第190話 ピクニック気分で
思いのほか長居してしまったため、いまから東の山に向かったら真夜中の山道を歩くことになる。
「でも、月詠草を探すなら夜の方が都合がいいと思うのよね。だから今から向かっちゃおうかと思うんだけど」
「賛成。夜のうちに山頂付近にあるっていう湖に着けるかな」
「夜道に迷わなければね。せっかくだから作った松明、ひとつ使ってみる?」
「さすがアカ、試験の練習も兼ねるとは抜け目がないね」
宿に寄って用意した松明をひとつ持ち出すと、女将に今日は帰らないので夕食がいらない旨を伝える。
「だったらコレを持っていきな!」
強引に持たされたのは、夕食のおかずを皮袋に詰めたお弁当であった。毎日おかずをおかわりする二人はすっかり女将に気に入られていた。きちんと食べた分お金をはらっていることもあるが、毎日おいしいおいしいと何枚も皿を空にすれば、作る側からすれば嬉しいものである。
ありがたくお弁当を預かった二人は夕暮れに差し掛かろうとする町を出て、東の山へ向かう街道を進む。
……。
…………。
………………。
「そういえば、随分ポルーナさんと打ち解けていたわね」
「ヤキモチ?」
「さすがに妬かねぇよ」
「ふふふ、だよねぇ」
ヒイロは楽しげに笑ったかと思うと、少し寂しげに顔を曇らせる。
「ちょっとね、お婆ちゃんのコトを思い出しちゃって。ポルーナさんには失礼かもしれないけど」
「ヒイロの、お婆様?」
「うん。私が中学生の頃に病気で亡くなっちゃってるけどね。ちょっとポルーナさんに雰囲気が似てたんだ」
「へぇ……」
「私、わりとお婆ちゃん子だったから。子供の頃は両親が家にいないことが多かったってのもあるんだけど。それで、たまにお婆ちゃんが遊びにくると嬉しくてずっと遊んでたんだよ。お婆ちゃん、意外とハイカラで一緒にゲームしたりとかも付き合ってくれて」
アカは黙って頷きながらヒイロの話を聞く。ヒイロはこれまでほとんど両親……家族の話をした事がない。言葉の端々から、ご両親とはあまり良好な関係ではないのかな、少なくともアカのように色々と相談したり、困ったときに頼りにして甘えたり、そういったことができる関係ではないのだろうと思っていた。
人見知りではあるが、心を許した人にはグイグイいくタイプのヒイロにしては両親に対してそれが無いというのは違和感が強いが、家族のことだからこそ深くは聞き辛かった。
だが、先ほどのポルーナさんとのやりとりやお婆ちゃんについて話す姿は、まさにアカが持つヒイロのイメージ通りである。
「じゃあヒイロはお婆様とお爺様の馴れ初めも根掘り葉掘り聞いたの?」
「別に自分から聞いたわけじゃないけど、お婆ちゃんから聞いたことはあるなぁ。お見合い結婚だったらしいけど、当時はそこそこ多かったらしいよ」
「へぇ」
「アカはご両親の馴れ初めとか、聞いたことない?」
「大学のゼミの先輩後輩って言ってたかな」
「お、王道だね」
「王道か……?」
「少なくとも私達よりはよくあるパターンでしょ」
「そう? 高校のクラスメイトっていうのも珍しくは無いと思うけど」
「そっちじゃねえ、異世界に迷い込んでってほう!」
ヒイロが笑ってツッコむ。アカも、なんとなく結婚式で「お二人の出会いは高校で同じクラスになり、そして異世界での旅を経て絆を深め……」と司会が説明するシーンを想像して笑ってしまった。
そんな未来がくればいいな。目の絵で笑う大切な人を見ながら、アカは心からそう思った。
◇ ◇ ◇
暫く歩くと、周囲が徐々に夜に染まり始めた。
「ぼちぼち使ってみましょうか」
松明と火打石を取り出す。
「私がやってみてもいい?」
ヒイロが楽しげに聞いて来たので、アカは頷いて火打石と火打金を手渡した。もちろん自前の魔力で火を起こせば一瞬だが、魔道迷宮内で魔法が使えなくなった時を想定すると火打石が使えた方がいい。
ヒイロは意気揚々と火打石をカツカツと打ち付ける。
カッ! カッ! カンッ!
