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双焔の魔女の旅路  作者: かおぴこ
第14章 特待生試験に向けて
210/225

第195話 試験前日、出会いと衝撃

 湖から戻ったアカとヒイロは試験までの残り期間は準備と休養に充てることにした。安全なつもりで受けた依頼で死にかけたのだから、もう軽い気持ちで依頼を受けるべきでは無いと思ったのである。


「犬も歩けば棒に当たるってやつだよね」

「その諺、出歩くと悪いことが起こるって意味もあるけど逆の意味もあるらしいわよ」

「そうなの!? じゃあ格言として使えないじゃん」

「賢いこと言ったのに、残念ね」

「くそう……じゃあ猿も木から落ちる!」

「それはこの状況に何の関係もないわね」

「雉も鳴かずば撃たれまい!」

「桃太郎?」

「じゃあ魔導迷宮はさながら鬼ヶ島ってところだね」

「上手いこと言ったみたいな顔してるけど、たいして上手くないからな?」


 ドヤ顔するヒイロだが、これから行く場所に鬼が出るとか縁起でもない事を言うのはやめて欲しい。


◇ ◇ ◇


「ざっとこんなもんか」


 いよいよ明日に迫った特待生試験。だいたい一日弱で燃え尽きる松明を六本――アカとヒイロがそれぞれ三日分――と、水と食料。あとはメンテナンスを終わらせた愛用のメイス。持っていくのはこの程度である。


「鎧はこれで仕方ないね」

「まあこれに頼った戦い方はしないからね」

 

 アカの鎧は、湖での爆発によりボロボロになってしまったため急遽鍛冶屋で調達した。とはいえしっくり来るものが見つからなかったため、トカゲの革を加工した胸当てを間に合わせでアカが着られるサイズに調整してもらっただけである。


「魔力はもう回復したよね?」

「おかげさまで、十分かな」


 からからに枯渇させた魔力だったが、数日の休養で完全に回復した。怪我も治って、コンディションは万全といったところだ。


「あとは明日に備えて寝るだけだね」

「まだ午前中だけど」

「明日から三日間はほとんど徹夜になるから、今のうちに寝溜めしておくっていうのは?」

「魔力を消耗していなければありなんだけどなぁ」


 アカは窓から外を見る。穏やかで心地よい陽気なのでお昼寝をしようとすればできるだろうけれど、中途半端に寝ると夜眠れなくなってしまいそうで、結局明日を寝不足で迎える羽目になりそうな気もする。


「とりあえず町に繰り出そうか」

「そうだ、一応魔導迷宮までの道のりを確認しておこうよ。場所は聞いてるけど念のため」

「試験前日に会場を下見だね。アカって受験生の時もそういうところちゃんとしてそう」


 普通するでしょ? え、しないの?


 ……。


 …………。


 ………………。


 部屋を出て宿の受付の前を通ると、女将から声をかけられた。


「おや、アンタたちはまだチェックアウトじゃないよね?」

「あ、はい。あと四日くらいはお世話になろうかと思ってますけど」


 明日から三日間の試験なので、その翌日くらいまでは連泊で部屋をとってある。試験期間中はずっと外出という事になってしまうが、ヘトヘトで出てきたあとに部屋がとれないという事態になるのは避けたいのでやむを得ない出費だ。


「だよね。変な事を聞いてすまないね。昨日から急に部屋が埋まり始めてさっき満室になっちまったから念のために確認させてもらったのさ」

「ありゃ、そうなんですか」

「ああ。しかもみんな身なりの綺麗な貴族様ばかりだよ。こんなこと今までになかったっていうのに」


 このタイミングで貴族がこの町にくる理由。他の受験生達が到着したということだろう。もしかしたら試験官――セシル教授も来ているのかもしれない。


 昨日から埋まり始めたという事はやはり馬車で移動してきたらこのタイミングで町に辿り着いたという事だろう。早めにこの町に辿り着き、魔導迷宮にこそ入れなかったけれど準備はしっかりと出来たのでそこは急いで走ってきて良かったなと思うアカとヒイロであった。


 女将にちょっと出てくると告げて宿を出て、十五分も歩けば魔導迷宮に到着した。聞いていた通り、入り口とされる洞窟の入り口の周辺には鎧を着た兵士たちが見張っていた。


「本当に街のすぐ近くにあるのね」

「ここなら迷いようがないね。明日は朝この辺りにくれば良さそうだね」


 おそらく他の受験生もここにくるだろうから、そこに混じって待っていれば良いだろう。


 その後は特に目的もなく町をぶらぶらする。小さな町なので首都のように小洒落た店があるわけではないが、知らない町を歩くというのは何となく楽しいものではある。下手に栄えていると不埒な輩も多いのだが、この町ではその手の輩にも遭遇する事はなかった。


