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双焔の魔女の旅路  作者: かおぴこ
第14章 特待生試験に向けて
209/225

第194話 ポルーナの箱(※)

 日が高く昇る前にはスウェイの町に戻ってくる事ができたアカとヒイロはその足でポルーナの家を訪ねて鉢植えに入れた月詠草を渡した。


「あらあら、もう取ってきたの!?」

「私たち、結構足が速いんですよ。この町に来る時も首都から丸一日で走ってきたんですから」

「あら、最近の冒険者さんは凄いのねえ」


 感心した様に笑うポルーナであるが、ヒイロの言葉は流石に冗談だと受け取ったらしい。まあ普通は馬車で七日以上かけてくる距離を一日で走ってくるとは思わないだろう。


「この花で良かったですかね?」

「ええ、これで間違いないわ。とても丁寧に鉢に植え替えてくれて……ありがとう、夫もきっと喜ぶわ」

「良かったです」

「湖は綺麗だったでしょう?」

「そうですね、絶景でした」

「夜の湖は見れたかしら」

「はい、たくさんの月詠草が湖を囲む様に灯していて、まるで光のリングみたいでした」

「あれを見られたのね、運がいいわ。咲いている花が少ないとそこまできれいな輪にはならないもの」

「ポルーナさんもあの光の輪を見ていたんですか?」

「そうね、きれいな輪が見られるのは数年に一回だったけれど、夫と一緒に一晩中そのあかりを見ていたの。それだけで幸せだったわ」


 思い出す様にうっとりと目を細めるポルーナ。


「魔物には襲われなかったんですか?」

「あら、湖の周りには魔物は出ないでしょう? 魔物はこの光が苦手で、月詠草がたくさん咲いているならむしろ湖の周りは安全なのよ」


 だからこそ比較的安全な明るい昼のうちに湖へ赴いて、夜は湖の辺りで明かすのが定番のコースだったのだと語るポルーナ、その言葉に嘘はなさそうである。


「そうですか……」

「もしかして、湖の周囲に魔物がでたの?」

「周囲どころか、湖の中から」

「ええっ!? あの湖に魔物が!?」

「すごく大きいタコの魔物でしたよ」

「大きいタコ……もしかして、それって湖のヌシじゃないかしら……」

「ヌシ?」

「ええ、湖には水棲の魔物はほとんど居ないはずだけど、一体だけ例外がいてそれが湖のヌシって言われているの。私も、子供の頃に母にちらっと聞いただけで何十年も湖に行ったけど一度も見たことはないわ。私の母も、その母……つまり私の祖母も、ヌシがいるって話は聞いたことはあっても見たことはないはず……」

「そんな幻の生物だったんですね」

「ごめんなさい! まさか、ヌシがあなた達を襲うなんて……これまで実際に見たことも無いからてっきり御伽噺だと思っていたし、いま話を聞くまで忘れていたぐらいで……」

「いえ、結局こうして無事だったので、気にしないで下さい」


 すっかり恐縮するポルーナにアカ達は手を振ってみせた。


 湖が安全だと何十年も思っていたのならヌシが危険だと警告できなくても仕方ないし、そもそもポルーナの話を聞いて湖について碌に下調べをせずに現地へ向かった自分たちにも落ち度はある。ポルーナを責めるつもりは無かった。


 ポルーナはそんな二人に、改めて二頭を下げる。


「二人とも、本当にありがとう。それじゃあ報酬を払うわね」

「はい。あと、ギルドに提出する報告書にサインをください」

「そんなものが必要なのね。ペンを持ってくるからちょっと待っていて。というかこんな玄関口でごめんなさい、中に入って頂戴。お茶も淹れるわね」


 さあさあとリビングに通されテーブルに座らされるアカとヒイロ。アカの本音としては早いところ宿に戻って眠りたいのだけれど、ご厚意を無視するわけにもいかない。もう少しの辛抱である。


 ポルーナは手際良くお茶を淹れると二人に出して、さらさらと報告書にサインをしてくれた。


「報酬だけど、もう少し多い方が良いかしら。まさか湖のヌシに襲われるなんて思ってもいなかったから……」

「依頼を受けたあとに報酬額をあげるには、私達からギルドに異議申し立てをしてそれを認めてもらわないといけないんです。それをせずにたくさん報酬を貰ったら契約違反になってしまうので、銀貨一枚(元々の金額)でお願いします」

「そうなのね。私としては銀貨十枚くらいでも良いのだけれど」

「私たちは報酬額に異議を唱えるつもりはありませんので」


 ポルーナを気遣ってとかではなく、単純に手続きが面倒くさい。これが金貨数枚(数百万円)規模の話であれば面倒だなんて言っていられないけれど、銀貨数枚の話であるし、そもそもポルーナを責めるつもりはないわけで。


