第185話 駆け抜ける双焔
「それじゃあ行ってきます」
「二人とも、無理はしないでね」
「はい。ウイ様もお気を付けて」
魔導迷宮に向けて旅立つアカとヒイロを、ウイとナナミが見送る。
「師匠、ウイ様のことをお願いします」
「承ったよ。アンタ達は自分たちの試験に集中しておいで」
「でも本当に馬車の手配はいらなかったの?」
「はい、走った方が早いので」
「場所はわかってるんだろうね」
「昨日地図で確認したので大丈夫です」
二の鐘の頃になると街を出る門も混み合うので、その前に出発する。荷物の入ったバックパックを背負い、王都を出た二人は魔導迷宮のすぐ近くにあるというスウェイの街を目指して街道を歩き始める。
そのまま十分ほど歩き、街から少し離れるとヒイロは肩をぐっと伸ばす。
「さて、そろそろ走りますか」
「頑張って早く着かないと、馬車を借りなかった意味がなくなっちゃうものね」
アカも頷き、全身に魔力を込める。
「じゃあ行くよ。よーいどん」
「やる気ない掛け声だな」
ヒイロの気の抜けた掛け声に笑いつつ、街道を走り出す。
……。
…………。
………………。
「ねえアカ、ちょっと思いついたんだけど」
昨晩のこと。魔導迷宮に向けた旅の準備を終え、あとは寝るだけというところでヒイロが目を輝かせて話しかけて来る。
「裏口入学する方法でも見つけた?」
「裏口じゃないけど、表口を通りやすくする方法とでもいいますか」
「え、ホント?」
アカとしては冗談で言ったつもりが、至って真剣に返されて驚いてしまう。
「十日後に魔導迷宮の前に集合する。受験生が一斉に魔導迷宮に挑んで、なにかしらの成果を持ち帰る。持ち帰った成果の価値を試験官が判断して合格者を決める。これが案内に書いてある実技試験だよね」
「そうね。まあ他人の成果を奪ってはいけないとか、試験は受験生以外の者の手を借りてはいけないとか、細かい注意書きはいくつかあるけど、概ねそんなところね」
その成果をどうやって本人のものと証明するのかなど、気になる部分はあるけれど概ね試験の形の想像はつく。集められた受験者達が一斉に中に入り、各々が成果――例えば宝石とかそういうものだろうか――を決められた期限までに持ち帰るとそんな流れになるのだろう。
「成果が何を示しているのかっていうのと、迷宮がどういう意味で危険なのかっていうのが分からないのが不安要素かしらね」
「そうなんだけど私、ひとつ気付いちゃってさ」
案内の注意事項を指さしてニヤリと笑うヒイロ。
「ここ、試験開始前に魔導迷宮に入っちゃいけないって書いてないんだよね」
「はあ?」
「だから、先に魔導迷宮に入ってみて中がどんな様子かなって確認するのはありって事だよ。なんなら保険になりそうな成果を見つけちゃって、こっそりどこかに隠しておくってのはどうかな? 例えば先に三日間かけて成果を見つけておけば、試験期間が丸一日とかだった場合は他の人たちに対して二日分のアドバンテージが得られるって寸法よ」
「試験開始前に迷宮に挑むなんて、そんなのズルじゃない!」
「いやいや、きっとこういうルールの裏をつく作戦も大事ってパターンじゃないかな。アカはいま試験開始前って言ったけど、実はもう試験は始まっているのかもしれないよ」
「始まっているのかもしれないよ、じゃねーよ」
ドヤ顔で胸を張るヒイロにチョップする。
「そんなズルをして、バレた場合のリスクの方が大きいじゃない」
「ズルって言うのは?」
「だから、ヒイロが言ったような予め成果を見つけてこっそり隠しておくってやり方のことよ」
「うーん……実技試験と銘打っている以上はやれる事はなんでもやるのが正解だと私は思うんだけど。まあアカがズルは嫌だっていうならやめておこうか」
「大体、前提がおかしいじゃない。王都から魔導迷宮まで七日以上かかるのよ? 明日の朝に街を出ても着くのは試験の前日か、せいぜい前々日になるわけだし」
アカの指摘にヒイロは首を振る
「それは馬車に乗った場合でしょ。馬車って私達が歩くのと同じか少し早いかな程度だから多分時速5、6キロで、一日十時ぐらい移動したとしてその十倍。せいぜい60キロ弱しか進まないけど、私とアカが魔力で身体を強化したら、マラソン選手くらいの速さでなら丸一日走っていられると思うんだよね」
「マラソン選手って42キロを二時間ちょっとで走るから、大体時速20キロか。いくら魔力で強化しても、そんなに速く走ったらすぐに疲れちゃうわよ」
「少しぐらいゆっくりでも結果的に馬車より早く着けば先行した分、探索できるじゃん」
「理屈は分かるけど、ズルはしないって言ったばかりだし」
「アカは先に成果を見つけて隠しておくのがズルって言ったけど、様子見で魔導迷宮に入ってみるっていうのもズルになると思う?」
「成果を探さないってこと?」
「まあそうなるかな。それこそ魔導迷宮がどう危険なのか、みたいなのを先にちょっとだけ知っておくっていうのはありじゃない? いきなり試験に臨むと引き際を見極めるのも難しそうだけど、予め危険なラインがわかっておけば本番で無理しなくてすみそうだし」
「それは確かにそうかも……」
安全のためにという案に頷くアカに、ヒイロはしめたと思い畳み掛ける。