「とはいえ、よくある田舎の町って感じだよね」

「まあ、これまで滞在してきたところと比べて何か特色があるかと言われれば魔導迷宮ぐらいよね」

「そのおかげで美味しいトカゲが食べられたとも言える」

「そう考えると素晴らしい町ね」

「アカってそんなに食い意地張ってたっけ」

「ヒイロだってたくさん食べてるじゃん!」


 確かにおかずをおかわりするようなことは滅多にないが、和食を思い出させる女将のトカゲ料理はついもうちょっとだけ食べたくなってしまう。食い意地が張っているわけじゃなくて、そう、これは郷愁の念というやつだ。


 食いしん坊だと言われるのが悔しくてつい熱くなって言い訳するアカにヒイロは笑った。


「まあ、この町でしか食べられないもんね。今のうちにたくさん食べておくといいよ」

「だからお前も食べてるだろうがっ!」


 散歩を楽しんだアカとヒイロは宿に戻った。まだ夕食にはまでだいぶ時間はあるが、部屋で魔力操作の基礎訓練でもしておこう。


「アカ、見て。馬車がいっぱい停まってる」

「受験生達が乗ってきたってことね」


 ヒイロが言った通り、宿の裏には豪華な馬車が十台ほど、所狭しと並んでいる。貴族用のそれである事は明らかで、いまこの町を訪れる貴族というのはつまり特待生試験実技試験の受験者ということだろう。


「あれ、あの馬車……」


 ヒイロは、一台の馬車の横にいる人に気付く。そこには女性が二人。片方は筆記試験でヒイロを助けてくれた、ヒルデリア王女であった。

 

 ……。


 …………。


「私は野宿でも構わないと言っているのだけど。ここに来るまでも何度かしたでしょう?」

「いけません! 明日が本番だというのに、その前日に疲れを残すような事をしてどうするのです!?」

「でももう、空き部屋はないのでしょう?」

「いまカナタがどうにかならないか交渉していますから」

「交渉してどうにかなるものでもないでしょうに」

「姫様のために、無理にでも部屋を空けさせます」

「そういうのはやめて頂戴……あら、あなた達」


 何やら言い争っている二人を何となく窺っていたアカとヒイロであったが、ヒルデリア王女が何となく宿の入り口の方へ目を向けた拍子に気付かれてしまった。


 無視するのも失礼だと思い、近付いて頭を下げた。


「ヒルデリア王女、ご機嫌麗しゅうございます」

「ええ、ご機嫌よう。あなたたちも来たのですね」

「はい。先ほど魔導迷宮までの道を確認してきたところです」

「それは良い心がけね。明日の朝、迷ったら大変だもの」


 そういうと王女は上品に笑った。


「ヒルデリア王女もこちらの宿に?」

「そのつもりだったのだけど……」

「もう満室と言われてしまったのだ」


 ずいっ、とヒルデリア王女とアカ達の間に入り込むように、もう一人の女性が割り込みつつ答えた。背が高く、筋肉質で立派な鎧を着ている。騎士みたいだな、とアカは思った。


「ジャンヌ、失礼な態度を取らないで」

「お言葉ですが姫様。素性の分からぬ者との接近を不用意に許しては護衛の役目を果たせませんので」

「同じ試験の受験生よ」

「そういう事を言っているのではありません。それにライバルとなれば尚のこと万が一があっては、」

「ジャンヌ」


 ヒルデリア王女が強く呼ぶと、護衛のジャンヌはバツが悪そうに黙った。


「気を悪くさせたならごめんなさい。私の護衛は少し過保護で」

「いえ、気にしてないので大丈夫です」


 冷静に考えれば、一国の王女が護衛を一人しかつけずにこんなところにいるのも大概である。この状況を思えばジャンヌという護衛の態度は過保護どころか当然のもので、なんなら先ほど不用意に近付いた時に斬り伏せられても仕方なかったまである。


 アカが気持ち半歩下がりながら頭を下げると、こちらの思惑に気が付いたジャンヌは少しだけ警戒を緩めた。そんな様子を見てヒルデリア王女は少し困ったように微笑んだ。


「いまジャンヌが言った通り、もう部屋が取れなかったの。この町に宿はここしかないと聞いているのだけど、では町のはずれで野宿をするしか無いわねという話をしていたのよ」

