第200話 中層へ
小一時間ほど休憩をしたアカとヒイロはあらためて岩石地帯を奥へ進む。
「こっちでいいんだよね」
「さっきあの貴族の人が見てたのって地図だと思うんだよね。それを見ながらこっちに進んでいたから、たぶん合っていると思う」
「やっぱりあれ、地図だったのかな」
「そうでもないとこんなところで広げないだろうし、多分ね」
「だとするとやっぱり貴族はみんな地図を持ってるって考えた方がいいか。私たちは手に入れられなかったから、そこで差をつけられちゃってるなぁ……」
「だけどその分、地元の人から詳しい話を聞けているじゃない。あの地図だってどれくらい詳しく書いてあるかは分からないし。むしろこっちで合ってそうって分かって良かったわ」
「アカは前向きだなあ」
「そうでもないわよ? 昨日ヒルデリア王女に会った時に上手く交渉できていれば、写しを貰えたりしたかもなってちょっと後悔してるぐらいだし」
「……その手があったか!」
「それもいま思いついたことだから、ホントにあとの祭りだけどね。ただ、地図があるっていうことは他の受験生達は下層があるって事を知ってる可能性が高いわよね」
「あ、じゃあみんな下層に向かう……? 中層の探索では他の受験生に勝てないかも知れないってこと?」
アカは頷き、ちょっと困った表情を浮かべた。
……。
ほどなくして岩石地帯の終点に辿り着いた。目の前には迷宮の壁が岩壁として広がり、そこにはさらに下……中層へ続くと思われる亀裂がある。
「うわあ、本当に真っ暗だ」
「日本人の感覚だとこっちの方が洞窟って感じがするわね」
「確かに。岩が発光していて昼間のように明るい上に、草原や森まである洞窟なんてファンタジーだよね」
「今更ではあるけどね」
アカは松明を岩に立てかけると、メイスを取り出して周囲の石をこぶし大に砕く。その石をヒイロが拾って布袋に放り込んでいく。布袋は45リットルのゴミ袋くらいのサイズだったが、数分で石でいっぱいになった。
「こんなものかしら」
「ひとつ試してみようか」
ヒイロは砕いた石を、中層への亀裂に放り込んだ。カツカツと高い音を立てて転がった石はすぐに周りの石と見分けが付かなくなる。
「……分からん。失敗か?」
「ここからだとまだ上層の光が届いてるからね。もうちょっと進んで真っ暗になったら試してみましょう。これが暗闇で光って目印になってくれるとありがたいんだけど」
アカは袋を両手で抱えると亀裂に向かって歩き出す。
……。
結果から言うと、上層の光る石を定期的に置いて暗闇の中層でも灯りが目印とする案は失敗だった。暫く歩いて辺りから完全な闇となってから、石を取り出して松明の火を消した二人は全く光らない石を見て落胆する。
「だめね。真っ暗だわ」
「袋の中は? 全滅?」
「そうみたい」
アカは通路の端に袋の石をぶちまけてみるが、光っている石はひとつとして存在しなかった。
「ヘンゼルとグレーテル作戦、失敗かあ」
「だからその明らかに失敗しそうな作戦名は辞めようって言ったのよ。だいたいあれは目印にパン屑を落としていたじゃない」
「私が読んだ絵本だと、初日は白い石を目印にして無事に家に帰ったんだよ。二日目には石を拾えなくて仕方なくパン屑を目印にしたら鳥に食べられちゃったってお話だったからさあ」
それは知らなかったが、だとしても縁起の良い作戦名では無い事に変わりはないとも思う。
「まあそもそも光ればラッキーくらいの気持ちではあったけどね。さて、重い石は手放したし改めて進みましょうか、グレーテル?」
「お、私が妹でいいの? じゃあアカがお兄ちゃんだね」
「性別は変えないで欲しいかな」
「待ってよ、おにいちゃーん」
アカは楽しげに笑うヒイロを放っておいて、改めて火をつけた松明を手にして奥へと向かう事にした。
◇ ◇ ◇
だだっ広い空間が広がっていた上層と違い、中層は基本的に一本道であった。
幅十メートル、高さは三メートルほどの真っ暗な通路が延々と続く。魔物に警戒しながら歩いてはいるが、所々に切り捨てられた魔物の死骸が転がっていることからおそらく先行者が排除しながら進んでいったのだろう。
「大体の魔物は串刺しっていうのかな? 体に穴が空いて死んでるね」
「そうね。槍で突き刺されたみたいな傷だけど、受験生には槍を持っている人は居なかったし魔法なのかしら」
「ここでもまだ魔法は問題なく使えるもんね」
