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双焔の魔女の旅路  作者: かおぴこ
第15章 魔導迷宮探索
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第196話 試験前日・夜

「これで大丈夫ですかね」


 ヒイロは自分とアカのリュックとメイス、それと革の胸当てをひとまとまりにして部屋の隅に置いた。もともと荷物は多くはないうえに明日の実技試験に向けて整理していたこともあったので大して時間はかからない。


 二人が使っていた、粗い麻の布を硬いベッドの上に敷いただけの簡単なシーツを剥がして、代わりにジャンヌが馬車から持ってきた上等なリネンセットを置いたら部屋の引き渡しはおしまいである。


「ありがとう、助かりました」

「ベッドメイキングはしなくて大丈夫なんですか?」


 ヒイロは、ヒルデリア王女の後ろで腕を組んでいたジャンヌに訊ねる。

 

「それは侍女(カナタ)の役目だな。私は姫様の護衛であって、雑用は侍女の仕事だ。非常時のために嗜んではいるが、侍女がいるなら彼女の仕事を奪うわけにはいかない」


 だったら部屋の引き渡しこそ護衛ではなく侍女の仕事なのでは? とヒイロは思ったが、まあ仕方ないだろう。その侍女はいま、アカと二人で面談中だ。必然的に手の空いたヒイロとジャンヌの二人で部屋の引き渡しをすることになったのである。


「ヒイロと言いましたね。あなたもカナタの同郷ということで間違い無いのですか?」

「そういう事になりますね」

「では、あなたもニホンから来た落ち人という事なのですね」

「……ええ、まあ」


 見抜かれたか。まあこうなるよなあ。

 予期していない出会いとは言えアカとカナタ(世渡さん)、がっつり顔見知りって反応しちゃってたし。あそこで知りません他人の空似ですというのは無理がある。


 というか、自分たち以外のクラスメイトにこの世界で出会うなんて展開は予想のしようがないし、多少のリスク――ヒルデリア王女達に落ち人だと知られること――を犯しても情報は得ておきたい。


「落ち人で、Bランク冒険者で、姫様と同じ特待生試験の受験者か……情報が多過ぎて逆に怪しくないとすら思える」


 ジャンヌが怪訝な顔でヒイロを見る。

 

「私もアカも怪しいことなんてない、普通の女の子ですよ」

「なるほど、ニホンと私たちとでは「普通」の基準が少し違うらしいな」


 シニカルに頷くジャンヌに大して肩をすくめるヒイロに、ヒルデリア王女が訊ねる。

 

「ヒイロはカナタと話さなくても良いの?」

「私は世渡さんと話した事はほとんど無いんですよ。アカはすごく仲が良かったらしいので、じゃあ二人にしてあげようかなと」

 


 元クラスメイトではあるが、それ以上でも以下でもない関係だった。正直、アカが居なかったらお互いに気付かなかった可能性もあるんじゃないかなとヒイロは思った。


「確かに、何年も会っていなかったというのにお互いにひと目で分かっていたものね。よほど仲が良かったという事かしら」


 何気なく同意したヒルデリア王女の「よほど仲が良かった」という言葉に、ほんの少しだけチクリとした胸の痛みに気付かないふりをして、ヒイロは曖昧に笑った。


◇ ◇ ◇


 貴族達の馬車が並ぶ宿の裏で、アカとカナタは向き合っていた。


 アカは目の前の友人の姿を改めて見た。メイドのような質素なドレスに身を包み、アカの記憶ではカナタはおでこを出すのが好きではなかった筈だが、いまはカチューシャで前髪をオールバックにして長い髪と共に後ろでひとつ結びにしている――可愛らしいさより、凛々しさと清潔感のある髪型だ。気不味そうに俯く顔は少し痩けておりアカの記憶にある健康的な笑顔とは結びつかない。また、所在なさげに体の前でモジモジと絡ませる指は荒れている。


