第199話 魔導迷宮上層
「こちらからは以上だ。質問はあるかい?」
セシル教授が訊ねると、何人かの受験生が手を挙げる。いずれも先ほど「やる気がある」と見込んだ者たちだ。
何を持ち帰れば高得点となるのか?
― 先ほどの説明を踏まえた上で、この迷宮を本格的に調査するために必要と思われるものを持ち帰った者に好成績を付ける。
採点基準が曖昧すぎる。
― 何があるか分からない以上は明確に定義することは難しい。
三日間探索する場合でも、一度迷宮から出て宿屋で休むのは認められないと言うことか?
― 不正防止の観点からも認められない。三日間過ごすのであれば、迷宮内で休むこと。そのために必要なら迷宮に入る前に町で準備をしても構わないのは先ほど述べた通り。
他の受験生と協力は可能か?
― 協力するのは自由だが、成果は各々で持ち帰ること。ひとつの成果を二人分のものとしては認めない。
迷宮内での行動で禁止されていることはあるか?
― 試験においてという意味で、他の受験生の成果を奪う事は認めていない。また一般的的な意味で言えば、迷宮は国の所有物でもあるので、意図的に通路を塞ぐ・壁を壊すといった破損行為は禁止されている。
「他に質問は無いね? それじゃあ今から試験開始だ。三日後にここに集合だよ」
セシル教授はパンと手を叩いて試験の開始を告げる。
◇ ◇ ◇
「とりあえず下層を目指すんだよね?」
「まあそうなるわね。恐らく過去の遠征でもそこまでは進んでいるだろうし」
トラブル防止のため他の受験生達に順番を譲ったアカとヒイロ。意気揚々と入ってったのは五人ほど。残りの者は一旦町の方に向かったり、入ることに尻込みをしていたりといった様子だったので、結局開始の合図から五分ほどで迷宮に入ることが出来た。
「マッピングは?」
「話に聞いた限りでは、上層は外と変わらない感じで中層以降は真っ暗なのよね? 一応道具は持ってきてるけど使い道はあるかしら……」
「うーん、まあ行ってみてから考えようか」
出たところ勝負なのは他の受験生も変わらない。色々考えて悩むよりもまずは進もうというヒイロの言葉に、アカは頷いた。
……。
…………。
………………。
「ここが上層ってことでいいのかな」
「本当、昼間みたいに明るいのね」
「狩人のお爺さんから聞いた通りだ」
長い坂を下った先に広がっていたのは、広い草原のような空間。上を見上げると確かに天井はあるのだが、そこまでは軽く数十メートルあるうえにその天井自体が明るく光っているため、まるで外にいるかのような錯覚を起こす。
迷宮に入った時点で手持ちの松明に火をつけた二人だったが、完全に真昼間に懐中電灯を照らしているような状況だ。もっとも、これは火時計の意味もあるので光源という意味では無駄であっても火を消すわけにはいかない。
視線を前に戻すと、草原の先には森がある。
「このまま真っ直ぐ進めば中層に進む穴があるんだっけ?」
「そうね。上層では成果は見つからないと思うから、やっぱり探すなら中層より下よね」
「下層は?」
「出来れば行きたくない……」
先日狩人のお爺さんから聞いた話によれば、この草原が広がる上層と呼ばれるエリアを抜けると中層へと続く亀裂があり、真っ暗な中層を探索すると幽霊の出る城があるはずだ。そして城の奥にはさらに下層へ続く階段があるという話だが、そこから帰ったものは彼の知る限り居ないということだ。
危険なことが分かりきっているエリアになど、誰が好き好んで進もうか。これまでもドワーフの坑道や旧い遺跡など、安全が保障されていない場所は探索してきた二人であるが、今回は安全の保証がないどころでなく、危険が保証されているのだから。
なので中層を探索して、いい感じの成果を二人分持ち帰る。それがベストだと考えている。
「他の受験生が下層に行ったら、私たちはどうしよう?」
「中層でいい感じのものが見つかってくれれば、無理しなくてもいいとは思うけど……」
問題は、中層でまともな成果が見つからなかった場合であるが、この辺りは行ってみないとなんとも言えないところである。
「あ、でも下層は入ったら出てこれないって事なら他の受験生が行ったとしてもみんな死んじゃうなら別に焦ることは無いって考えもあるよね?」
「さすがに受験生達は引き際を弁えてるんじゃないかしら。あと、それを期待するのはちょっと心情的に歓迎できないかな……」
ヒイロの意見も一理あるが、さすがに他の受験生の死を喜ぶような合格はあまりしたくない。
「確かにちょっと不謹慎だったね」
「まあ結果的にそうなる可能性もあるとは思うけど……」
「あとは世渡さんとの約束のために、ヒルデリア王女が下層に向かわないことを祈るって感じかな。さすがに王女を守るために下層に向かうのは反対だからね?」
「それは、私も分かってる。カナタのお願いのために、そこまでは出来ないわ」
「なら良かった。じゃあ行こうか」
探索方針を確認した二人は、改めて迷宮……目の前に広がる草原に足を踏み出した。
……。
…………。
………………。
カサカサッ!