「ですから、明日から試験だというのに姫様にそんな事をさせるわけにはいきませんと先ほどからっ!」

「……というわけで、なかなかこの子が納得してくれなくて困っていたというわけです」

「明日はただでさえ危険な魔導迷宮に挑むというのに、野宿などしたら旅の疲れがとれないではないですか! 護衛騎士としてそんな危険は看過できないと言っているのです!」

「だけど部屋がないのであれば、仕方ないでしょう」


 なるほど、これが先ほどからの言い争いの理由か。護衛騎士(ジャンヌ)の言い分も理解できるが、かといって部屋が無いならどうしようもない。……まあ目の前の人物はいくらでも無理を通すことができる身分ではあるが、しかし本人はそれをするつもりはないのだろう。


「……アカ」


 ヒイロがアカに小声で呼びかけ、袖をちょいちょいと引っ張った。言わんとしている事を理解したアカは小さく頷く。


「あの、差し出がましいようですが……私達が泊まっている部屋を使いますか?」

「え?」

「普通の二人部屋なので、王女様には狭いかもしれませんけれど、よろしかったら、ですけど」

「そんな気を遣って貰わなくても、」

「本当に良いのか!? ありがたい!」


 遠慮がちな王女を押し除けるようにジャンヌがアカの手を取った。その勢いに思わず気圧される。


「でも、あなた達の今日の宿がなくなってしまうでしょう?」

「えーっと、一晩くらいなら泊めてもらうあてはあるので、大丈夫だと思います」


 アカはポルーナの事を思い出す。頼めば一晩くらい泊めてもらえるかもしれない。まあダメでも一日くらい野宿しても構わないしと思いつつ続ける。


「そ、それに、筆記試験のときはヒルデリア王女に助けて頂きましたので、ここでお礼をさせて頂けるとこちらとしても助かります。……こう、気持ちをスッキリさせて明日の実技に臨めるといいますか」


 王女相手に借りを返すという交渉もどうかと思いつつ、失礼にならないよう精一杯言葉を選ぶ。


 ちなみにこれも本心ではあるけれど、本音を言えばここで「あら大変ですね」と言って立ち去るとヒルデリア王女本人はさて置いて隣の護衛騎士に逆恨みをされそうな気がするというのも大きい。逆にここで恩を売っておけば何かの折に「あのとき宿を譲ってくれたな」と味方してもらえるかも? といった具合に保身が七割、お礼の気持ちが三割くらいが正直なところだ。


 後ろでコクコクと赤べこのように首を縦に動かすヒイロもおそらく同じ気持ちだろう。


 そんなアカ達の気持ちを汲んでくれたのか、ヒルデリア王女は困った顔をしながらも「そう言ってくれるなら」と申し出を受けてくれる。


「じゃあ宿の女将さんに話をしに行きましょうか。ちなみに、泊まるのはお二人ですか?」

「いや、姫様の世話をするための侍女がもう一人同行している。今は宿で部屋を空けて貰えないか交渉をしているところだ」

「じゃあ三人ですか……私たちの部屋は少し狭いかもしれません」

「ああ、姫様がきちんと休めるのであれば私たちは構わない」


 嬉しそうに頷くジャンヌに連れられて、アカとヒイロは宿に入る。小さな受付カウンターの手前には上品な服に身を包んだ小柄な女性――おそらくヒルデリア王女達に同行している侍女だろう――が、向こう側にいる女将に食い下がっており、女将は困った顔で首を振っている。


 二人の元へジャンヌが詰め寄ると、それに気づいた侍女が振り返る。


「あ、ジャンヌさん。ごめんなさい、やっぱり空き部屋は無いみたいです。最悪ヒルダ様だけでも泊めて貰えないかと個室(シングル)の空きも確認しましたけど、ダメでした……」

「それなんだがこちらの二人が泊まっている部屋を一日だけ貸してくれるという事だ」

「え、そうなんですか!?」

「ああ、姫様もありがたく提案を受ける事を受け入れてくれた」

「良かった……、あの、ありがとうございます!」


 ジャンヌの言葉を受けた侍女は、アカとヒイロに深々と頭を下げる。


「できる限りのお礼を……えっ?」


 たっぷり数秒礼をして、再び上げた顔を上げた侍女は、アカの顔を見てその目を見開いた。そしてアカも、同じように驚愕の表情を浮かべる。


「あ、アカ……?」

「え……まさか、カナタ……? 何で、なんで、ここにいる、の?」


 この場にいるはずの無い親友の存在に、お互い次の言葉が紡げずに固まってしまった。

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