「じゃあお金以外で、何か出来ることは無いかしら?」

「うーん……ヒイロ、何かある?」

「そうだ、じゃあポルーナさん。魔導迷宮について何か知ってますか? さっきの御伽噺みたいなものでも良いんですけど」


 ヒイロはポルーナに二人がこの町に来た理由と魔導迷宮についての情報を集めていることを説明した。


「そういう事情だったのね。ええと、魔導迷宮についてねぇ……」


 ポルーナは頬に手を当てて頭をひねる。そのまま暫く経つと記憶を探る様にポツポツと話し始めた。


「あそこは、昔は魔導迷宮なんて呼ばれてはいかなったのよ。私が幼い頃は「なんとかの王の城」なんて言われることもあった気がするわね」

「なんとかの王?」

「何の王だったかしら……。暗き王、慄きの王、闇の王……うーん、しっくりこないわ。あまり明るい単語じゃ無かった気はするのだけれど」


 ポルーナは云々と唸るが、思い出せないらしい。


「魔導迷宮には王様が住んでいたんですか?」

「そうらしいわね。それこそ何百年も前は、その王様の居城だったけれど、いつの間にかお城からは誰もいなくなってしまったって聞いたわ。王は勿論、城にいた多くの人々がどこへ行ったかは誰も知らない――そんなお話だったかしら。このぐらいしか知らなくて、ごめんなさいね」

「いえ、参考になりました!」


 ヒイロはそう言って頭を下げる。ポルーナはそれなら良かったと言って微笑む。


「そうだわ、枯れないうちに飾っておかないと」


 ポルーナはぽんと手を叩くと月詠草の植えられた鉢を戸棚に置いた。その横には綺麗な装飾の小物入れ――亡き旦那さんの手作りという箱が置かれている。その箱をみてヒイロが顔を上げる。


「あ、ポルーナさん。その箱のカギってもしかしてコレですか?」


 そう言って懐から古い真鍮のカギを取り出してポルーナに手渡した。


「え!? これ、一体どうしたの?」

「湖のそばに落ちてたんです。手造りっぽいし、キートップの装飾がその箱に似ている気がして、一応持って帰って来ました」


 古い鍵で色もくすんでいるが、水蒸気爆発で飛び散った水がかかったことと、それが朝日に反射したことでたまたま見つける事ができた。そんな偶然がなければ足元に落ちていても気付かなかったであろう、偶然の産物である。


「そうなのね。まさか湖で落としていたなんて……」

「これでその箱もしっかり使えますね」

「そうね、何も入っていないとはいえ下半分が使えないのは勿体無いからね。鍵はまだ使えるかしら?」


 ポルーナはヒイロから受け取ったカギをゆっくりと箱の鍵穴に差し込み回す。カチャリと高い音がして、箱の下の引き出しが開いた。


「良かった、開きましたね」

「ええ、本当にありがとう。……あら?」

「どうしました?」

「何も入っていないと思ったんだけど、紙が一枚入っているみたい」


 ポルーナは箱の底にピッタリと収まっていた紙を取り出す。折り畳まれた紙を開くとそこには、若い男女が並んでいる絵が描かれていた。


「これは……」

「若い頃のポルーナさんですか? お隣の男性はもしかして旦那さん?」


 ポルーナの手元を窺ったヒイロが訊ねると、ポルーナは静かに頷いた。


「結婚してすぐの頃ね。記念にって二人並んだ肖像画を描いてもらったのよ。これはその下書きね」


 家族の肖像画を描いてもらうことは貴族であれば珍しくないが、平民だと一生に一回あるかないかである。大抵はポルーナ達のように結婚といった人生の節目で開催されるイベントらしい。


 貴族は肖像画の下書きなど欲しがらないが、平民であるポルーナ達にとってはそれすら大切な記念の品ということで旦那さんが処分せずにこっそり貰ってこの箱に大切に保管していたというわけだ。


「肖像画そのものは、遠くの街に住む娘の家で飾ってもらってるんだけど……またこうして下書きが見られるなんて思わなかったわ。ほら見て、この人の緊張してカチカチになった顔。こんなところまでしっかりと描いてくれているのね」