「……着かない」
「当て方にコツがあるのかしら」
「むぅ」
カンッ! カンッ! カカンッ!
「ヒイロ、あまり強く叩かなくても、
「ふんっ!」
ガンッ!
ムキになって叩きつけたヒイロの手の中で、火打石はボロボロに砕けてしまった。
「アカ、これ不良品だわ。あとで雑貨屋にクレームつけようぜ」
「絶対違うと思う」
ヒイロから火打金を取り上げ、アカは
「火花は散ってたから、火種がちゃんと燃えなかったんじゃないのかな」
「どうせ不器用ですよー!」
「まあまあ。私がやったところでうまく火をつけられたかは分からないし、町に帰ったらまた買って練習しようよ」
むくれるヒイロを宥めつつ、アカは手元から火を起こして松明を灯す。まさか火打石が割れるとは想定していなかったのでこちらは予備を持っていなかった。
「こんなことなら子供の頃のキャンプでもっと真面目に火起こしを練習しておけばよかったよ」
「キャンプなんて行ってたの?」
「家族でね。あまりいい思い出はないんだけど。虫に刺されるし」
ヒイロは遠い目をして呟いた。
家族で、とは言ったが厳密には「ヒイロの一家と、幼馴染の一家と合同で」である。ヒイロが小学生の頃は、仲の良い家族同士で避暑地のキャンプ場へ行くのが、夏休みの恒例行事であった。
アカに言ったように虫がいるのも嫌だったけれど、本音を言えば山のキャンプ場で冒険ごっこをする幼馴染の男の子を見守らないといけないのがヒイロは好きではなかった。大人と一緒にバーベキューの準備をする方がいくらかマシだったが、好奇心旺盛な幼馴染は準備そっちのけで河原やその先の山道を探検したがった。「こっちはいいから一緒に遊んでらっしゃい」と言われるのはヒイロにとっては苦痛であったが、一度彼を放置してひとりで居たら「勝手なことをして」と怒られてしまい、それ以来仕方なく彼に付き合うのが恒例であった。
今思えば、もっと強く反発しても良かったかもしれない。何かと幼馴染と一緒にしたがる両親――特に母親――に、それとなくセットにされるのは嫌だと伝えては居たけれど、別に家族間で喧嘩するのは本意でないこともあり、あまり強くは意見を主張できなかった。それがズルズルと高校まで続いて、なんだかんだ距離が置けないまま来てしまっていたのだった(※)。
(※第7章 92話)
「火の起こし方、思い出した?」
「え? あ、ううん、ごめん。やっぱり思い出せないや」
アカの質問にヒイロは首を振って答えつつ、つまらない思考を打ち切る。
「でも次の火打石もヒイロが壊しちゃうかもなあ」
「いざとなったら狩人のお爺さんに着け方を習ってもいいかもね。火の付け方も知らずに松明だけこんなに準備したのかって呆れられるかもしれないけど」
「着火は盲点だったよね。だけど日本にだって火打石で着火したことがある女子高生はあまりいないと思う。私たち、もうとっくに女子高生の年齢じゃないけど」
「じゃあ女子大生名乗る?」
「受験を乗り越えてないのにそれも抵抗あるなぁ……」
「確かにそれもそうね。じゃあ私たちって世間的には無職になるのかしら」
「住所不定無職の女(20)だね」
「……冒険者やってるし、自営業ってくくりにならないかしら」
「自称冒険者だ」
「元の世界で冒険者って言うと山登りとかしそうな雰囲気あるわね」
「というか日本に帰ったとして、冒険者を続けたい?」
「確かにちょっと微妙だなぁ」
暗い夜道を松明の火で灯し、取りとめのない会話を楽しみながら、二人は山道を歩く。
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