「あ、また出た」
「はいっ」
ボクッ!
草むらから忍び寄るように近づき襲い掛かってきたヘビの頭に、アカはタイミングよくメイスを振り下ろす。一撃で頭を潰されたヘビはその場で絶命した。
「ヘビの肉ってちょっとクセがあるよね」
「今回は狩り目的じゃ無いから、これも放置するわよ?」
「はーい」
草原を歩くこと数時間。迷宮内とはいえ外と同じように魔物に襲われるが、大した強さでもなく特に問題なくここまで進んできた。
「なんか、外とあんまり変わらない感じ? 森と草原があって、それなりに魔物が襲いかかって来て」
気を抜くとここが魔法使いの墓場と呼ばれる恐ろしい迷宮であることを忘れそうになるぐらいには順調である。
懸念していた迷宮内では魔法が使えなくなるかもという点についても、今のところは問題無く発動することが出来ている。
「でも、出てくる魔物は虫とか爬虫類系ばっかりじゃない? トカゲ、蜘蛛、ヘビにカエル。外だと狼とか熊とか、そういう感じの魔物の方が多いけど、この中ではまだ見てないし」
「ああ、なるほど。明るいとはいえやっぱり太陽の光とは違うから獣型の魔物は居ないのかも知れないわね」
ヒイロの分析に感心しつつ、アカは周囲を見回した。森は下手に入ると迷うだろうし魔物の不意打ちを受ける恐れもあると判断して、大きく迂回するように草原を歩いている。そのため未だに中層へ続く道は見つからない。
他の受験生に出会うことも今のところないため、本当にのんびりと街道を旅しているときのようだ。
「この先中層って看板くらいは欲しいわね。こっちで合っているのか不安になってきたわ」
「でも岩石地帯が見えてきたよ。あそこに中層へ続く穴があるんじゃないかな?」
ヒイロの指差す先に、草原の先にまるで線を引いたかのように岩と石がゴロゴロとしているエリアが出現した。そのエリアはさほど広くはなさそうで、奥には迷宮の壁が見える。
「あそこを突き当たりまで進んでみようよ」
「それが正解の道だといいんだけど」
岩石地帯に差し掛かると魔物は殆ど出なくなる。たまに岩陰にトカゲがいる程度だ。二人は奥の壁を目指してまっすぐに進む。
と、前を歩いていたヒイロが立ち止まりアカを手で制しつつ、身を屈める。
「アカ、あれ見て」
「え? ……ああ、あの人か」
ヒイロが指差した先に居たのは、先の筆記試験の際に彼女に難癖をつけて死刑宣告までした上級貴族のモルト・ロステストであった。
およそ30メートルほど先行した場所にいる彼は、手元の紙を見ながら前を向いて進んでいるためアカ達に気付いていない。しばらく進むと立ち止まっては手元を確認してはまた前に進んでいく。
「追いついちゃったらまた難癖つけられたりしそうだよね」
「難癖どころかその場でヒイロに死刑を執行する可能性もあるんじゃ無い?」
「その場合、正当防衛は適用されるよね?」
「私は証言してあげるけど、相手は上級貴族だから……」
「ああ、確かに」
平民が迷宮の中で上級貴族を返り討ちにしたとなれば、ヒイロの方が罰せられる可能性があるのか。ヒイロは眉根を寄せる。
「他に善意の第三者が証言してくれれば無罪になるかもね。例えばヒルデリア王女とか」
「せっかく昨夜借りを返せたのに、この場でもう一度借りを作るのはなぁ。……っていま気付いたんだけど、他に目撃者がいないなら黙ってれば完全犯罪だよね」
「そうだけど、ヒイロはそうしたいの?」
アカに問われてヒイロは首を振った。確かに面倒な相手だし向こうから襲ってくるなら応戦やむなしではあるが、積極的にどうかしたいというわけでは無い。そう伝えるとアカはホッとしたように表情を崩した。
「良かった、ヒイロが快楽殺人者になったらどうしようって思っちゃった」
「別に人を殺すことに悦びを感じたりしてないよ!?」
「うん、分かってるよ。じゃああの人に追いつかないように、ちょっと休憩しようか」
そう言ってアカは背負っていたリュックを下ろして適当な岩に腰掛けると、リラックスするように足を伸ばした。
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