物理的に重くもないし、なにより嵩張らない。
アカは手元の紙にサラサラとメモをとる……と、その途中で手が止まった。
「ヒイロ、魔力ライターってスペルわかる?」
「ん? 分かんない。ひらがなでいいんじゃない?」
「レポートにそれ使うと減点されないかしら」
「別の言い方に置き換えたら?」
「もう魔力、の部分まで書いちゃったのよね」
「あらら。でもまあ、迷宮の中で綺麗なレポートを作るところまでは流石に求められてないんじゃないかな」
「それもそうか。じゃあこんな感じでいいか……書けた。ヒイロもチェックしてくれる?」
アカからメモを受け取ると、ヒイロはその内容に目を通す。とりあえず書き忘れや誤字脱字はなさそうだ。
「うん大丈夫だと思う。アカって綺麗な字だね」
「そう? ありがとう」
メモをしまうと、燭台の火は付けたまま二人は部屋を出た。
……。
…………。
………………。
通路を進んだ先にあったのは、別の部屋。最初の部屋と同様に薄暗い部屋に一体の幽霊、そして幽霊が見つめる燭台であった。幽霊が女性でなく、正装の男性であること以外は一つ目の部屋と変わらず、燭台に火を点けたときの状況も同様であった。そこに火を点けたまま、さらに隣の部屋へ移動しても状況はほとんど同じで、通路の行き止まりまで合計九部屋、同じように燭台に火を付けて家具を出現させた。
そして最初の分岐に戻ってきた二人は反対側の通路も進んでゆく。予想通り、それぞれの部屋には幽霊と燭台がセットで存在していた。
そんなこんなで反対側の通路も突き当たりまで進み、最後の部屋までたどり着いた。
「これで十八部屋目?」
「通路の右側に九部屋あって、左側がこれで九部屋目だからそうなるわね」
アカは手製の地図に書き込みを加えるのを確認すると、ヒイロは扉を開けて中に入る。ホラー映画は何がくるかわからないから怖いのだ。一応無害な幽霊と燭台しかないと分かっていれば、怖くはない。
「お、最後の部屋は赤ちゃんを抱いた幽霊か」
部屋の端の幽霊を確認したヒイロは壁の燭台を探す。しかしこれまでは幽霊の直ぐそばにあった燭台が、この部屋には見つからない。
「最後の部屋だけ例外かな?」
「右側の部屋には燭台あったから、見落としているだけじゃない? 幽霊の目線の先は?」
ここまでの部屋では、幽霊達はみな燭台を見つめていた。
「手元の赤ちゃんを見てるよ」
アカも部屋に入り、幽霊を確認する。ヒイロが言う通り、部屋の中心部には赤ん坊を抱いた女性の幽霊がいる。その目線は燭台ではなく、手元の赤ん坊に向いておりこれまでのように燭台を見ているわけではない。
ここにきてパターンが崩れた? だけどここまで同じような構造で来ていてひと部屋だけ違うと言うのも考え辛い。でも幽霊の目線はどう見ても手元だし。
「あ!」
「何か気付いた?」
「うん、赤ちゃんが見てるのってもしかして……」
アカは松明を天井に向けて掲げた。薄暗い天井は松明を掲げてもよく見えないが、その先の火を操って天井に近付けていくと、案の定これまで見てきた燭台が吊るされるように設置されていた。
「お、すごい! よく見つけたね」
「この部屋は女の人じゃなくて、赤ちゃんの目線がヒントになっていたのね」
「ああ、なるほど。むしろこれまでの部屋がこの部屋の燭台を見つけるためのヒントになっていたのか。壁に無くても幽霊の赤ちゃんの視線の先には燭台があるよっていう」
「そんな謎解きみたいな事を考えていたかは分からないけど……とりあえず火を点けるわね」
天井の燭台に刺さった小さなロウソクに松明から伸ばした火を点けると、これまで同様に部屋全体が明るく照らされ家具も配置された。
「まあこれまで通りだね」
「そうね。この部屋だけは天井に燭台があったから何か違うことが起こるかもって思ったけど……そんなことないみたい」
「まあ左右九部屋ずつ十八部屋も調べたわけだし、調査報告書としてはいい感じかな?」
「そうね。このフロアの地図も作ったから、これで二人分の成果としては十分じゃないかしら」