ヒイロが手元に火を出しつつ頷いた。魔道具を含めた魔法による灯りが点かないリスクを考えて天然の松明を用意したわけだが、今のところはその必要性は無かったというわけだ。最も、これ一本で一日経ったことが分かる時計としての役割はあるのでそういった意味では十分役に立ってくれている。
松明は一本目が半分ほどの長さになっていた。即ち試験開始からおよそ半日が経過したという意味である。
二の鐘に試験が開始した事を考えれば、今は夜九時ぐらい。上層で小休止はとったが、その後六時間以上歩き続けていることになる。
「そろそろ一度休む?」
アカは隣を歩くヒイロに訊ねる。
「うーん……アカは疲れてる?」
「実はそれほど」
「だったら進もうか、まだ何も成果は無いわけだし。ここだと昼も夜も関係ないしね」
普段の旅で夜の移動は極力控えているのは、暗がりを利用して襲ってくる魔物に対する警戒が余分に必要になるからだ。しかしここは昼間も暗闇なのでどっちみち警戒は必要だ、となれば疲労が蓄積していないのであれば休む必要も無いだろう。ヒイロの意見に同意しつつ、アカは歩き続ける。
「たまにスパッと真っ二つになってる魔物もいるよね」
「一番戦闘を歩いている人が槍みたいな魔法を使って、その次を歩いてる人が刃状の魔法でスパスパ斬っていったのかしら?」
「切断が得意なのは風属性魔法だっけ?」
「そうね。水とか土は槍状にして貫く人が多いらしいから」
「ウォーターカッターとかの方が強そうなイメージなんだけど、師匠によればあれは日本人の私達だからこその感覚らしいからね」
「あれって工業用機械ですごい圧力で水を押し出してその勢いで切ってるのよね? あと水だけじゃなくて細かい研磨剤を混ぜてるんじゃなかったかしら……テレビで見たぐらいの知識だからうろ覚えだけど」
金属も削れるレベルの圧力で魔法を飛ばせるぐらいなら、その魔力で産み出す水の槍の数を増やして物量で押し切る方が実用的な気はする。
「それもそうか。まあ私たちには関係ない話だね。ファイヤーカッターは作れなかったし」
「炎は操れるけど、切れ味を持たせるのはできなかったからね」
アカは松明の先の炎に魔力を込めて形を変えてみる。拳大に灯っていた炎は円盤の周囲がノコギリ状になった状態で高速回転をする。
「お、それっぽいじゃん! すごく上手になってる」
「だけどこれを飛ばしても対象は斬れずに燃えるだけだったじゃない」
ナナミの修行時代に魔法攻撃の幅を増やそうと色々画策した際にヒイロが考案したファイアカッターだが、見た目はカッターのように刃を付けて高速回転させたところでぶつけた魔物は切断できずに燃えるだけであった。同じ大きさの火をぶつけるより気持ちよく燃えた様な気もするけれど、誤差と言えば誤差の範囲。結果的に燃やす以外のことは出来ないという結論になったのである。
「つまり、水か土属性魔法使いの人と、風属性魔法使いの人、少なくとも二人は私たちより先行しているってことだよね」
「そういうことになるわね。その人たちは夜なったら休むかしら?」
「出来ればそこで差を縮めて置きたいところだよね」
地図がなかった分、上層で他の参加者に差をつけられてしまった二人は中層を進む受験生たちの中では明らかに出遅れている。中層に入ってからは魔物に襲われることは全くなくなり、道に死体だけが転がっていることがその証左だろう。
その分体力も魔力も温存できているので先行する者に追いつくチャンスはあると思ってはいるのだが……。
……。
…………。
………………。
「結局誰にも出会わないまま、ここまで来ちゃったね」
「まあ、ここまでかかった時間を考えると休息だって寝てる暇なんて無いのも納得だけど」
二人はそれぞれ手に持った松明を見る。一本目の松明は既にほとんど燃え尽きており、つまりここまでほぼ丸一日かかったという事を意味していた。
背負ったカバンから二本目の松明を取り出して火を移すと、それを目の前に大きく掲げる。
「改めてこんな洞窟の奥深くに立派な城があるなんて不思議を通り越して不気味だね」
「同感。出来れば入りたく無いぐらい」
「実際はそうもいかないんだけどね」
「まだ成果になりそうなものは何も見つかってないものね」
目の前の暗闇に佇む巨大な城。威圧感に圧倒されつつも、アカとヒイロはそこに足を踏み入れる。
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