第187話 魔導迷宮の中とは
「ちょっと食べ過ぎちゃったかな」
「どれどれ。うーん、これはトカゲのお肉がたくさん詰まってるね」
「こら、お腹触るな! それにヒイロだってたくさん食べてたもん!」
昼食を食べ終えた二人は、宿を出て狩人の家に向かう。魔導迷宮に詳しい人物が早速見つかったのは幸いである。
女将に教えてもらった町外れの家に辿り着く。扉をノックしたが、反応は無かった。
「あれ、留守かな?」
「狩りにでているのかしら」
「なんじゃ、ワシに用か?」
声に振り向くと、厳つい顔をした老人が立っていた。顔に皺こそ刻まれているが腰は真っ直ぐしており、弓を携えた腕は丸太のように太い。
「あ、こんにちは。えっと、私たち魔導迷宮について調べているんですけど宿の女将さんからベテランの狩人さんが居るって聞いて、ぜひお話を伺いたいなって……」
そう言ってアカが手に持ったカゴを差し出した。これは女将からのアドバイスで預かったお茶と茶菓子――甘い木の根を煮込んで乾燥させた庶民向けの安い駄菓子である――で、目の前の老人の好物ということだった。
狩人はカゴの中身を一瞥するとフンと鼻を鳴らして家の扉に手をかけた。
「入んな。……先に言っておくが、アンタらが望むような話ができるとは限らねぇぞ」
「は、はい! ありがとうございます!」
アカとヒイロはぺこりとお辞儀をして、狩人の家に足を踏み入れた。
……。
…………。
………………。
「へぇ、魔法学園の特待生試験が魔導迷宮から成果を持ち帰る、ねぇ……」
アカから事情を聞いた狩人は顎を摩りながらポリポリと茶菓子を咥える。
「その成果ってのが何かは指定されてないのかい?」
「はい。ただ、私たちは迷宮に関する知識が何もないので何を持ち帰ればいいのか見当もついてないんですが。宝石とか転がってたりするんですか?」
「残念だがそういうもんは見たことねぇなあ。ワシは外でトカゲや動物を狩るのが専門ってのもあるが。中に入ることもあるが、上層の浅いところまでだ。
下層に降りていけばあるのかもしれねぇが、あそこは一攫千金を夢見てよく冒険者だのがやってくるんだ。そこで何か見つけたって話も聞いたことはないってことは、少なくとも安全に帰ってこれる範囲には大したもんは落ちてないって事だろうな」
「何層もあるんですか」
「ああ。まず入口が一箇所、そこから緩やかな長い坂を下っていくと、狭い通路が急に開ける。いちおう地下のはずなんだが、岩が発光しているせいで昼間みたいに明るい。地面には草も生えてて、森まである。それが地下って言うんだから最初は頭がおかしくなりそうになるが、慣れれば外と変わらん感覚になるな。森には迷宮トカゲの巣があったりもするが、外にいる奴よりひと回り大きくて強いし、何より肉の味が悪いからわざわざここで狩る意味も無いな……よっぽど外で見つからない時ぐらいだ」
「それが上層、ですか?」
「そうだ。そして上層を奥に進んでいくと、でかい岩の麓に亀裂があって、そこを下っていくと中層に行けるって寸法だ。ワシも若い頃一度行ってみたことはあるが、まあ楽しい場所じゃあないな」
「中層は、どんな感じなんですか?」
「上層から一転、真っ暗闇なんだ。岩の亀裂は大きくて歩いて下りていけるんだが、進むほど外から光が入らなくなって、いずれは真っ暗になるのさ。それでもひたすら下りていくと、また開けた場所に出る。それが中層なんだが、ここもおそらく上層と同じくらいの広さがあるとは思うが、手持ちのランタンだとせいぜい五十歩分ぐらいしか照らせないせいで、何があるのか分からなかったな」
「中層の壁や天井は発光していないってことですか」
「ああ。若い頃のワシはそこで進むのを辞めて引き返してきたから、それ以上のことは聞いた話でしか知らんが……それでもいいか?」
「はい、お願いします」
「中層は手持ちの明かりで進んでいくんだが、暗闇の中でモンスターに警戒しながらすすむと、城が見つかるらしい」
「お城ですか」
「ああ。そこには幽霊がでるらしいが、危険は特に無いらしいな。襲われる事もないそうだ」
「魔物の幽霊種とは違うってことですかね」