「私たちは教科書に乗ってる程度の知識しかないけど、他の受験生はみんな貴族だから過去の遠征の記録とか見てきてると思うんだよね。だったらその差を現地を見て埋めておくのはズルにはならないんじゃないかなあ」
「うーん、確かに迷宮って名前がつくくらいだしどんな場所なのか見ておきたい気はするし……」
「さすがアカ! じゃあ決まりだね!」
「ええ!? ……なんかうまく説得されちゃったような気がするなあ」
「そんなことナイナイ。じゃあ明日に備えて今日は早く寝ようか」
計算通り、という本音を表情に出さないようにしつつヒイロは布団に入る。初めに予め成果を確保しておくという案を却下されたのちに、様子見だけという案を提案することでアカの同意を得るという作戦がうまくいった。
様子見と言いつつ成果のありそうな場所に目星をつけておくというのは、成果を先に確保するという案と大差無いのだがそこを指摘される前に寝てしまおう。
アカはまだ「いいのかな……いいのよね……?」と自問自答しているが、ヒイロは聞いてないふりをして目を閉じた。
……。
…………。
………………。
タッタッタッタッ。
街道を軽快に駆けるアカとヒイロ。自分達では分からないがその速さは一流アスリートのそれと変わらないペースである。魔力を巡らせて強化した身体はさしたる疲労も感じる事なく二人を走らせた。
「また馬車が」
「じゃあ少しペースを落としますか」
前方に馬車を見つけた二人は、少しだけペースを落としてすれ違う事にした。
最初は気にせず走っていたのだが、追い越した馬車の御者が大袈裟に驚いたので、トラブルを起こさないためにも馬車を追い越したりすれ違う時にはゆっくり走る事にしたのだ。
ガラガラと走る馬車の横を、邪魔にならないように駆け抜けていく。幸い、街道が少し広くなっている場所だったので余裕を持って横を追い抜くことができた。
馬車を追い抜いた二人は少し距離を置いてまたペースを上げる。
「このくらいのペースなら日没までは走り続けられそうかな」
「そうね。確かに思った以上に疲れてないわね」
もちろん疲労がないわけでは無いが、感覚的には歩き続けているのと大差無いぐらいだ。魔力の消耗もさほどでは無いので、これなら今までの旅でも走って移動すれば良かったなと考えてしまう。
「日本の戻ったらマラソン選手としてデビューできるかな」
「これなら出来るかも。しないけど」
「確かに「どんな練習を」って訊かれて「魔力です」とは言えないもんね」
「インタビューされる前提かい」
「じゃあ、アカは日本に戻ったら何になりたい?」
「少なくともマラソン選手ではないわね」
「間違いない」
笑いながら街道を駆け抜ける二人であった。
……。
…………。
………………。
「あ、あれは何だったんだ……?」
馬車の外で護衛騎士が困惑したように呟くのを、ヒルデリア王女は聞き逃さなかった。
「ジャンヌ、どうかしたの?」
小窓を開き、手綱を握る護衛騎士に訊ねる。
「いえ、この馬車の横を駆け抜けていく者達がおりましたので、少し気になりまして」
「そうなのね。でも、急いでいるのならそういう人もいるでしょう?」
「はい、追い越されること自体は珍しくは無いのですが……チラリとしか見えませんでしたが、おそらく二人組の少女のようでしたので」
「少女?」
「はい。そして、もう見えなくなっています」
そう言ってジャンヌはまっすぐ伸びる街道を指差した。
「姿を消したっていうこと?」
「いえ、ただ速いだけです。あのペースで走れば私でも数分で疲労困憊になるほどに」
「それだけの速さで街道を駆け抜けていく女の子達が居たというわけね……危険はないの?
「はい。すれ違い様に互いに一瞥はしましたが、特にこちらに興味は無さそうでした。ただ、すごい速さで走っていくというのが、不可解で」
「そう。まあ危険でないのなら良かったわ」
ヒルデリア王女は胸を撫で下ろす。王族である自分が碌な護衛もつけずにこうやって遠征しているのだ。ジャンヌが居るとはいえ、安全とは言い難い旅ではある。
二人の少女か……。ヒルデリア王女の脳裏に、先日の筆記試験で出会った平民の少女達の顔が浮かぶ。もしかして、馬車を借りることが出来ずに魔導迷宮のあるスウェイの町まで走っていくことにしたとか?
「……まさかね」
「ヒルダ様?」
流石にそんなわけも無いかと首を振った彼女の様子を窺うように、侍女が声を掛ける。
「ああ、ごめんなさいカナタ。二人の少女と聞いて、ちょっと思い出しただけよ」
「ヒルダ様が試験会場で出逢いになられた、平民のことですか?」
「ええ、そう。どこか貴女と似ていたから、気になっているのかもしれないわね」
「私と、ですか?」
「黒い髪と黒い瞳。それ自体は珍しいけれど居ないわけでも無いのだけれど、それ以上に話している時の雰囲気がね」
「そうなのですか……」
「もしかすると、貴女の同郷かもしれないわね」
「え!?」
「ふふ。そうだとしたら、どうする?」
意地悪そうに笑う王女の問いに、侍女は困った顔を浮かべた。
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