 ヒルデリア王女の侍女という立場だそうだが、苦労している事は明らかであった。


「……久しぶり」

「そ、そだね。久しぶり」

「元気だった?」

「え? えっと……、うん、まあ、ぼちぼち。アカは?」

「しょっちゅう死にかけてる」

「あ、そうなんだ……って、ええっ!?」


 目を丸くして驚くカナタに、アカは笑って見せた。


「つい何日か前にもね、巨大なタコと死闘を繰り広げたところ」

「タ、タコ!? タコって、あの、足が八本あってタコ焼きに入れるタコさん?」

「そのタコ。まあタコさんなんてカワイイ魔物じゃなかったよ」

「魔物……そう、アカは魔物と戦ってるんだ」

「カナタは戦わないの?」

「そういうのは、ジャンヌさんがやってくれるから」

「ああ、あの人強そうだもんね」

「うん、強い。すごく強い」

「じゃあカナタは怪我したり、危ない目に遭ったりはしてないんだ?」

「そうだね。ヒルダ様に拾ってもらってからは、危ない事は無かった、かな」

「そっか。良かったよ」

「アカは、危ない事ばっかりしてるの?」

「こんな世界だから。多少の無茶はしないとね」


 アカとしてはなるべく安全に旅を進められるように心掛けているつもりなのだが、死にかけたことは一度や二度ではない。


「明日も魔導迷宮に行かないといけないし」

「……魔導迷宮? まさかアカ、魔法学園の試験を受けるの!?」

「うん。ヒルデリア王女には筆記試験で助けてもらったんだよ」

「ヒルダ様に?」


 うん、と頷くアカに、カナタは何と声を掛けていいのか分からなかった。

 どうしてここに居るの?

 いままで何していたの?

 なんでそんなに堂々としているの?

 死にそうな目に遭ってまで、魔法学園試験を受けるのは何故?


 訊ねたいことは山ほどある。そのどれもが口から出かかって、だけど言葉にならない。もっと聞かないといけない事がある気がして。


 考えて考えて、一番聞きたいこと、一番聞かなければならないこと。


 カナタは絞り出すようにアカに訊ねる。


「アカは、明日ヒルダ様と戦うの……?」


◇ ◇ ◇


「なんて答えたの?」


 今日の宿を確保するため……つまり、ポルーナに事情を話して一晩泊めてもらえないか相談するために、アカとヒイロは町を歩く。


 アカは先ほどのカナタとの会話をヒイロに話していた。


「正直、早い者勝ちの宝探しみたいな感覚で居たからヒルデリア王女と……っていうかそもそも他の受験生と戦うようなケースを想定していなかったのよね。相手が露骨に排除しようとしてきたらこっちも応戦せざるを得ないけど、ヒルデリア王女ってそういう感じじゃないかなって」

「まあそうかもね。アカが世渡さんと話してるあいだ一緒にいたけど、悪い人じゃなさそうだとは思ったよ」


 とはいえ、貴族と言えば表向きは愛想が良くても裏では何を考えているのか分からない人種、そのトップの地位である王族に君臨するヒルデリア王女の心の中を覗くなどヒイロにできるはずもない。それを気にしていたら貴族と接することなど出来ないので、もう自分の直感を信じることにしている。


 ちなみに筆記試験でヒイロに難癖をつけた上級貴族(※)は悪い人のカテゴリだ。

(※第13章 第181話)


「だから、試験成績を争うライバルではあるけれど戦うつもりは無いって答えたわ」

「なるほど、当たり障りのない答えだ」

「それ以外言いようがないじゃない」

「そうだけど。それで世渡さんはなんて?」

「それなら良かったってとりあえず安心してくれたかな。あと、ヒルデリア王女を護って欲しいってお願いされた」

「はあ? それは何かおかしくない?」


 あまりに突飛な話の流れにヒイロは怪訝な声を上げる。戦わないで欲しいというのはまあ理解できる。試験の形式が直接対決ではなく「魔導迷宮から成果を持ち帰る」なので別々に行動をすれば争いは回避可能だろうし、実際にそうするつもりでいた。


 だが護ってくれとなると、話は別だ。逆に共に行動する必要が生まれるので必然的に成果の取り合いになる可能性が高まし、まさかそれを譲れというわけでもあるまい。たった二席の合格枠を争うライバルなのだ。直接戦うことはしなくてもヒイロとアカが二人して合格を勝ち取るためには、申し訳ないがヒルデリア王女には不合格になってもらわなければならない。


「私もそう言ったんだけどね……」


 ヒイロの反論にアカは同意しつつも、視線を泳がせる。


「断らなかったんだ」

「全面的に了承したわけじゃないよ!? ただ、目の前で危ない目に遭っていたら助けるくらいのはするよって……」

「それもどうなの?」

「だって……カナタ、すごく不安そうに震えていたから……」


 アカは気不味そうに俯いた。そんな様子を見てヒイロはため息をついて、これ以上追求するのを辞めた。日本にいた頃の二人のことをよく知らない以上、感情論で話をしても仕方ない。


 ちょうどポルーナの家にたどり着いたのでヒイロが戸を叩くと、ポルーナが二人を出迎える。事情を説明して一晩だけ泊めてもらえないか相談すると、ポルーナは快く受け入れてくれた。

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