「さあな。ゴーストも見たこと無いから分からん。その城を奥へ奥へと進んでいくと、下層へ続く階段があるらしい」
「下層は階段を降りていく、と」
「その先は話を聞いた事はねぇな。これまで生きて帰ってきた冒険者はみな、下層には下りなかった奴らだ」
「下層から帰ってきた人はいないって事ですか!?」
「少なくともワシは聞いたことが無い。暗闇を何時間も進んだ先にある城の奥、そこで降りた先に何が有るのか……何十年も前に国の調査隊が進んだらしいが、結局何があったのかは分からねぇな。何人も死んだらしいってウワサだけさ」
おそらくそれが、教科書に書いてあった第二次遠征だろう。
「私たちも、下層には下りない方が良さそうですね」
「命が惜しいならな。魔法学園の特待生ってのがどれだけ凄い事かはワシには分からんが、国の調査隊ができない事をしなければならんというわけでも無いだろう? だいたい上層や中層にも魔物はいるんだから、安全ってわけでもねぇからな」
……。
…………。
………………。
「どう思う?」
「どうと言われてもねえ」
狩人に礼を言って宿に戻った二人は、先ほどの話を振り返る。
「前に遺跡の奥に行ったけど(※)、あれとも勝手が違いそうだね」
(※第10章)
「そうね。上層の壁が発光しているってところは一緒かなって思ったんだけど」
「岩が魔力を含んで光るっていうのはこの世界では珍しいことでは無いみたいだね」
「だとすると、真っ暗な中層っていうのは逆にイレギュラーなのかしら。私たちの感覚だと、暗い方が当たり前って感じだけど」
「なんで真っ暗なんだろう。岩が魔力を含んでいないからとか?」
「でも、いまヒイロが言った通りこの世界では岩が光るのはわりと普通なのよね。だからあえて光らない理由があるのかなとも思うのよね」
「そういうことか。うーん……たまたま光らない岩が集まったとか?」
「または光を吸収する何かが在る、あるいは居るとかかしら」
「なるほど、外的要因で光が奪われているという考え方か」
「例えばだけど、魔力を吸い取る虫がいるでしょ」
「魔吸蟲? あれって小さな蚊みたいなもんでしょ。岩が含んでいる魔力は吸わないんじゃないかな」
ヒイロが挙げた魔吸蟲とは、この世界では一般的な虫の一種で、生き物が無意識に垂れ流す魔力を吸って自身のエネルギーに変える習性を持つ。これだけ聞くと恐ろしい虫だが実際に吸う量は微々たるもので、魔力をほとんど使わない魔導ランタンであっても数千数万匹が集まってようやく灯りが薄暗くなる程度――それだけ虫がいたら魔力が喰われずとも薄暗くなるだろうというツッコミはさておいて――である。岩の発光を妨げるほどの、しかも辺り一面を暗闇とする程の魔力を吸うとは考えづらい。
「それに似た特性を持つ生き物がいるかもってこと。魔導迷宮なんていうくらいだし、得体の知れない生き物がいてもおかしくはないでしょう」
「それはあるかもね。あとは逆に闇を産み出す魔物がいるっていう可能性はないかな。闇属性魔法とかで」
「ありえるわね。半端な光属性魔法だと対抗できないレベルのがいるのかも知れない」
明かりを灯す魔法は消耗が殆どないということで、光属性魔法使いが居るパーティは明かりを魔法に頼りがちだ。しかしそれを飲み込むレベルの闇魔法の使い手が居た場合、視界がまるで確保できなくなるというデメリットがある。過去の遠征隊が壊滅したのは、案外そんな理由によるのかもしれない。
「だとすると、私たちも明かりを火に頼るのは危ないかな」
「かもね。魔道具も同じ理屈で灯りがつかなくなっちゃう可能性があるから、魔石を使わないランタンか、松明を用意しておいた方がいいかもしれない」
「なるほどなるほど。少ない情報からでも対策は立てられるってことだね」
「推測できる限度はあるけどね。何もしないよりはマシかしら」
中に入れない以上は情報を集めて対策を練るしかない。だが、狩人の老人からでもある程度の情報を得ることは出来た。この調子で明日以降も情報収集と準備を進めていこうと二人は頷きあうのであった。
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