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双焔の魔女の旅路  作者: かおぴこ
第15章 魔導迷宮探索
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第201話 暗闇の城

 アカとヒイロが城に一歩踏み込んだ瞬間、背中を冷たい氷でなぞったようなゾクリとした悪寒が駆け抜けた。


「ひゃんっ!」

「ひゃん?」


 思わず甲高い声を挙げてしまったアカに、ヒイロが目ざとく反応する。


「ちょ、今のは不意打ちでゾクっとしたからで、」

「いやいや、私はまだ何も言ってないよ」


 そう言いながらニヤニヤとアカを見るヒイロ。コイツ、かわいい反応見せちゃってとか考えてるんだろうなと思うとアカは悔しくなる。そんなアカに、ヒイロはこっそり近付いて小さな声で耳打ちする。


「そういう声は、ベッドの上で聞かせて欲しいな……」

「ばっ……か!」


 セクハラじみた発言に顔を真っ赤にするが、こんなところで大声を出すわけにもいかないという冷静さが勝ったこともあり、結局口をパクパクさせるだけに留まった。そんなアカを見てヒイロは満足気に笑う。


「無事に緊張も解れたみたいでよかったよ」

「絶対それだけじゃないでしょ」

「ハハハ。……それで、さっきのだけど。たぶん魔法だよね」


 笑って誤魔化したかと思えば急に真面目な顔になるヒイロに、アカも頷いて見せる。


「うん、この城全体に何かの魔法が掛かってんじゃ無いかしら。他人の魔力に触れたような気持ちの悪さだったから」

「だとすると私たちがここに入ってきた事はバレてるかな?」

「恐らく、受験生の居場所は把握されてるでしょうね」


 そう言いながらアカは手元に炎を産み出した。うん、魔法の発動は特に阻害された感じはしないかな。この城自体に魔法が掛かっているとしたら侵入を知らせる防犯ブザー的な役割の魔法だろうか。侵入者を即死させるような呪いや魔法ではなさそうなのは幸いだが、侵入を警戒している何者かがいるとしたら、ここに長居するのは得策では無いだろう。さっさと成果を見つけてこの場所を離れたいところだ。


「さて、どっちに進もうか」


 入り口から城のエントランスに入った二人。正面には上の階へ進む階段が左右に一つずつある。といえこの階段は内側に弧を描いており、二階に当たる部分でまたひとつになっているようだ。物語の中でしか見たことがない様な立派な階段である。


 階段を無視してこのフロアを探索することも可能だ。階段の裏には扉がいくつかあり、そこから各部屋、または奥へ続く廊下へ入ることが出来るだろう。


「下層へ行くことを考えるなら、上の階は見ても仕方ない気がするよね?」

「そうね。ただ、他の受験生が同じことを考えているのなら逆に上の階には何か成果になるものが手付かずで残っているかもしれないわ」

「確かに、早い者勝ちだもんね」

「とりあえず上から見ていきましょうか」

「了解」


 アカは向かって左側の階段をゆっくりと登り始めた。階段は軋むことも無く、二人のコツコツという足音がロビーに響く。


「雰囲気出てるねぇ……」

「ヒイロ、怖いの?」

「お、お化け屋敷はあんまり得意じゃないんだよね」


 気が付けばヒイロは松明を持っていない方の手でアカのカバンの端っこをぎゅっと握っていた。コイツ怖がりのクセにさっきは私を揶揄ってきたのかよと思ったが、それがヒイロなりの強がりなんだと思うと途端にかわいく見えてくるから仕方ない。惚れた弱みってやつなのかなあ。


 真っ暗な城の中でそんなことを考えられる程度にはアカはこういう雰囲気が大丈夫なタイプであった。


 ……。


 二階に上がると、正面には身長の二倍はあるであろう大きな扉があり、そこから左右に廊下が伸びている。廊下には所々に扉があるようだが灯りの届く範囲ではどこまで伸びており、いくつの扉があるのかまでは分からない。


「どっちに向かおうか」

「こ、この扉を開けるって選択肢は?」

「ああ、最初に開けちゃおうか」


 アカとしては端からチェックしていくつもりだったけれど、片っ端から扉を開けて行った方が効率的かと納得する。もっとも、ヒイロは真っ暗な廊下を歩いていくのが怖いので本命の豪華な扉を開けてしまいたい――あわよくばここにいい感じの成果が転がっている事を期待しての発言であったが。


 アカは手に持った松明をヒイロに預けると、正面の扉に手を掛けて力を込める。ん? 大きいだけあってかなり重い扉だな。魔力で身体を強化するか……ってあれ?