 ポルーナは懐かしそうに絵を眺める。そして大切そうに畳み、再び箱にしまった。


「これからはずっと旦那さんと一緒ですね」

「ふふ、この箱がより特別なものに思えて来たわ。お墓に月詠草を備えるときに、貴方がこっそり箱に隠した絵を見つけたわって報告しないとね」


 もう若くない――初老と言ってよい歳のポルーナであるが、旦那さんを想って語るその顔は恋する女の子の様であった。


◇ ◇ ◇


 無事に手続きも終わらせて依頼を完遂し、宿に戻って来たアカとヒイロ。二人は疲れた体をベッドに投げ出した。


「ポルーナさん、喜んでくれて良かったね」

「そうね。魔導迷宮についてもちょっとだけ情報を得られたし、大変だったけど依頼を受けて良かったわ」


 アカは頷いて目を閉じる。徹夜してそのまま山から降りて来ているヘトヘトだし、このまま眠ってしまいたい気分だ。ヒイロは湖で眠ったのでアカよりは元気だけど、やはり万全とは言い難いのでアカの隣で寄り添うように目を閉じた。


「やっぱりスマホ、とっておけば良かったかなあ」

「……いきなりどうしたの?」

「ほら、ポルーナさんと旦那さんの肖像画。ああいうのっていいなあって」

「ヒイロも描いてもらいたいの?」

「私たちは日本の女子高……女子大生だから、描くより撮るだよ」

「ああ、そういうことね」

「私たちが一緒にいる写真って一枚も無いじゃん?」

「まあスマホ自体、ないからなあ」


 日本からこの世界に持ち込まれたスマホはとうの昔に軍資金に代わっているし(※)仮にあれを取っておいたとしてもこれまでの旅で荷物を無くした事は一度や二度で無いのでとっくに失っているだろう。何より充電できなければただの硬い板である。

(※2章 第27話)


「日本戻ったらさ、いっぱい写真撮ろうよ」

「二人の?」

「うん。嫌?」

「嫌じゃ無いけど、ちょっと恥ずかしいかな」


 アカはあまり自撮りするタイプでは無い。まあ日本にいた頃の友人と共に撮った写真は何枚かアルバムにあった気もするが。……そういえばヒイロとの写真は、彼女が言ったとおり一枚もないな。この世界に来るまでほとんど会話した事もなかったので当たり前といえば当たり前か。


「アカはカワイイからたくさん撮っておいた方がいいよ。私が保証する」

「何の保証だよ」


 言いつつも、自然と顔がにやけた。好きな相手からカワイイと言われれば嬉しく無いわけがない。……そうか、そうだよね、


「ヒイロも、かわいいよ。うん、世界一かわいい」

「ほえ?」

「ほれほれ、かわいいぞ」

「き、急にどうした!?」


 目を開けて横になったままヒイロの頭を撫でると、ヒイロは顔を紅くしながら困惑する。


「私もたまにはちゃんと言っておこうと思って」


 ポルーナさんの旦那さんは口数が少なくて、ほとんど気持ちを表現しない人だったと言っていた。それでも贈り物である手作りの箱や、その中に二人の自画像を残していた事を思えば、ポルーナさんのことを大切に想っては居たのだろう。ポルーナさんもそれは分かってはいたようだけど、それでもやはり言葉にして伝えて欲しかったのではないだろうか。


 そして自分はヒイロからいつもまっすぐな言葉を掛けられていた事と、反対に自分からはあまりそういう言葉を口にしていなかった事に気付いた。ヒイロはそういう言葉を欲しがるタイプでは無いと思っていたけれど、果たしてそうだろうか? 本心ではこういう言葉を求めているのではないだろうか。


 なんとなくそう思って、きちんと言葉にする事にした。


「ヒイロはかわいいし、一緒にいると楽しくて、安心できて、私の大切な人だよ」

「わわわ、ちょっとタンマ! 録音するからもう一回言って!」

「だからスマホはねぇつってんだろが」

「……じゃあ、ちゃんと心の中に録音するから、もう一回言って?」


 そう言ってヒイロは起き上がり正座した。その目はキラキラと期待に満ちている。


「そんな風にされたら恥ずかしいんだけど」

「アカの言葉をちゃんと受け取らないと」

「むぅ……」


 ここでやっぱり恥ずかしいから無理! とは言えないし、仕方ないか。アカも体を起こしてまっすぐにヒイロを見つめる。


「ヒイロ、かわいいよ。えっと、いつも一緒に居てくれてありがとう。それと……好きよ」

「嬉しい!」


 ヒイロはそのままアカに抱きついてきた。


「私も、アカが好き! 大好き!」


 そう言ってぎゅっと抱きしめてくる。こんなに喜んでなら、普段から言っておけば良かったか。いや、たまに言うから嬉しいのかな? いつも言ってると薄っぺらくなるかな?


 ヒイロと唇を重ねお互いの服に手を掛けながら、とりあえず今後は、もう少しだけ頻繁に言葉にしてあげようと思った。

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