各部屋の調査報告書とこのフロアの地図、それぞれが単体で情報としての価値を持ちつつも、合わせればより詳しくこの場所のことが分かる。うん、二人分としては理想的な出し方じゃないだろうか。
証拠品を持ち帰れないのがやや懸念点ではあるが、それを言い出したら「中で見つけました」と言って宝石を渡したとしても予め準備したものでないという証明はできないわけで、そのあたりの採点基準は試験官を信じるかないだろう。
「今から戻れば三日の制限には余裕を持って戻れるよね」
「まだまだ余裕だと思うわ。この城まで行きは一日かかったけど、帰りは道が分かってるから早く戻れるとも思うし」
二本目の松明はまだまだ残っている。ここから丸一日かけたとしても十分に時間はある。無事に帰るまでが試験ではあるが、まずはトラブルなく成果を手にすることができた二人は足取り軽く帰路につく。
しかし、そんな軽快さもほんの数十メートルの事であった。通路を戻り分岐点に差し掛かった二人は目の前の光景に戸惑いを隠せない。
「さっきまで確実にしまってたよね?」
「ええ。この状態だったらいくらなんでも気が付く」
「だよね。うん、じゃあこれは私達が左側の通路を進んだ一時間程度のあいだに開いたってことか。全部の部屋の燭台に火を灯したからじゃないかなって思うんだけど」
「私もその可能性が高い気はする」
分岐点にあった――先ほどアカが全力で押してもびくともしなかった――大きな扉。それがいま、二人の目の前で訪問者を迎え入れるが如く開き切っていた。
「どうする?」
「これを無視して帰るのは……うーん……」
アカは松明を扉の向こうにかざして見るが、奥の方までは見渡せない。
「入ってみないと詳細は確認できないわね」
「仕方ない、行こうか」
おそらく全部の燭台に火をつけたら正面の扉が開きました、だけどその中には入っていません、では報告書としては片手落ちもいいところだ。いっそ開かないでくれたらここは開かずの扉として押し通せたのにな。そんな風に考えながら、二人は扉をくぐって中に入った。
……。
「結構長いね」
「うん」
扉の向こう側は幅十五メートルほどの広い通路が伸びていた。幅が十五メートルもあればそれは通路では無く部屋なのではとも言えるが、奥には既に百メートル以上進んでいるためやっぱりここは通路だと思う。
そんな通路をさらにしばらく進むと、ついに変化が訪れる。通路の1番奥に段差があり、その手前には一対の燭台が置かれていた。
「またでたね、燭台」
「これも火を点けたらこの殺風景な通路が豪華絢爛になるんだろうなあ」
そう言いながらもヒイロは片方の燭台に火を飛ばす。その様子を見て、アカももう片方の燭台に火を灯した。
するとこれまで真っ暗だった長い通路があっという間に明るくなる。壁には延々と豪華な装飾が施され、高い天井には数メートルおきにシャンデリアが吊るされる。床には深い紫紺の絨毯が敷かれ、その中央を縦断するように金色の紋様が長く伸びていた。紋様の先は先ほど火をつけたら燭台があり、ふたつの燭台の間は殺風景な段差から立派な祭壇へと姿を変えている。
ここまでは――その絢爛さの規模は想像を超えてきたとはいえ――二人の予想通りの変化であった。予想外の事態といえば、その祭壇の上に一匹の魔物が佇んでいたことだろう。
蛇? それともちょっと違うかな。細く長い体を雑に絡ませてはいるが、その途中には脚があり、鉤爪を祭壇に突き立てている。頭には三本の角があり、顔は鱗で覆われてはいるが、その眼はアカとヒイロを睨みつけるように見下ろしていた。
「……久しぶりに呼ばれたかと思えば、炎龍の子が何の用だ。よもや不可侵の契りを忘れたわけではあるまいな?」
堂々とした言葉に乗せられた威圧感を受け、目の前の存在は龍に違いないとアカとヒイロは直感した。
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