「アカ?」

「グウゥ……ッ! だめね、全く動かないわ」


 アカは目の前の扉を見上げて肩をすくめた。


「あらら。カギでもかかってるのかな」

「そうかもしれないわね。ヒイロも押してみる?」

「アカが開けられないなら私でもダメだと思うよ」

「仕方ない、廊下の方から調べてみましょう」


 アカは諦めて廊下に向かう。


「うぅ……やむなしか」


 ヒイロは嫌そうな顔をしながらも――心なしか松明の炎を大きくしながら――アカの隣をついてくる。


「前に幽霊のでる古い遺跡を探索したじゃない(※)」

(※第10章)

「幽霊が怖いというより、こういう真っ暗な洋館みたいな雰囲気がダメなんだと思う」

「城だけどね」

「似たようなものだよ! 例えるならほら、ホラー映画とかで、セクシーなお姉さんがシャワーを浴びてるとなんか暗がりから物音がして、絶対何か居るって分かってるのにそこを調べるシーンとかあるじゃん」

「全く具体例は出てこないけど、言いたい事は100%理解できるしなんならそのシーンが頭に浮かぶわね」

「そういうの、なんでわざわざ見にいくんだよ! って余計に怖くなっちゃうんだよね」

「でも不審な音がするのに確認しないのも怖くない? せめて服は着たらとは思うけど」


 シャワーシーンはおそらくサービスカットなので服を着たら台無しだろうと映画監督に言われれば、まさしくその通りではあるが。自分だったら少なくとも服は着る。それが幽霊じゃなくてGの名を関する虫とかだった場合、裸で対峙するのは嫌すぎるだろう。むしろGと幽霊なら幽霊の方がマシである。


「そんなわけで、こういうシチュエーションがたぶん1番怖いんだと思う」

「でもここで幽霊が出たら私たちにはこれがあるじゃない。ヒイロなら大丈夫だよ、ファイト!」


 アカは手元に火の玉を生み出して、それを握りながらガッツポーズをして微笑みかける。ヒイロは青い顔をしたまま苦笑いをするのであった。


 ……。


 先ほど諦めた扉から廊下を二十メートルほど進むと、最初の扉にたどり着いた。こちらは普通の家に付いている程度の標準的なサイズだ。もっとも扉自体が豪華な装飾で飾られているが。


「この扉って成果になると思う?」

「え、まさか剥がして持って帰るつもり!?」

「他に適当なものが見つからなかったら、それもひとつの選択肢かなって。一応城まできた証明になるわけだし」

「ヒイロには文化財保護の精神は無いのかしら」

「無いわけじゃないけど、いざとなれば丸めて捨てられる程度の薄っぺらさかな」

「まあこんな世界だしねえ」


 そう言いながら、アカも扉をコンコンと叩く。厚さ次第だけど一枚五十キロ程度か? 一応持って帰ることは不可能では無さそうだ。


「じゃあアカ、開けていいよ」

「ヒイロが開けてもいいんだよ」


 アカは目の前の扉をどうぞどうぞをヒイロに譲って見せる。

 

「お願い、アカが開けてください! 何か飛び出してきたら私が責任を持って燃やすから!」

「はいはい。よっ……と」


 ガチャリとノブを回して扉を開く。こちらは特に引っかかる事もなく開けることが出来た。空いたスペースから中を覗くと、十畳程度の何もない部屋が広がっていた。


 部屋の奥に松明を掲げて目を凝らす。


「で、でたぁっ!!」


 ボゥッ! と音を立ててヒイロが手元に火の玉を産み出す。そのまま手を前に出して打ち出そうとするのをアカが制した。


「待って!」

「だって、幽霊! あそこ! ほら!」

「そうだけど!」


 ヒイロが指差した先には綺麗な服に身を包んだ女性……の幽霊が立っていた。今にも燃やし尽くそうとするヒイロを抑えつつ、アカは様子を窺う。


「遺跡の時の幽霊と様子が全然違わない?」

「こっちの方が怖いよ!」

「そういうことじゃなくって」


 確か、遺跡で遭遇した幽霊はどれもぼんやりとした白いモヤのような存在で、そうと言われなければ一見して魔物だと分からないような雰囲気であった。

 しかし目の絵の幽霊は、その姿や着ているもの、顔立ちまで判別可能なほどに鮮明な姿をしている。無論、向こうの壁が透けて見えるので幽霊には違わないだろうが。


 そして遺跡の幽霊はあわよくば取り憑こうという本能があるのか、ゆっくりとこちらへ近寄ってくる習性があったが目の前の男の幽霊にはそれが無い。アカとヒイロを一瞥することすらなく、直立不動で一点を見つめているようだ。


「早く燃やそうよ」

「襲ってくる気配が無いし、向こうに敵意がないなら、わざわざ攻撃して刺激しないほうが良いんじゃないかしら」

「反撃されるかもって話?」

「それもあるけど、そもそも私たちってこの城に住んでる幽霊からしたら侵入者なのよね」


 それでも向こうから襲ってくるのであればこちらも対応せざるを得ないが、まるでこの部屋の主であるかのようにその場にいるだけの幽霊、それも寂しげに立つ貴婦人のような佇まいの相手を問答無用で攻撃することに、アカは躊躇する――させるだけの雰囲気を、目の前の幽霊は持っていた。


「アカ、ホラー映画だとああいう幽霊が1番怖いんだよ」

「ここはホラー映画の世界じゃ無いから」


 とりあえず警戒はしつつも、貴婦人幽霊の様子を窺う。


「あの人がじっと見てるのは、燭台かしら?」

「あの壁に掛かってるやつだね。たぶんそうだと思うよ」


 貴婦人が見つめる壁には綺麗な装飾が施された燭台が掛かっていた。そこには一応、古惚けた短いロウソクも残っている。


 アカは手元の松明から小さな火の玉を取り出して、その燭台に向かって飛ばす。


「な、なんで!?」

「え? なんとなく、かな」


 アカの行為に驚くヒイロだったが、アカも深い考えがあってそうしたわけでは無い。本当になんとなく、燭台があるし貴婦人が見ているから火を点けてみようかなと思っただけである。


 アカの飛ばした火の玉は狙い違わず燭台に刺さったロウソクを灯す。すると真っ暗だった部屋は隅々まで明るく照らされた。松明の火より明らかに小さい火であるというのに、である。


「あの燭台も魔道具なのかしら?」

「アカ、見て!」


 ヒイロが指した方、つまり部屋の反対側にはこれまで何もなかったはずなのに豪華な調度品、テーブルや椅子が並んでいた。壁には美しい模様の描かれた壁紙が一面に広がっており、先ほどまで伽藍堂だったはずのその部屋は、一瞬で高級ホテルの一室のような様相となった。


 先ほどまで真っ暗な部屋に佇んでいた貴婦人の幽霊ですら、まるでこの部屋の主であるかのような錯覚を覚える。


「燭台に火を付けたら現れたってことでいいのよね」

「家具も触れるよ。実在するみたい」


 ヒイロは手近にあった化粧台に触れ、そこに置いてあった手鏡を持ち上げる。鏡には自分の顔がはっきりと写っている。


「火、消してみてもいい?」

「おっけー」


 アカが魔力を操作して燭台についた火を消すと、部屋は先ほどと同じように暗くなり、調度品はすぅと音も立てずに消え去った。


「あの燭台に火を灯すと、部屋が明るくなって家具が現れるってことか」

「不思議ルームだね」


 今度はヒイロが松明の先から火の玉を飛ばして再び燭台を灯す。部屋が明るくなったことで怖さが全くなくなる。理屈は分からないけれど、ヒイロにとってはそれがとても重要だった。

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